第29話 それにこの隙をつけば、アイテム破壊計画もお手のものだろうと──。

「サキタラシ、さっきから何をぼさっとしておる!」

「あっ、ヒミコか。ごめん」


 そうか、僕はクレナイオオソウゲンで彼女とピクニック気分で、重箱サイズの弁当を美味しく頂いていたんだった。

 朝顔の上品な着物姿をしたヒミコの機嫌は悪そうだが、僕の気分は上場だ。


「では、風も出てきたし、そろそろ帰ることにするかの」


 爽やかな風が吹き抜ける際、ヒミコが立ち上がり、綺麗さっぱりなくなった空の重箱を片付け始めた。


 僕のによるお弁当の中身をほぼ食べたのはヒミコだったが、女性一人に片付けをやらすわけにはいかないし、何よりこの重箱は僕の私物でもある。


 それにこの隙をつけば、アイテム破壊計画もお手のものだろうと──。


「ヒミコ、僕も片付けを手伝うよ。二人でやった方が早いだろ」

「ありがとう」


 サキタラシは早々に立ち上がり、近くの川に汚れた容器を持ち運ぶ。

 手ぶらなヒミコはスキップしながら聞き慣れない鼻歌を口ずさんでいた。


 先ほどまでの機嫌の悪さは微塵もない。

 僕と何を天秤にかけてるかは不明だが、女心は複雑であることは事実だ。


「じゃあ、ヒミコは洗う方をやってよ。僕は布で食器を拭くから」

「うむ、じゃあ頼む」


 ヒミコが重箱を川に浸けて古びた布で洗い始めるとサキタラシは冷静に例の物を目で追った。

 彼の記憶からしてヒミコは重箱のおかずをあの皿に取り分けていた。

 なら、そのアイテム(銅の鏡)から捕らえてしまえばてっとり早いと。


 ──あっ、あったけど!


 サキタラシは例の銅でできた円状の鏡を即座に見つけるが、肝心の場所は洗い場にはなかった。

 ヒミコが背負っていた紫の風呂敷から、それは見栄隠れしていたのだ。


「なあ、ヒミコ。背中のある鏡は洗わないのか? 食器がわりにしたんで汚れてるだろ?」

「何をふざけたことを言っておる? この鏡は大事な物だから、迂闊に人前に出すなと、お主が注意しただろう?」

「えっ、僕、そんなこと言ったか?」

「お主がさっきの食事中に話してきたんだぞ。私が皿がわりに鏡を取り出した途端、それはもう危機迫るまなざしでな」

「僕が?」


 サキタラシは、にわかにも信じられなかった。

 でも、ヒミコが嘘をついてるようにも見えない。


 僕が、この世界で思考を停止した間にも時間が流れていたというのは理解できる。

 だが、僕が過去に発言した詳しい内容までは分からずじまいだ。


 サキタラシは僕の意識がないその時に何を思い、ヒミコにどんな風に注意したのか。

 異世界にいるサキタラシには僕の体験したことが筒抜けになるのか。


 まあ、何にしてもあの鏡を壊さないことに始まらない。

 サキタラシは迷うことなく、次のアクションを起こすことにした。


「あー、直に触って見てみたいんだよな。この鏡って実は有名な鏡らしくてさー。いやぁ、今触れないと一生後悔すると思ってさー」


 多少、話を誇張してるが、嘘は言ってない。

 棒読みの喋り方だが、サキタラシになっても、上手い風に流す話のテクがこんなにも役立つとは。

 元が弁当屋のバイト先からの経験上だし、お客さんは神様である。


「まあ、お主がそう言うなら私の目の前で拝見させてもいいぞ?」

「いやー、見たいのも山々なんだけど意外と汚れてるみたいなんで、直に触るのもどうかと。だからその鏡、この川でちょっと綺麗に磨いてからにしたいかなってー」

「そうか、そうまで言うのなら……」


 ヒミコが風呂敷包みを下ろし、布の結び目を解いて例の鏡を丸裸にする。

 鏡はいつにもなくキラキラと輝いていて、僕が口にした汚れてる箇所など、どこにも見当たらない。


「昨日、磨いたばかりなんで汚れはないと思うんだが?」

「それは甘いぜ、ヒミコ。例え、前日に洗ったとしてもホコリや指紋がすぐに付着してだな……」


 口調は鑑定家っぽいが、そのようなスキルはなく、適当な台詞を並べるペテン師というものなのか。

 腹グロなサキタラシは純真なヒミコを騙すのに器用に言葉を滑らせていた。


「じゃあ、ヒミコ。今日は念を入れて洗ってよ。僕は上質なアイテムの準備をするからさ」

「上質なアイテムとは?」

「刺すだけで鏡の腐食を防ぐ効果があるものさ」

「ほお、平民のお主のわりには中々便利な物を持っとるな」


 ここで洗い物をした鏡に爆破の効果がある羽をぶっ刺してこの場で壊すことも出来る。


 しかしこの羽の殺傷能力がどれだけあるかまだ分からない以上、下手な行動をとるわけにはいかない。

 羽を使用して、あまりもの威力で二人とも爆風で消滅してしまったとなると現実世界での二人の存在さえも危うくなるからだ。


 それに、もし破壊したとしてもその後のアフターフォローも大事だ。

 何も知らなかったヒミコが目前で鏡を壊したとなると彼女も黙ってはいないだろう。

 そこから二人の関係に亀裂が生じて、二人の縁という地盤が崩れてしまう。


 つまり現実世界での、僕とあの子との腐れ縁が切れることも意味することになる。

 幼馴染みを一度喪った身になった僕としては、もう二度とあのようなリアルな体験はごめんだった。


 その切ない僕の心境も知らずにヒミコは熱心に鏡を洗っていた。


「──よし、サキタラシ、これでもかというくらい磨いたぞ」

「ありがとう、ヒミコ。じゃあ、その鏡を僕にくれないか?」

「ああ、大切に扱えよ」

「オッケー、うぬぬ!?」


 ヒミコから渡された鏡は予想以上に重くて、五キロの米袋のような重みがある。

 ヒミコ、こんな重量物を軽々と扱っていたのか。

 性格だけでなく、女の腕力とは思えない。

 何て男勝りな力なんだ。


 何とか重さに耐えながら、僕はボロ切れの麻服の袖口に入れていた羽を鏡の表面に刺しこもうとすると、その羽は何の抵抗もなく、すんなりと刺さってしまう。

 この羽の素材は銅よりも固いのか?


 いや、そんなことよりも三秒後に爆発するんだ。

 考えろ、爆発のリスクを最小限に防ぐには!!


「でりゃあああー‼」


 砲丸投げの神様とやら僕に力を貸してくれ!

 僕は瞬時の判断で、羽が付いた重たい鏡を空中へと投げ捨てた。


「なっ、何をするんじゃ。サキタラシ!?」

「ヒミコ伏せろー‼」

「なっ、サキタラシ!?」


 僕はヒミコの体に覆い被さって彼女を守る行為をとる。

 僕の行動にヒミコは訳も知らずに一人で恥じらいと混乱がごちゃ混ぜだった。


『ド、ドカーン‼』


 宙で激しく爆発したアイテムを背にして僕は確信していた。


「よし、やったぜ!」

「なっ、やったぜではない! いきなり何をするのだ、お主は‼ あの鏡はだな‼」


 ヒミコは僕の胸に猫パンチをしながら怒っていたが、言い訳ならいくらでもできる。

 これで第一関門はクリアだと……。


「──フフフッ。まさかこのような手段を取るわのお……」


 どこからか男の声がし、爆発が止んだ空にあるないはずのアイテムが浮かんでいた。


「なっ、鏡は壊れていない? 誰が邪魔を‼」

「我輩がこの事に気付かぬとも? あまりもの幼稚な行為に思わず拍子抜けしたわい」


 年輩の言葉遣いもだけど、大剣を宙にある鏡に向けていた影には見覚えがあった。


「エンマ、どうしてこんな場所に?」

「いや、村に向かう最中で偶然二人を見かけてじゃな」


 鏡が重力で落ちて、奇怪な金属音を立て、それを急いで胸元に寄せ、大切そうに担ぐヒミコ。

 無言のヒミコは険しい顔で僕とエンマを憎い目で見ていた。


 くっ、まさか思うより片付けの時間が長引いたせいでここでエンマの軍勢と鉢合わせするとは。

 村に戻ってから、鏡を壊す方が良かったか……。


 どっちにしろ、残る羽は一本のみ。

 袖口の手触りでのロケットペンダントは羽では壊せなくなった。


「……くっ、これは詰んでしまったな」

「クククッ。何だか知らぬが、さっきのは決死の判断みたいじゃったのお。のお、サキタラシ君とやら」


 エンマが大剣を一振りして、今度は僕の前にぎらつく刀身を向けてくる。


「何にせよ、あれだけの破壊力を持った武器を所持しているんじゃ。今さら手加減は無用じゃな」

「えっ、手加減って?」


 エンマが剣を上空に掲げた瞬間、その大柄な胴体が不意に消え失せ、続いて僕の左腕が上空を舞っていた……。


「──ぎゃあああー‼」


 僕は激しい痛みを強調するかのように大声で叫んだ。

 どういう理屈か知らないが、左腕を無くした部分からは不思議と血は流れていない。

 だが、激痛が身体中を支配し、身体中を蝕んで脳裏から離れないのだ。 


「クククッ。いいのお。それでこそ虐めがいがあるというもんじゃ」


 その僕の反応を面白がり、エンマはニヤリと口元を曲げるのだった……。

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