第34話 さよならではない、これからだろう?

「どうだ? そっちにはあるか?」

「いや、今のところ、めぼしいものはないよ」


 宇宙のような空間を浮遊していた古き神殿の室内で僕とヒミコは役に立ちそうなアイテムを探していた。

 だが、開放的な部屋には何も置かれてなく、柱の隅の影から出てくるものは壊れた部品やがらくたばかり……。


 中には、なぜかICチップの欠片やポイントカードのようなものが見つかったが、こんな異世界で使えそうな代物でもない。

 僕の過去の想い出として、ICチップに記憶されたレーザー光線で、エンマと対等に戦ったような風景がよぎったが、彼はもう向こう側に旅立った者であり、今となっては不要なチップでもあった。


 ──しばらくし、ヒミコとは別々に別れて探すことになり、短い草と野花に囲まれた庭の方に移動すると、大きく開けた道に一つの巨大な山が行く手を塞いでいた。

 沢山のゴミが積み重ねてる限り、ここは人工的にできた粗大ごみ置き場のようだ。


「あー、この山を攻略するのも大変だぜ。まっ、やるしかないんだけどな」


 ゴミで築かれた山を呆然と眺めるのを止め、覚悟を決めたサキタラシはヒミコから貰っていた軍手をはめ、腕捲りをして、そのゴミの山を漁り始めた。

 探る際に鉄屑や機械油の匂いが立ち込めるが、生ゴミが混じってないのが、唯一の救いである。


 ──中には表面の透明なカバーが割れ、亀裂が走ったアナログ腕時計も出てきて、止まってた時間を確認する。


 時計は12時05分で針が停止しており、時間帯が真夜中ならば、この世界にもツンデレラというツンデレ姫が実在して、何かの集まりの解散時に慌てて飛び出し、ガラスの靴の代わりに、この腕時計を落としたのか?


 さすれば、この地味な石造りな神殿は、お洒落な舞踏会にも利用されていたということになる。


「さぞかし、美味しい料理や魅惑のお姉さんたちがいて楽しかったんだろうな」

「サキタラシ、それはどういう意味だ?」

「あっ、何でもないサー!?」


 サキタラシが動転し、多少高めな声を聞いたヒミコは、少しご機嫌が悪いようにも見えた。


「それよりも何で僕の隣にいるんだよ。探し物の最中だろ?」

「ああ、こんな物を見つけたんだが……」


 ヒミコがゆっくりと握っていた両手を開くと、親指サイズの茶錆びに覆われた小さな部品が、こんちわんわんーな感じで顔を見せる。

 元の塗装が完全に取れたこの部品には蓋のようなものがあり、先端には何かが繋がっていた小さき穴が左右に一つずつ空いていた。


 サキタラシは特に穴は気にせず、部品の蓋を開けようとするが、接着剤でもつけられたくらいに頑丈で、素手で開けれるような物ではない。

 その点により、サキタラシはあることと記憶が完全に一致した。


「まさか、これは例のペンダントに付いていた名入れの部品なのか?」

「サキタラシ、それはひょっとして、ラッキーアイテムだったりするのか?」

「ああ。お目当ての物が見つかって嬉しい限りだぜ。でかしたな、ヒミコ」

「お主に助けられた身だからな。例には及ばぬ」

「ありがとう。これで何とかなるかも知れない」


 サキタラシはネックレスが付いてないペンダントをよくよく確認しながらも、またもやと同じく、過去の記憶が甦ってきた。


「あの時はレーザーが使えたんだよな」


 僕は瓦礫の山にあった真新しいICチップをペンダントに合わせると、ICチップがペンダントに吸い込まれ、一瞬だけ空間がフラッシュする。


 激しい光が消え、次に目を開けた時にはペンダントはネックレスが付いたロケットペンダントそのものになっていた。


 やはり、このICチップは何かしらの力を秘めており、触れたアイテムに特殊な能力を追加できるらしい。

 ただし、ICチップの機能が壊れていない状態が必要で、それ限定による効果だろう。


 僕はチェーンが修復されたロケットペンダントを首にかけてヒミコと視線をかわす。

 これで羽の能力を発動したら、現実世界に帰れるはずだ。


「ヒミコ、今までありがとう。世話になったよ」

「何だ、いきなりかしこまって。お主と私の仲だろう」

「それもそうだな。僕とヒミコはラブラブだったしな」

「なっ……、こんな場所で何を言っておる。どこで誰が聞いてるか、分からないのだぞ?」


 ヒミコが動揺しながら一歩遠ざかる。

 この異世界でのサキタラシはヒミコに信頼されていた。


 それは信頼から来る好きという恋愛感情。

 彼女が意識して、後ずさったのも自身に芽生えた恋心を抑えるためだろう。


 ──例え、僕という記憶がこの世界で消えようと、サキタラシはヒミコと末長くやっていけるだろう。


 僕はヒミコに心を縛り付けていたわだかまりを口にする。

 そして、思いもせずにヒミコを柔らかく抱き締めた。


「ヒミコ、好きだったよ」

「サキタラシ、お主は何を!?」

「いや、これで最期になるかもってさ。海外という異世界の国では仲の良い友達通しはこうやってハグをするもんなんだよ」

「友達か。悪くない例えだな」


 ヒミコが身を震わせ、僕の胸に顔を埋める。


 震えるのも無理はない。

 村長とは言えど、体も心も女の子。

 今まで一人で、太陽の巫女として村を守ってきたのだから……。


 だけど、そのヒミコの震えは数十秒で終わり、今度は僕を押し退ける体勢となる。


「……それは分かったから、さっさと離れんか」

「ああ、悪かった」


 口では拒否してるが、顔は喜びを隠せないヒミコ。

 そんな恥ずかしがりやなヒミコの背中から光が漏れ出し、白い両対の羽が姿を現す。


「ヒミコ、その羽は?」

「フフッ。どうやら私も羽が生えてきたようだね」


 悪戯な笑みを浮かべたヒミコがファッションモデルよろしくとなり、その場でゆっくりと一回転してみせる。


「しかも驚け。両対の羽だぞ、サキタラシ。これで私もお主を守る対等な立場にもなれるな」

「ヒミコ、やっぱり僕のことを?」

「あー、いちいち最後まで言わんと分からんのか。この鈍感が!!」


 羽が生える条件として、その想いが一方的なら羽は片方のみだが、想いが通じ合って両想いならば、両肩に羽が生える。

 しかも純愛が必要とされる天使の羽。


 霊視能力ではっきりとヒミコの羽が見える僕は思った。


 今までヒミコは僕を片想いだったらしいが、心がそれを許さず、僕に対しての恋愛感情を押し殺していたことに……。

 片方の羽が生えなかった原因がそれだろう。


 そこで僕が告白したことで理性という感情の防波堤が崩れ、心から受け入れると僕への好きな想いがじんわりと沸き上がってきたことに……。


「サキタラシ、お主とはこれからも仲良くしたいもんだ。もうどこにも行くなよ」

「ああ、僕の憑依が解けても彼のことを頼む

よ」

「はあ? お主は何、夜空ごとを言っておる?」

「まあ、星空の真上だけにな」


 サキタラシは両対の羽を出して、握っていたロケットペンダントに想いを込めると、無数の羽がサキタラシの身体を覆っていく。


「ヒミコ、さよなら」

「さよならではない、これからだろう?」

「……だな」


 ──気を緩めると、一気に意識が抜けていく感覚がする。

 真下には気絶してるサキタラシを揺り動かすヒミコが映っていた。


 ──サキタラシとしての僕よ。

 これからも色々と大変だろうが、君が好きな彼女を精一杯守れよ。

 彼女のことを幸せにしないと現実世界での僕が承知しないからな。


 意識が混濁する狭間で、そう、心の中で願っていた──。

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