第35話 よく覚えてなさい、ナンバー6。これはテルの敵よ
肌を刺すような寒さに震え、
シャッターが閉じられ、センサーで電灯が点いた駐車場には二台の車が停めてある。
一台は僕の父親が愛用してる黒い軽自動車。
もう一台はやたらと目立つ、赤のスポーツカーだ。
哲磨は床に行儀よく置かれた眼鏡をかけながら、このクラシカルな赤い車であることを思い出し、裏口から出て、即座に星が瞬く家の中庭に踊り出た。
「なっ、
「やっぱり僕の家を燃やすつもりだったんですね。
僕のバイト先での東峰岸店長が灯油の匂いで濡れた新聞紙に携帯ライターで火をつけようとしていたのだ。
あのスポーツカーは東峰岸店長のお気に入りの車であり、勤務先の駐車場からでも目立ってしょうがなかった。
僕は車には無頓着だったが、東峰岸店長の運転する車は有名なランボルギーニなんちゃらという有名な外車であり、車好きなら一度は生で見たいと、それ目的でついでに弁当屋に寄ってくるお客さんもいたほどだ。
そんな東峰岸さんが放火という犯罪行為に手を染めようとしてる。
この家は僕の家でもあるし、このまま黙って見過ごすわけにはいかない。
駐車場に両親の車が止まってる限り、僕の家には温かい家族が帰宅してるのだから。
「おかしいわね。ナンバー6がこんな場所に現れるなんて。研究所がない今、近くの医療施設に隔離したはずだけど?」
東峰岸がライターで火をつけようとした所を哲磨が素早い動きで手刀にて振り払う。
痛みで手を押さえた東峰岸の手から滑り落ち、カラカラと乾いた音を立てて、コンクリを転がるライター。
「ナンバースって、宝くじの道楽はいいですから、さっさとここから去って下さい。まだ放火未遂ですから、警察に捕まることもありません」
「フフッ、コピーの分際で何を気取ったことを。それじゃあ、
「えっ、テルがどうかしたんですか?」
「はあー、安良川くんは本当に能天気というか」
東峰岸さんが新聞紙をコンビニのビニール袋に入れて、潔く僕の方へと距離を詰める。
どうやら僕の家を燃やす事件はここで避けられたようだ。
「まあ、いいわ」
東峰岸は僕に向けていた握りこぶしをそっと下ろし、僕の肩に手をかける。
「真実を知った安良川くんも後悔するかもだけど……」
「あたしと一緒に来てもらえる?」
哲磨は東峰岸の運転するスポーツカーに乗り込むと、車は重みのある排気音を立てながら、電飾が鮮やかな雪がちらつく深夜の道路を走り出した。
「──もうすぐクリスマスだと言うのに世間はお気楽でいいわね」
「あの東峰岸さん、何であんなことを……」
「何でって? ただ憎らしかっただけど」
横断待ちの赤信号の合間に、東峰岸が珍しく感情的にハンドルを叩く。
「元はあたしとくっつく予定だったのに、あの男は別の女を選んだ。あれは当然の報いだよ」
「だからって放火は駄目ですよ。僕にも大切な家族がいるんですから」
「そうよね。まあ、安良川くんのお陰で吹っ切れた気分だけどね」
東峰岸はポケットから煙草を取り出し、ハンドル近くにあるシガーソケットで火をつけ、おもむろに煙を吸い込みながら、その想いを語り出した。
──経営していた弁当屋が営業停止になったこと。
弁当屋の隠し部屋にあった研究所という場所も家宅捜査となり、立ち入りが禁止されたこと。
その噂が人々に広まり、このままでは弁当屋を経営したとしても、存続さえ怪しいものだと……。
──やがて、車は大きな医療機関の十階建てな灰色のビルの駐車スペースで停まる。
東峰岸は車から下りて、僕にも下りるよう指示を出した。
「ここは病院か、何かの治療部屋か?」
「うーん、表向きには総合病院なんだけど、裏では君みたいな遺伝子を研究してる場所があるのよ」
東峰岸が、一枚のICチップの入った黒いカードでオートロックを解除して、僕に手を振って誘導する。
この手のカードキーは人の反応がなくなると数秒でロックがかかるはず。
セキュリティシステムも万全で、鍵を持っていない一般人が堂々と入れるような出入り口じゃない。
「じゃあ、入らせてもらうよ」
そう決意しながらドアを開けた瞬間、見知った女の子とぶつかりそうになる。
「あら、これはまた奇遇ですね」
「
「残念、いるのは
紫四花の背中から懐かしい少女の声が飛び出し、思わず涙腺が緩みそうになる。
「えっ、その声は?」
「そう、てっちゃんもご存じな
「てっちゃんの呼び方は止めてくれ」
「いいじゃん、可愛らしくて♪」
梨華未が僕の手を握りながら、親切心で研究所まで案内するよと言った矢先……。
「梨華未、そこで長話の時間なんてないわよ。早くしなさい」
「はーい。じゃあね。てっちゃん」
屋外に出た姉の紫四花の忠告により、渋々、この場を離れる梨華未だった。
「あの姉妹はどうしてここに?」
「ここは此処伊羅の息がかかった医療機関だからね。資金援助なんかも頼んでもらってるのよ」
院内の廊下を移動し、行き止まりとなった壁で東峰岸が例のカードキーを掲示した。
すると、その壁からパスワードを入力するジグソーパズルのようなホログラフィーの映像が表示され、それを難なく解いてみせる。
コードを認証し、行き止まりだった扉が反転して開き、薄暗い照明がこちらに漏れ出すのが判明できた。
「さあ、ここから先は他言無用よ。安良川くんを信頼して、ここに連れて来たんだから」
「東峰岸さん、ここも弁当屋と同じ研究所なんですか?」
「同じというか、こっちが本部かな。こうして運営できるのは、輝市朗のお陰でもあるんだけどね」
さっきからテルの話題が出ているのに、その本人と全然出会わないことに疑問を感じていた哲磨が壁際の巨大な水槽を前にし、不意に足を止める。
「テルなのか?」
水槽の中には裸のテルが漬かっており、頭と首を中心に配線コードのようなものが身体中に繋がれていた。
「なあ、このテルのざまは何なんだ? どう考えても普通の怪我じゃないぞ?」
「彼は自身が思考していた『人口移住化計画』として、異世界に人間を転送する実験に失敗したのよ。異世界というプログラム空間に飛び込んでまでして情報操作をしていたのに何者かに妨害されてね」
「現実世界に戻って来たら心は廃人のようになっていて、身体中も傷ついてボロボロだった……」
僕は異世界で体験したある人物のことを記憶から引っ張り出していた。
頭だけになっても、最期まで抵抗して抗った、あの堕天使のことを……。
「もう彼は死んでいるようなもの。脳死はしてないから死んだことにはなってないけど」
「……でも、これじゃあ、植物人間と同じだな」
日本は脳死にならない限り、延命治療を受け続ける義務という決まりごとがあるが、二度と目を覚まさない人間をこのように治療し続けるのも親族にとって辛いものはない。
安らかに眠らせるという理念はどこにもないのか……。
「輝市朗は頑張っていたのに、どうしてこんな目に遭わないといけないのよ‼ これもみんな、あなたのお父さんのせいで‼」
「あの時、あたしをパートナーに選んでいれば輝市朗もこうならなかったかも知れないのに‼」
「おい、ちょっとは落ち着いて。気を確かに持てって!」
錯乱して暴れる東峰岸を押さえる哲磨。
その彼の頭に鈍い音がした。
「よく覚えてなさい、ナンバー6。これはテルの
底が割れて、赤い水が滴る花瓶を持った東峰岸さんが鋭い目線でこちらの様子を伺う。
僕は何とか意識を繋ぎ止めようと考えを集中させるが、予想以上の頭からの出血で視界がぼやけてくる。
「……せめて、深裕紀の顔くらい……見たかったな……」
そのまま、研究所の室内で倒れた僕はナンバー6として、医務室に運ばれることも知らずに……。
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