第47話 でも二兎を追うものは……一兎をも得ずとも言うし……。
「
テルが手際よい手付きで、包帯を
亜美とは東峰岸の下の呼び名ということなのは即座に納得したが、その献身的な手当ては常識の範囲を越えていた。
「いいのよ……テル。もう……あたしは助からない身だから……」
「馬鹿なことを言うな。君がいなくなったら俺は……」
「でも二兎を追うものは……一兎をも得ずとも言うし……」
「いや、
「その亜美って呼ばれるのも……久々だわ」
亜美が柔らかく微笑しながら、テルの胸に顔を埋める。
それはまるで恋人通しの語らいのように……。
「でも、梨華未ちゃんをあまり困らせたら駄目よ。そんなテルでも心から好きでいてくるんだから」
「亜美、俺は亜美のことだけを」
「あー、諦めが悪いわね、あたしは……君のお姉さんなんだよ。近親相愛は駄目だって……」
血が繋がった通しの恋は禁じられているとはいえ、二人の会話からして、お互いの愛情は熱くなる一方だった。
「亜美!」
「あー、あまり叫ばないの。傷に障るし、頭にもガンガン響くでしょーが……」
二日酔いのような気分になったグロッキーな亜美がテルの腕を少しだけ押し退ける。
「ちょっと疲れたから眠らせてもらうわ」
そうして、この世の終わりを見届けた亜美はゆっくりと両目を閉じた。
「亜美? あみぃぃぃー‼」
静かに眠る亜美を腕に抱いたまま、大きな声で赤子のように泣き叫ぶテル。
「そんな嘘でしょ。テル君が梨華未じゃなく、自分のお姉さんを好きだったなんて……」
梨華未がイタイ表情で脱力してしゃがんだまま動かない。
彼女の瞳は潤んでなかったが、心は泣いているように見えた。
「ねえ、てっちゃん?」
「どうした?」
「それ、梨華未に向かって撃って」
「はあ? 何寝ぼけてるんだよ。子供のごっこ遊びじゃないんだよ?」
そのまま哲磨の元へと小さな顔を揺らしながら足音も立てずに近付く。
「さっさと撃って」
「……この至近距離なら外さないよね」
哲磨の銃を持った手をそのまま上げて、自身の頭に銃口を当てる梨華未。
死を目の前にしても、愛する者に裏切られた傷を受けた彼女にとって、これ以上に怖いという感覚はないらしい。
「あのなあ、テルにフラれたからって身投げなんか自己中過ぎるぞ。少し頭を冷やせって」
「テルにフラれた時点で梨華未の人生は終わったも同然なの。テルは梨華未の全てだったから」
僕は冷静に梨華未の置かれた状況を察してしまう。
過去の現実世界で梨華未が自殺した理由は、交際していた愛するテルに失恋したからではないかと……。
「テル。今まで梨華未のこと好きでいてくれてありがとう。偽りの仮面夫婦でも梨華未は幸せだったよ」
二人は仲の良い夫婦のつもりでも心はすれ違っていたのだ。
恋愛というものは変になる愛の漢字の通りに取り扱いが難しい。
「亜美、あみぃー、死ぬんじゃないぞ‼」
「あははっ、梨華未のことなんて眼中にない感じ?」
梨華未が愛しそうに二人を見た後、無理に笑顔を作り、拳銃を掴んでいた哲磨の手に震えながらも力を込めてくる。
「さあ、梨華未を撃ってよ。頭だと即死だし、警察には正当防衛ということにすればいいし?」
「それともなに? 今さらながら人を殺めるのが怖いの? 意気地無し君」
「いや、普通に怖いに決まってるだろ?」
誰だって好き好んで、同じ同族を殺めれるはずがない。
人間の命はロボットみたいに量産できず、一個限りのモノなんだ。
それに社会から見捨てられ、人殺しという重い看板も背負いたくないのも事実だ。
過去の世界大戦で、幾つもの人の命を奪ってきた日本軍だが、そのような異様な光景に病んでしまった兵士も多かったと聞く。
「もう、焦れったいなあ。使いきれないなら梨華未に貸してよ。こっちで処分するから」
「ああ、早いところゴミに出してくれ。銃は燃えるゴミなのか?」
「いや、警察にて処分してもらうけど、その前に君の存在がウザいから」
鉄砲はモデルガンやエアガンじゃない限り、危険な武器なため、一般のゴミとして廃棄できない。
玉もろとも、最寄りの警察署にて、引き取ってもらうのが最善だ。
──って、これから人を殺傷するのに何を呑気なことを……。
『パアーン!』
一瞬、何が起こったのか、思考が追い付かなかった。
頭の中を図太い異物が貫通したと同時に、僕の意識が遠退いていく。
「あーあ、梨華未。あまり派手にやるなよ。死んだら元も子もないんだぜ」
「まあ、ナンバー6は特別に頑丈で、そう簡単に潰れる身体じゃないからね」
「それよりも東峰岸さんの迫真の演技にも驚いたよ」
そうか、僕が逆に梨華未の手により、頭を撃ち抜かれたということか。
致命傷を食らっても微かに意識があるのは梨華未の技量の成せる
「……こうでもしないとナンバー6を止める手段はなかったからね。ミスって死なせたらどうしようって、梨華未、ずっと手の震えが止まらなかったけど」
「いいや、梨華未も名演技だったぜ」
「それに嘘とはいえ、テルから罵倒された時は正直、寒気が走ったね」
「ごめんな、アドリブじゃあ、それしか信憑性が思い浮かばなくてさ」
テルと梨華未、二人による仲直りによる謝罪の声。
二人とも冗談混じりに言葉を交わす。
「あーあー、あたしのお気に入りの制服が血糊まみれだわ。洗濯で落とせるかな」
「ああ、亜美。包帯代も馬鹿にならなかったよな。衣装に引っ付いて、洗うのも大変そうだしな」
「そうよね、いっそのこと業者に頼もうかしら。本当に殺ったのかと勘違いされそうだけど」
「何の。怪しまれても、DNA鑑定してもらったら一発さ」
「確かにそうよね」
亜美が赤く染み渡る制服を指で摘まみながら、クリーニングに染み抜きを依頼しようかと苦笑している。
「そんなことより、哲磨を研究所に連れ戻すぞ。姉貴、彼の足の方を持ってくれ」
「はい、愛しの弟よ♪」
亜美が僕の両足を脇に挟んで固定し、上半身を持ったテルと息のいいタッグを見せる。
「本当、姉弟揃って仲が良いよね。もう、付き合っちゃえばいいのに」
「あのなあ、実の姉に惚れるなんて人間として病的だぞ」
「そうよ。いくらイケメンでも、シスコンほどキモいもんはないわ。こっちから願い下げよ」
「……いくら俺の姉でも、ひでえ言われようだな」
テルが声を低くして、姉の冷めた態度にすねるさまだ。
「あら、あたしは事実を述べたまでよ」
「ああ? 何だって? このサイボーグゼロゼロレディーめ!!」
「じゃあ、鋼の鞭でも食らいたいのかしら?」
「ざけんなよ!」
「まあまあ、テルには梨華未がいるから安心して」
三人の和気あいあいとした会話が哲磨の頭に響いてくる。
その後、生温い液体に浸かされたのを肌で感じながら、哲磨という精神を繋ぎ止めていた心の糸は静かに消え失せた……。
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