第30話 例え、敷かれてもその上に立って守りぬくことはできる
「さあ、何でこの鏡を破壊しようとしたのか、正直に答えてもらおうか?」
エンマが片腕を無くした僕に音もなく急接近し、耳元に囁いてくる。
ここから遠く離れた鏡の持ち主に対する配慮のつもりだろうか。
「誰がお前なんかに言うもんか」
サキタラシは意地を張りながら、エンマに秘密を貫き通す。
もう現状はバレているかもだが、ここで言った所で信用できることでもない。
てるてる坊主を逆さにして、強引に血の雨を降らすようなもんだ。
乾季なシーズンみたいなこの草原にはありがたいのかも知れないけど。
クレナイオオソウゲンと言う異名の通りに……。
「じゃあ、この場で公開処刑をするまでじゃな。最後まで口を割らず、勇敢か、それとも無能だったキミをな」
エンマが赤く染まった大剣を振り払って血を落とし、サキタラシ側に剣先を向けてくる。
鏡うんぬんよりも最初から僕の命が目的だったのか。
「さて、キミを好いてるヒミコには堪えられる結末かな!」
「なっ、サキタラシ。さっさと逃げるのだ!」
わざとらしく声を荒げたエンマを察し、ヒミコが大声で僕に指図してくるが、このエンマの攻撃の範囲内に入った以上で、すでに手遅れだ。
様々な能力を秘める堕天使な両対の羽に加えて、先ほど見せたこの身体能力の高さ。
逃げたとしても次は見せしめでヒミコが危ない目に遭い、僕は彼女の身を心配し、ここに戻ってくるはめになるだろう。
だから僕は近寄ってきた鈍い感情のヒミコにも分かるよう、本心の想いをぶつけた。
「そんなこと言われても好きな女をおいて逃げれるかよ。エンマの目的はその鏡なんだから」
「それはどういう意味なのだ?」
彼女は無垢で何も理解していない。
その鏡が僕らの命よりもどのくらい大切な品かと言うことに。
「フフッ。どうやら鏡を奪う理由も知っているとは。誰の助言か知らんが、知れたことよ」
「ここで命を奪って強奪するのみ……」
乾いた笑いのエンマが刀身を斜めにして、今にも切り刻むばかりかと柄を握りしめる。
「……って、話をしてる傍からキミの腕の出血も止まったようじゃが……なぬっ!?」
エンマが驚いているのも無理もない。
僕自身も理解不能の状態だったからだ。
いつの間に痛みが無くなり、腕が切断された部分が元に戻っていた。
「我輩が切った腕が綺麗に再生しておるじゃと!?」
「ああ、これも羽の能力の超回復だろ?」
「いや、確かに超回復は時間が経過すれば、自然治癒できる特殊能力でもあるが、切断した箇所までは治せないはずじゃが?」
ましてや人間となると切断された先の修復は羽の能力を持ったとしても難しく、過去の羽ありでできた例は一度もないらしい。
「やっぱりキミは恐るべき男だな。ヒミコと同じく危険な存在かもしれないのお」
「……少々予定がずれたが、お二人さんは仲良く地中に永眠してもらおうかのお」
つまりセミの幼虫のように、何年も地表に這い出るなという警告だろうか?
その台詞を発した直後、エンマの姿が揺れたと思いきや、突然、眼前に迫ってきて、とっさの動きで僕はたじろぐ。
「くっ!」
相手が剣で攻撃しても立ち向かえず、武器さえもない丸腰の僕はギリギリで避けることしかできない。
「動きがさっきとは段違いだ‼」
「そりゃそうじゃ。羽の能力の超移動をフル活用しとるんじゃから」
何だって?
僕だって超移動の能力を極限まで使用してエンマの攻撃を避けているのに。
これが明らかな力の差というものか。
「そらそらそらっ!」
「くっ、速い!?」
「フフッ。偉そうなわりにはこんなもんかの、キミの実力は‼」
兜割り、胴斬り、袈裟斬りと様々な動作をしてくるエンマの斬撃をすんででかわすが、こちらが圧倒的に不利なことは薄々と実感していた。
サキタラシの男としての本能が警鐘を鳴らしていた。
こうなったら彼女だけでもできるだけ安全な場所に避難させたいと……。
「くっ、ヒミコだけでも逃げるんだ‼」
「何を今さら。お主はエンマ大王殿の話を聞いておったのか? どのみち私は殺される運命なんだ。だったらどこに行こうと逃げようと一緒だろうが!」
「ヒミコ、お前って女は……」
僕はヒミコの頭のキレ具合と意思の固さに次の言葉がかけられなかった。
口が達者な彼女のことだ。
きっと何を言ってもうまく丸め込まれる……そんな感じがしたからだ。
「ガハハッ。情けないのお。まさに女の尻に敷かれるとはこのことだな。サキタラシ君」
「いや、物は考えようさ。例え、敷かれてもその上に立って守りぬくことはできる」
「なるほどの。こんなにも前向きな考えとは。ほんと殺すのが惜しいわい」
「何のこれしき。僕は愛するヒミコを守るためにこの地に生まれてきたのだから」
「……サキタラシ。お主、顔に似合わず、そんなキザなこと言って恥ずかしくないのか……」
ヒミコが真っ赤な顔をして僕から顔を反らす。
ブツブツと小声で呟いてるからに、知らないうちに何か悪いことでも言っただろうか?
ああ、これじゃあ、愛の告白みたいなものか……。
「あーあー、むず痒いのお。死ぬと分かっていて、どうしてそこまで綺麗ごとを言えるのやら」
「エンマ、勘違いするなよ。お前は愛する者と真剣に付き合って、心からその人を一途に愛したことがないんだな」
「何だと。人生の大先輩に何を抜かしおる! このこわっぱめが!」
僕はもう一つの世界であった過去の記憶を掘り起こし、我が家の火災で話しかけてきたしずくの言葉をそのまま借りることにした。
あれはただの僕への問いかけであり、著作権などはないはずだ。
「……だから我輩に恋する気持ちが分からないのかと?」
「ああ、そのオツムの中身じゃ、永遠に無理かもな」
「無礼な。先ほどから何様のつもりじゃ! 天使で、しかも両対の羽ありだからと調子に乗るんじゃないぞい!」
この語り口や中身がおじいちゃんなエンマは、まだ認知症でもなく、一人でお手洗いには行けるらしい。
あれだけ巨大な剣を軽々と振り回していれば当然か。
「今だ‼」
サキタラシはその僅かな隙をついて、エンマに例の一枚の爆破羽を投げつける。
「ぐっ、このアイテムは何だ!?」
「そう、あんたが欲しがっていた物さ。これならご満足だよな」
エンマの大きな胸当てに刺さった羽には金のロケットペンダントががんじがらめに巻き付いていて、エンマの足元に銅の鏡、
「ぐぬぬっ、何じゃ、この羽は抜けんぞい!?」
エンマが羽を引き抜こうにも羽は胸当てに吸い寄せられたようにピクリとも動かない。
「そう簡単に取れたら困るし、貴重すぎる秘密道具の意味がないだろ。あの方の魂がこもってるんだから」
「くっ、最初から我輩を油断させるために仕組んだのかの?」
「仕組んだというか、不意をついた感じかな」
若造にしてやられたと悔しがる反応をするエンマを背に、僕はせめてもの情けをかける。
「じゃあな。あの世でせいぜいバカンスを楽しんでこい」
「なぬっ!?」
バカだけにバカンスときたか。
我ながらこんな緊張感でも頭の方は冴えてるらしいから恐ろしい。
「おっ、おのれー‼ トテツヤマサキタラシめがあぁぁー!」
三秒後、エンマが大きく叫んだと同時に刺さっている羽が光輝くと、僕はヒミコの手を取って、背中の羽を羽ばたかせ、宙へと舞い上がる。
『カンドコーン!』
大きな爆音と一緒に飛び散るバラバラとなるエンマの防具と、粉々に砕けたアイテムの破片。
サキタラシはエンマを倒し、おまけに二つのアイテムも無事に破壊し、ようやく勝利をものとしたのだ。
これで現実世界での暗い歴史は塗り替えられた。
もうあの世界で寂しい想いはしなくて済むはず。
「──そのわりには何か味気ない最期だったけどな」
僕らは草原がえぐれて、水気のないサラサラな土が剥き出しになった地表に降り立ち、エンマだった欠片を指先で拾いながら、ほくそ笑んだ。
こうも呆気なく、事が進むとは。
あんなちゃちな作戦に引っかかるなんてエンマらしくもない。
「サキタラシ!」
「何だよ、ヒミコ?」
彼女の声に振り向くさまに目が生えたサッカーボールと目が合うサキタラシ。
違う、これはボールではない。
エンマの頭部か!?
『ドカッ!』
そう思った矢先に僕のお腹に連続して体当たりしてくるエンマの頭。
頭は何も語らずとも、一撃一撃が鉄球のように重い。
「ぐはっ!?」
僕は痛みで地面を転がるが、エンマの頭は容赦なく頭突きという重みのあるハンバーグのようなオーダーを追加してくる。
『ドカッ、ドカッ、ドカンッ!』
痛みの連鎖反応のせいか、自然と呼吸が乱れ、背中に嫌な汗をかきながらサキタラシは思った。
この分だと何本かあばら骨をやられたかと……。
幸い、時を重ねれば、両対の羽の能力である超回復で怪我は治るとはいえ、目の前に迫る男はどこまで僕に対して執念深いのだろう……。
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