第46話 彼女が存在しても、僕の計画には何の支障もないだろ?

 ──遠くから人の声が飛び交う。

 行き先は炎の柱がのぼっていて、見慣れた家が丸ごと火中に包み込まれていた。


「くっ、一足遅かったか」


 僕の自宅はものの見事に燃えていて、野次馬たちが何やら叫んでいる。

 バイト先の弁当屋でのんびりしてる合間を縫って、前回と同じく東峰岸あずまみねさんが家に火をつけたのか。


 しかし、その割りには速すぎる。

 かといって彼女の運転する車は駅前にはなかったし、永野ながの県の繁華街から、ここまで車で運転したとしても小一時間はかかるはず……。

 だから障害もなく、一直線で行ける電車にしようと乗って僕のように移動したと判断したのだが……。


 何か車に仕掛けがあったとか?

 ワープ走行や空を飛ぶ作りとか?

 前者はすでに実現不能と科学者が発言してるし、後者に至っては値段も億単位で、飛ぶ距離も制限される。


「いいや、今はそれどころじゃない!」


 僕は庭先にあったポリバケツに水を汲み、その水を頭からぶっかける。


「おい、兄ちゃん! 馬鹿な真似は止めろ!」

「あんた、止しなよ! 自ら死に急ぎたいのかい!?」


 その台詞を聞くのも何度目だろう。

 周りの野次馬連中がざわざわと騒いでるが、ここは僕の家だし、唯一の家族でもある両親が住む家でもあるんだ。


 庭先で駐車場をチラ見したとき、両親の乗用車は停まっており、炎の光を反射しながらもあるじの指示があるまで動かないまま……。

 鉄の固まりだけに……。


 恐らく、僕の両親はまだ家の中にいるのだろう。

 時間帯は夕方だし、ちょうど夕食時。

 父さんが母さんの手料理の腕前を堪能しながらも、二人仲良くキッチンにいる確率が高い。


 僕は玄関が炎で塞がってるのにも冷静な判断をし、両対の白い羽を背中から出した直後、人の目も気にせず、夕暮れ空へと羽ばたく。


「おい、あの兄ちゃん、空飛んでるぜ?」

「どういうトリックだ。ワイヤーロープとかも張ってないのに!?」


 この現実世界では霊視能力がないと羽の姿は見えない。

 つまり、僕は何もない状態で空を飛んでるということになる。


 ……と、そんなことはどうでもいい。

 今は世間体より、自分の家族を救うのが先決だ。


 僕は二階の窓に急接近し、熱気で割れた窓ガラスを軍手をはめた手でこじ開け、部屋に侵入する。


 ああ、これでマスコミに報道され、明日からエスパー扱いだな。

 やれやれ、これだから野次馬というヤツらは……。


****


「父さん、母さん。どこにいるんだよ!」


 炎の海に覆われた室内で大声で叫んでいるが、木々の弾ける激しい音からして、この声が届いてる可能性は皆無だろう。


 だが、僕は負けじと大声を張り上げる。

 気の迷いからか、炎の広がり具合からか、絶望的な思いにもなったが、今もまだ両親がこの家のどこかにいるということを信じて……。


「──その声は、て、哲磨てつまか?」

「父さん、良かった。無事だったんだ!」

「すまん、ワシのせいでこんな目に合わせて」

「何言ってんだよ。父さんが自分で決めたことだろ。後悔ない人生を生きろと言ったのは父さん本人じゃないか」

「そうだな。哲磨、父さんはな……」


 ヨロヨロと歩いてきた父がひざをついて床に倒れそうになるのに自身の肩を貸す哲磨。

 煙の吸いすぎによる影響か、すすにまみれた顔には生気がない。


『パアン!』

「父さん!?」


 乾いた音がして、父さんの上半身が揺れ、頭から血が吹き出す。

 そのまま無表情のまま倒れていく父さんは動かないむくろとなった。


 どんなに体格のいい大人でも、人間とは脆い生き物。

 死因は頭を貫かれたことによる即死だった。


「……父さん、何て言おうとしたんだよ」  


 哲磨は父の開いたままのまぶたをそっと伏せてから、音の発信源がした方向に意識を集中させる。


 すると、周囲の炎の海が魔法のように消え去り、焼け跡のみな黒い炭の世界となる。

 家を取り囲んでいた人の波も一切なく、僕たちだけの空間になってしまったようだ。


「へえ、自分の親族が目の前で散ったのに、よくもまあ平然といられるな」

「まあな、これが初めてじゃないからな。テル」

「ハハハッ。哲磨はやっぱり面白いヤツだな。生かしておくのが惜しいぜ」


 テルが大笑いしながら、鈍く光る銃口で僕の体を捉える。


「どうやって僕よりも早くここに来た? それに海外にいるはずの僕の両親が、何で自宅にいる?」

「おいおい、質問は一個ずつしろよな。がっつき過ぎだぜ」


 テルが構えを解き、オーバーリアクションに両手を開きながら、哲磨のワガママを聞き入れる。


「まあ、いて言えば、親御さんは哲磨の声に似せて呼び出したんだがな」

「クリスマスも近いんで、自宅で家族水入らずでパーティーでもしようってな感じでな」


 そんな下らない理由で僕の家族を壊そうとしたのか。

 僕の頭に血が上り、怒りの感情がこみ上げそうになり、手元の甲を思いっきりつねる。 


 もっと頭を冷やせ。

 今はこのモヤモヤとした感情を爆発させる時じゃない。  


「お前の母さんなんか、命乞いをしながら哲磨だけは助けて下さいって叫んでさ。自分が殺られる土壇場に何考えてんだろうな」

「テルには分からないさ」

「へえ、この状況で減らず口は叩けるんだな」


 悪かったな。

 口は喋るためにあるんだ。

 意思を疎通してこそ、人間は分かり合えるんだ。

 食べるだけなら他の生物でもできるから……。


「さっさとくたばれよ。この虫けら」

「……くっ」


 それなのにテルという男とは和解できそうになかった。

 何とか反撃の機会を伺おうとしても哲磨の作戦は無駄足に終わったようだ。


 テルから銃口を定められながら、ゆっくりと引き金を引くのが肌に通じてくる。

 その数秒の時間がやたらと長かった。


『パーン‼』


 発砲音に反応し、きつく目を閉じる哲磨。


「てっちゃん。大丈夫?」

「えっ、どうしてここに?」


 しかし、哲磨は傷一つ負っていない。

 拳銃が細い女の手により、上空の星空に向けられていたからだ。


「おい、梨華未りかみ。これはどういうことだよ?」

「テル、どうしたもこうしたもないよ」

「ああん?」

「もう終わりにしよ。こんなことしても亡くなったしずくちゃんは浮かばれないよ。あれは事故だったんだから」

「うるさい! 俺の恋人の分際で分かったような口を訊くな!」


 テルと梨華未が喧嘩するのに、冷静に現状を把握した哲磨は次の行動に移していた。


「今だ、隙あり!」

「なっ、哲磨、お前‼」


 テルから拳銃を奪った僕は、その拳銃を自身のこめかみに当てる。


「状況は何となく理解したよ。ようは僕がここで命を絶てばいいことだ」


 これから命を捨てようとすることに不思議と後悔はない。

 いくら期限つきでも僕は命を無くす瞬間に、タイムリープして異世界へと戻る特殊なスキルを持った身体だから……。


「テル、お前がどうしてこのようなことをしたのか深く追求はしない」

「だけど人の命を平気で奪うヤツじゃないことは確かだ。僕はテルの良さを誰よりも知ってるから」

「哲磨、お前……」


 テルが僕に情をかけているのが、心の底に染み渡る。

 やっぱり最初からコイツは仲の良い友達でもある僕を撃つ気はないんだな。


「それから梨華未、ありがとう」

「てっちゃん?」

「テルを心から支えてやってくれ」


『パアーン!』


 僕は視界を遮って、こめかみに当てた拳銃の鉛玉を撃ち込んだ。


 これでいいんだ。

 僕ならやり直せる。

 次こそは平和な世界を準備して、誰も傷つかない世界を創るんだ。


「……安良川あらかわくん……」


 ──異世界には行かず、僕の胸にくすぐったい髪の毛が触れる。

 目の前で体重を預ける女性は僕の見知った人だった。


「あなたは……まだ若いから命を粗末にしないで。テルだって分かってくれる……ごほっ!」

「東峰岸さん!?」


 彼女は胸から血を流しながらも、僕の手を取り、気遣うように優しく呟いてくる。


「どうして東峰岸さんが犠牲にならないといけないんだよ!!」

「安良川くんの手を……汚したくなかった……」

「な、何でだよ!?」


 そんな下らない答えで弾丸を身に受けたのか?

 彼女が存在しても、僕の計画には何の支障もないだろ?


「あ、あっ、亜美あみぃぃぃー‼」


 テルが聞き慣れない名前を大声でおらびながら東峰岸さんの両手を握り締める。

 このテルの尋常じゃない動揺っぷりは何なんだ?


 僕でも知らない東峰岸さんの下の名前を知ってると言うことはつまり……?


 でも、テルには梨華未という恋人がいるはず。

 見た目はチャラいけど二股とかしそうな男でもないし、これはどういうことなんだ?



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