第45話 この人たちは僕が男って知ったら、どんな顔をするのだろうか
「
「姉貴、俺の勘が確かなら、まだそんなに遠くまでは行ってないはずだぜ」
「それもそうね。
血相を変えた
テルは何も存じてない神内さんから指摘されないよう、拳銃をどこかにしまっており、僕という逃亡者を一緒になって捜索していた。
だけど普通、ゴミ箱の中や机の引き出しの中にはいないだろ。
ネズミ獲りでもあるまいし、端から僕を捜す気ゼロだな。
「ごめんね、あずちゃん。さっきまでお店が忙しくてバタバタしててさ」
神内さんがいかにも忙しかったように、首元のポロシャツのボタンを外し、手で風を煽る仕草をする。
違和感のないよう、動きすぎて暑くなったという小芝居で東峰岸とテルに知らすために。
「いんや、
東峰岸が頼みの綱からの情報も得られずに、悔しさの入り交じった感情になる。
その思いを吹っ切ろうと煙草を吸おうとするが、店内は禁煙ということを思い出し、煙草の箱に少しだけ力を込めた。
「ありがとう神内さん。私たち急いでるから店番をお願いしてもいいかしら?」
「あずちゃんの頼みならしゃーないな。ここは任せとき!」
神内さんの気さくの良さに機嫌を取り戻した東峰岸さんはテルに並んで、この店を後にした。
「……ふう。やれやれ。あんたたち」
「邪魔者は居なくなったんで、はよ出ておいで」
神内さんが足元に座っていた僕ら三人に声をかける。
「……ふう、助かったよ」
「九死に一生でしたわ」
「九回も死んだら人間じゃないけどな」
「でもさ、今のはガチでヤバかったよね」
まさか、神内さんが機転をきかせて、カウンターの下に隠させてくれるとは……。
神内さんが僕らが見つからないよう、カウンターで拭き掃除をしながら、何てない言葉で繋ぎ、東峰岸さんと対話しただけだが、場所だけに一歩間違えば、自爆は目と鼻の先だった。
長年、この弁当屋で仕事をしてつちかった経験の賜物である。
「何か知らんけど追われているのは本当みたいやね」
「ありがとう。すぐに察してくれて良かったよ」
「他ならぬ、兄ちゃんの頼みやけね。嘘が下手な男の子でもあるさかい」
神内さんのさりげない優しさに僕の凍りついていた心が溶かされていく。
これがタンパク質の変性というものか。
「この前なんて家から持ってきた可愛い女の子のイラストが表紙の漫画を処分したいと、ここに持ち込んでさあ」
「可愛い女の子のイラストって?」
「ええ、中身をめくったら、アニメ柄の女の子による裸の絵ばかりで。ああ見えて、兄ちゃんも健全な男の子だわさ」
そんな神内さんが僕の性癖の話へと変え、僕をさておき、何かと盛り上がっている。
あれは全年齢対応の少年漫画であり、読者サービスのラッキー助べえという表現であり、決して如何わしい本ではないぞ。
「ちょ、神内さん? 今はその話はいいから。僕たち急いでるんだ!!」
「何で、ここからがいいところだったのにさ」
「真面目そうな感じの兄ちゃんが実は……」
「はいはい、ストップ、バスストップ!」
真面目と見せかけ、実はロリコンである僕という脳内バスを停留所に停めるため、懸命に抗おうとする。
「哲磨君、ここで呑気に遊んでる場合じゃないでしょ。自宅に帰りませんと」
「誰のせいでこうなったと?」
「てっちゃん、早くしないと次の電車が来るよ」
「分かってらい」
梨華未がスマホの時計に目をやりながら、哲磨をそそのかす。
ここ、
一度逃すと、約三十分は待たされる。
その間に東峰岸が哲磨の自宅に乗り込めば居ないと知らされ、見えない所から待ち伏せされ、そこでアウトだ。
特にテルは拳銃を所持している。
あれで遠距離から体を狙われたら人たまりもない。
「それじゃあ、神内さん。今日はこの辺で」
「あいさ、今度来たら積もる話を聞かせてな。女の子として過ごした日常に興味あるし」
「あはは。それは洒落にならないですね……」
「わたしはいつだってマジだよ」
「いや、勘弁して下さいよ」
どうして女の人は男通しが恋をする展開が好きなのだろう。
男が女の子通しの百合展開が好きなように、男と女が惹かれていく恋愛関係に疲れた社会人が読むものとは聞いてはいるが、あれは一般論に過ぎない……。
「これ、駅までの最短ルートが描かれた地図。上手いこと使えば、あずちゃんたちより、先回りすることも可能さかい」
「それはありがたい、恩に着ます」
哲磨は神内さんから手書きのメモを貰い、心から感謝する。
「さあ、早く行きな。この時間の電車に乗り遅れたらその地図の効力もないかんね」
「はい。お疲れ様です」
デジタルな壁時計の針は夕方の時刻を指しながら、音が無くとも刻々と時が流れてることを教えてくれる。
「哲磨君、外にわたくしの車を用意してます。駅まで送りますわ」
「分かった」
哲磨は梨華未と共に黒い軽自動車の後部座席に乗る。
財閥の姉が軽自動車なのは彼女がしょっちゅう事故ばかりして修理代が馬鹿にならないという理由かららしい。
見た目は軽だが、外装も内装も高価な作りでもあり、座り心地も快適なほどにいい。
紫四花の荒っぽい運転で駅までの道を突き進んだ。
幸い、神内さんの地図のお陰で数分足らずで最寄りの駅に着いた。
哲磨が周りを注意深く見渡しても、東峰岸のやたらと目立つランボルギーニな車らしきものはどこにもなかった……。
****
「──おい、あの娘見ろよ。めっちゃ可愛くねえか?」
「ああ、悪くねえな。胸はぺったんこだが、スタイルもいいよな」
「俺もあんな彼女と付き合いてー」
男たちの会話を耳にし、いかに自分が置かれた立場を認識する。
「……これはマズったな」
電車内でイタイほどに刺さってくる乗客からの視線。
その視線のほとんどが男からのもので背中に嫌な汗が流れてるのも分かる。
そう、一生の不覚。
哲磨は女装した格好で電車内に乗り込んでしまったのだ。
仕事にしろ、何に関しても慣れというものは恐ろしい。
哲磨は男たちからは舐め回すように見られ、女の子たちからは可愛いと噂され、つり革を支えに立っているだけで緊張していた。
この人たちは僕が男って知ったら、どんな顔をするのだろうか。
哲磨の心の中は恥ずかしさよりも罪悪感で胸が一杯だった……。
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