第44話 いい加減、この作戦が穴だらけということに気づいてよ

「さあさあ、そんなに恥ずかしがらずに」

「わっ、そんなに押すなって!?」


 僕は此処伊羅ここいら姉妹から背中を押される立場になり、店内へ繋がる場所へと飛び出す形となる。


 このままだと、店のカウンターにこの破廉恥な醜態をさらす羽目に合い、僕の未来がおかしなイメージへとなってしまう。


 この身が裂けても嫌な、変態といういわれ。

 世にもきしょい最悪なパターンだけは避けたかった。


「そう照れることないよ、てっちゃん」

「そんなこと言われても初めての経験なんだ。それに下がスースーする」


 僕はスカートを押さえながらも反論の意思は弱めない。


 薄布越しに隠されるヒラヒラとした衣装。 

 ミニスカートではないとはいえ、こんな物を平然と履いて、女の子って以外と勇気と度胸があるんだな。


「それからてっちゃんと呼ぶのは止めろ」

「えっ、嫌だよ。可愛い呼び名だからいいじゃん。別に気にならないし?」

「僕が気になるんだよ‼」


 ふと、あの女神しずくとの会話を思い出し、梨華未りかみのさらりとした言い分に哲磨てつまの自制心が壊れそうになる。

 すると、紫四花しよかまでも賛成意見であり、僕の女装姿を見て、うんうんと勝手に納得するから困ったものだ。


「あら、てっちゃま。改めてスカートを履いたやる気になったのと?」

「どんなやる気だよ? あと付けは止めろ」

「残念、気に入った呼び名でしたのに……」

「露骨に嫌そうな顔するなよ」


 梨華未に関わらず紫四花まで揃って、僕を女の子にしたがる上に、化粧の他にスカートも強引に履かされ、男としての面子が丸潰れである。

 男として生き方を誤り、やる気以前の問題であった。


「いえ、このまま男の娘として人生を歩んでいくのかと」

「話が飛躍過ぎるだろ。僕は女になって、今後の余生を過ごすつもりはさらさらないからな」


 僕は男に生まれてきたんだぞ。

 とある理由から女の子が苦手になり、女の子としての道を進み出し、性転換手術を希望するなんてことは思いもしない。


 ……というか、性別なんて無理に変えなくていいし、変える必要もない。

 生まれてくる前、お腹の中にいる頃から、すでに決まってることなんだ。


 自分自身を問いつめ、悪いところをあげてもきりがない。

 神から授かった大切な命なんだ。

 欠点よりも、自分の良いところを誉めて、もっと己に自身を持とう。


「えー、こんなに綺麗な顔して勿体もったいないなあ」

「あのなあ、化粧で化かしても騙されるのはその時だけだ。僕の男としての尊厳は無視かよ?」


 梨華未が頬を染めながら僕への想いを呟くが、近くで見たら綺麗だからという理由から女の姿にさせるなんて。

 僕は色気のある化粧をしたロックバンドでもないし、楽器も得意じゃない。


「まあまあ、お二人とも騒ぐのもこの辺で。あまりこんな会話をしていると神内じんうちさんにバレてしまいますわよ」

「誰のせいでこうなったと?」

「いいから、紫四花お姉ちゃんの言うことを聞いて。ハリセンボンをかじらされる前に」

「何だよ、その物体エックスの名前は……」


 梨華未の笑えない例え話に僕の背が凍りつく。


「そのリンゴ的表現が怖いんだけどさ……」


 アダムとイブの出会いはとげとげのリンゴ? だったからに、事があってからじゃ遅過ぎる。

 ほんの冗談だよな? と身ぶり手振りでジェスチャーしながら梨華未に伝えるが、当の梨華未は自然体な笑顔のまま……、


「やだな、てっちゃんは黙って言うことを聞いていればいいんだよ」


 ……突拍子のない毒舌を言い放つ。

 そんなんかじったら歯茎から出血じゃ済まないぞ。


「うまく誤魔化された気が……」

「誤魔化しじゃないよ。お姉ちゃんは言ったことは必ず実行する人だから」

「死刑執行人みたいな人柄だな」

「しけいこっこー?」


 ニワトリの執行人じゃあるまいし、梨華未はさっきから会話の内容が一際飛んでいる。


 いや、ニワトリは人間になれないか。

 人間は着ぐるみでニワトリにはなれるが……。

 女子会のパジャマパーティーかよ。


「まあ、別に執行人なんて知らなくてもいい言葉だ。気にするな」

「そんなの言われたら、梨華未、余計気になっちゃうじゃん。てりゃ!」


 この気なんの気、気になる梨華未。

 梨華未が僕の背後に回り、無防備な脇の下を触ってくる。


「うわっ、何するんだ‼ 女が男にやっても立派なセクハラだぞ‼」

「セクハラじゃないよ。くすぐりという名ばかりの刑」

「もうくすぐってるじゃんか。ぎゃははっ‼」


 積極的なボディータッチはささやかな制裁でもあった。

 脇の下をこちょこちょされ、大笑いをする哲磨は笑い転げながら、店内の床をゴロゴロと転がる。

 モラルも秩序もない光景にレジ前にいた神内さんも異変に気づいたようだ。


「ねえ、紫四花ちゃん?」

「はっ、はい! 何でしょうか?」

「あの見慣れないショートカットな茶髪の女の子なんだけどさ?」


 職業上、数あるお客さんを見てきた神内さんのよる鋭い指摘が哲磨の胸に刺さる。

 カツラまで被らされ、女物の服を着せられ、今の哲磨は完全に女の子なのだと……。


「どこか様子がおかしいんだけど、あの子お腹の調子でも悪いん?」

「えっ、彼女は至って普通の女の子ですよ。ねえ?」

「はひぃ! わたひは正常ですわいー!」


 梨華未の問いかけに、声がワントーン上がり、ハイトーンボイスで自分の理性を保とうとする哲磨。

 ここで隠し通さないと男が廃るどころか、男としての本能も腐ってしまう。


「そうかいな。何か言葉遣いもおかしいし?」

「あははっ。神内さんウケるー。この子がおかしいのは元からですよ」

「はひっ、元からデェース!」


 僕は好き放題言う姉妹に毒にある視線を投げながら、その場で何とか誤解を解くのに必死だ。


「しかし、こんな綺麗な子、お客さんにいたっけ? こんだけのべっぴんさんで気づかないわたしもおかしいかも知れんけど……」


 いや、神内さんは正常な反応です。

 おかしいのはあなたじゃなく、嫌がる僕に無理矢理女装させたあの姉妹です。


「はい、三人で仲良くお話をしていたら、神内さんへの挨拶も遅れて」

「いいってことよ。さっきまでお客さんで混んでいたし、いちいち顔色を伺う余裕もないし」


 僕の想像した通り、神内さんは大人な対応だった。

 店の中は静かで、レジ上にある壁掛けの液晶テレビだけが無機質なアナウンスを演じていた。


「……じゃあ、梨華未たちはこの辺で」

「ちょっと待ってえな!」


 神内さんが強い口調で僕らを引き止める。

 店内には僕ら以外にお客さんはいない。

 今、大声で呼びかけても気にならないし、何より怪しいのは用もなく休憩室から出てきて帰ろうとする僕らの方なのだ。


「……ヤバイね。作戦は順調だったのにどこでバレたんだろう?」

「二人ともいい加減、この作戦が穴だらけということに気づいてよ」

「穴なんか掘ってませんわよ?」

「……墓穴ぼけつは掘ってるけどな」


 此処伊羅姉妹はこのようなイタズラを分かっててやっているのか?


「もうお尻だなんて、てっちゃんのエッチ!」

「ばっ、馬鹿。お前、余計なことを!」


 入らぬ余計な一言が、さらに墓穴を掘り進めたようだ。


「……てっちゃん?」

「……兄ちゃん、もしや、あの哲磨君かい!?」


 レジ前で現金チェックを終えた神内さんが僕の顔をマジマジと見つめてくる。

 知り合いに変に思われ、非常にイタイ目つきだ。


「あっ、嫌だなあ。他人の空似ですよ。おほほほ‼」


 僕は裏声で高笑いし、神内さんを何とか誤魔化すことにする。


 口が軽いおばちゃんのことだ。 

 女装癖のある男の子という噂なんて一晩で街中に広まるだろう。


「その喋り方、その慌てぶり。どう見ても哲磨君そのままだわ♪」


 神内さんが好奇心で僕の姿を観察し、今度は僕の両手をとって感激の姿勢をとる。


店長あずちゃんに見せたら、きっと喜ぶだろうさ」


 僕はその店長に気づかれないように女の子の格好をしているのだけど、この状況は最悪だった。

 神内さんに両手も握られて逃げることも出来ない。 


 それに追っ手が来るまで時間は残されていないはず。

 言葉通り、大ピンチなシナリオだ……。


「……くっ、無念だな」


 早くも、ここで人生というターンの終わりかと半分諦めた形の哲磨は、あるシーンを悟り始める。

 知人だけが占める店内にて、その場面を想像する度に、生物室に置かれたガイコツのようにこの身を震わす哲磨であった。

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