第43話 偶然にしては出来すぎてるとお思いでしょうか?

 僕は神殿のような場所から出口を探そうとしたが、先ほどまであった扉はなく、変わりに本棚がところ狭しと並んである。

 この様子だと隠し部屋だったので、第三者にバレないように元の壁に戻したのだろう。


 でもこんなご丁寧な封鎖をされると、その隠しドアを通じてやって来た者にはとんでもない障害になる。


 しかもただの壁ではすまず、大きくて高い本棚が妨害している。


 かといって動かすのも無茶だ。 

 本棚には大量の本が敷き詰めてあり、かなりの重さはありそうだからだ。


(動かそうとして倒れてきたら、それこそ、一大事だからな……)


 哲磨てつまは本棚に背をつけて、さっきまで来ていたルートを横目に確認する。

 あの通路から一直線にここへと来たんだ。 

 途中で外へ出れる抜け道どころか、迷いやすいような迷路の通路もなかった。


 この部屋には恐ろしいワナどころか、逃げ出せないような複雑な構造もしていない。

 ごく普通の、綺麗な星空がアクセントとなった神殿である。


 星の波が見渡せて開放的なのに、外へ繋がる入り口は透明な高い壁で仕切られ、前に説明したように、通り道はたった一本のみ。

 恐らく実験体とやらが逃げ出しても、すぐに見つけられる構造にしてるのだろう。


安良川あらかわくん、逃げても無駄よ。大人しくあたしの元に来なさい!」

「大丈夫よ。命だけは奪わないから」


 そうやって東峰岸あずまみねさんは、テルから貰った拳銃で僕を行動不能にして、持ち帰って記憶を改ざんするんだ。

 その後はどんな生活か知らないが、少なくも何も無害のない平凡な暮らしを過ごすことはないはず……。

 

(そう考えると幽閉の線か。永遠に日の光を見ることもなく、あの部屋で生涯を遂げるのか……。どう考えても嫌すぎる……)


「だったら、なおさら動いて調べないと……おっとっと!?」


『カランカラン!』


 哲磨は柄になく怯えて、手に持っていた眼鏡を床に落としてしまう。


「今の音からして、こっちね?」


 東峰岸さんが音に素早く反応し、僕が潜む本棚に近づいてくる。


「安良川くん、居るのは分かってるのよ。さっさと出てきなさい!」


 凛と響く声は明確に僕の方に響いてきて、僕の心臓がはち切れそうな鼓動を立てていた。

 この音が激しすぎて、周囲に聞こえてるのではと錯覚したくらいだ。


「安良川くん。どっちにせよ、ここからは逃げられないわよ。あまりお姉さんを困らせないの!」


 もう絶望しかない。

 この本棚の中にも、本がギッシリ詰まっていて隠れるスペースもないし、人目につかない影になるような場所もない。

 逃げ道も僕が進んできた一本道のみ……。


 今度こそ逃げられずに捕まって、あの研究所に逆戻りか……。


 皿洗いでも靴磨きでもするから、それだけ勘弁してくれと天井を見上げる。

 古びて黒い斑点が混じった石柱は何も語らずに哲磨の行方を眺めていた。


「安良川くん!」


 すぐそばまで東峰岸が迫って来ている。

 哲磨はこの場から一刻も早く離れようと重い腰を上げた。


 今はウジウジ悩むより、逃げるしかない。

 何もかも諦めて行動に移さないなんて、人間の器が狭くてどうかしてる。

 僕はここと異世界を行き来し、彼女たちと出会って知った。

 どんな望みが薄い状況下でも、自ら動かないと人生という単語は切り開けないのだから。 


 哲磨は息を切らしながら、がむしゃらに走った。

 前にある本棚の最果てを目指して……。


「──てっちゃん、こっち」

「わっ、いきなり何だよ!?」


 利き手側から唐突に女の子の声がして、僕の手を引き、体が本棚へとぶつかりそうになる。

 このままだと僕自身の当たった振動で落ちた大量の本の餌食になってしまう。


 哲磨は両目を閉じて、普段は信じてもない神とやらに祈りを籠めた。

 勝手染みた祈りで救えたら苦労はしないが……。


「うわっ、ぶつかるー!?」


『──するり』


 下手な衝撃もなく、本棚に吸い込まれて、別の部屋へと移動する哲磨。

 馴染みのある女の子のひざまくらの上で哲磨の視線は見慣れた蛍光灯が付けてある天井へと向きが変わっていた。


「危なかったね。梨華未りかみたちが気づかなかったらアウトだったよ?」

「全く、一人でこんな危険な場所に出向いて。どうしてわたくしたちに相談しないのでしょうか?」

「ありがとな。助かったよ」


 僕は弁当屋の休憩室から半身を起こし、梨華未に例を言うと、梨華未は照れ臭そうに『今の柔らかい枕な感触はほんのお礼です』と意味深なことを伝えてくる。


「それにしてもだ。お前ら、どうしてここに?」

「偶然にしては出来すぎてるとお思いでしょうか?」

「たまたま、お腹が空いたから寄っただけだよ」

「ここ、従業員しか入れない休憩室なんだが?」


 僕は此処伊羅ここいら姉妹に、ありきたりな質問を投げ掛ける。


 場合によっては住居不法侵入プラス営業妨害だ。

 ここで逮捕して、がっつり懸賞金をいただくか……ってそんなわけないか。


「梨華未はここのバイトやってるの。お姉ちゃんは梨華未の付き添いで、空になったお昼のお弁当箱をもらいに来たんだよ」

「弁当箱くらい持って帰れるだろう?」

「もう、可愛い姉妹を前にしてデリカシーがないなあ」


 梨華未が突然、変な主張をしてくるが、自分から容姿をべた褒めする相手に限って、中身は空っぽだったりする。


「それもそうだけど、お姉ちゃんのお弁当箱、いつも重箱だから」 


 梨華未が紫の風呂敷で包んだ弁当箱を姉の紫四花しよかに渡すと、姉は嬉しそうな感情で黒いブランドらしいバッグに収める。


 布の張り具合からして、五段重ねというところか。

 そのバッグに重箱の入る余地なんて無いと思うのだが?


「さて、店の出入り口には神内じんうちさんがいるし、もたついてたら二人が戻ってきちゃう」

「わたくしたちはまだしも、店長は不在で哲磨さんだけが出ても怪しまれますし……」

「それなら梨華未、考えがあるんだけど?」


 梨華未がポーチを出して、色々と化粧用品を近くに置かれたデスクに並べ始める。

 何だろう、嫌な感じしかしないんだけど……。


「ここでてっちゃんを女の子にさせよう!」

「それだけは勘弁してくれ!?」

「この期に及んで何を言ってますの。TVなどに映る俳優さんや芸能人さん、お笑い芸人さんは男でも化粧をしてますのよ?」

「僕は普通の一般男性だから! それに今、明らかに女の子にさせるって言ったよな!?」

「うん。てっちゃん、間近で見たら、以外といい顔してるから美人さんになりそうだね」


 僕は後ろから紫四花に動きを封じられ、抵抗も空しく、梨華未から色々とおもちゃにされた。

 こんな化粧で色々と男心を奪われて、もう、お婿にいけない……。


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