第48話 全ての四つの能力を手にした時、君は立派な天使になってるはずよ

「──ようやく目覚めたようね、少年」

「ここはどこだ?」

「あの世じゃないことは確かよ」

「だとすると僕は……」


 暗がりの世界から、天使しずくの呼び掛けに意識を研ぎ澄ます。

 古びて糸がほつれた袖口が目に飛び込み、青一色で染まった麻の服。

 手鏡はないが、顎先を触るとジョリジョリとした髭の感覚がした。


「うーん、そろそろ剃らないとな」


 声を通す度に抜けていく、声変わりした低い声。

 何より、この状態の僕は、眼鏡をしてなくても裸眼で物や文字が見える。


「この懐かしい空気。やっぱりここは例の異世界の神殿で間違いないな」


 僕こと、異世界のキャラでもあるサキタラシは立ったままの体勢で石造りの神殿の中にいた。

 前回の現実世界で絶命しかけて、この世界に戻ってきたようだ。


「まあ、今回もとんでもないことになってるんだけど」

「五秒で出会って何だよ、しずく。向こうと一緒で忙しい世界だな。いくらあっても時間が足りないな」

「時間には限りがあるということね」

「そうだよ。しずく、こんな僕を頭なでなでして褒めてくれてもいいんだぞ」

「キショ。少年の頭の中は幼稚園児かよ」


 時間は有限なんだ。

 のんびりと余暇を楽しんでも、色々と製作に根を詰めていても刻々と過ぎ去っていく。


 二つの世界を行き来する忙しい僕には、逆に足りないほどだ。


「こちらの異世界ではエンマが反旗をひるがえして、ヒミコと対峙しながら、この世界の侵略を始めたの」

「何でだよ。ヒミコの村に立ち寄って、ヒミコと仲良く酒をかわしながらハッピーエンドな締め方のはずだろ?」


 前回のこの世界ではヒミコがしずくに頼み込み、命を削った代償としてエンマを生き返し、それを期にエンマと和解した。

 数日後に訪れた寿命によりヒミコは安らかに眠るという悲しい流れだったが……。


「そのヒミコがエンマを裏切ったとしたらどうする?」

「えっ、あのイベント大好き娘が、自ら断りを入れたのか!?」

「ええ、ジジイなエンマの時代は終わった。自分は君を次世代のエンマにさせると言い放って」

「おい、ちょっと作り話が混じってないか? ヒミコはそんなに嫌みは言わないはずだけど?」


 サキタラシはヒミコの意外すぎる行動に驚き、しずくに返す言葉を無くしていた。


「フフフ。女の子に何を求めてるの? 女は二つの顔を持つものだし、いくら清楚に見えても影で愚痴なども呟くこともあるわ」


 女にも光と影の二面性がある。

 外ではどんなに愛嬌よく笑顔を振りまいても、家に帰ればふて腐れ、ぶつくさと文句を言いながら、ツマミを口にし、酒をあおる日々。

 僕の母さんもそうだったからだ。


 でもヒミコにはそんな表裏はなかったはず?

 僕の前では本性を隠していたのか?

 いや、あのヒミコがだぞ?


「少年は表面的にしか、ヒミコを捉えていないのかしら。実際の彼女はもっと残忍よ」

「そんなこと、急に言われてもなんとも……」

「君はヒミコを美化し過ぎなのよ」


 そうか、僕はそんな目でヒミコを見つめていたのか。

 あなたにはトゲのないバラが似合うと似合わない微笑みで見つめながら……。

 この星が何回自転しても、死んでも似合わねー台詞と態度だな!


「彼女は天使の羽をうまく使いこなして、腕利きな四人の女神を手中に治め、エンマと対抗姿勢を持ったの」

「よく分からんが、ヒミコグループマラソンランナーが、最速タイムを大きく縮めそうな勢いでエンマの出る幕がないと」


 ランナーが走るのはこの世界の端から端までになりそうだが、何キロ以上もあり、距離的に考えても無茶な配分である。


「その四人の天使は天界の大陸に散り、例の二つの神のアイテム、鏡とペンダントを四分割して持っているの」

「一人説得しても半分以下しか奪えないのか。猿並みに困ったヤツらだな」


 何だか、今回も初っぱなから厄介な面倒ごとに巻き込まれたな。

 壊したはずの神器も復元されてるし……。


 一つのアイテムを二等分なんて、包丁でカットされた半切れミカンを食べさせられる複雑な気分だ。


 僕はとっとこんハムスターじゃないんだぞ。

 箱ごととは言わんから、丸々一個よこせ。


「ヒミコを創造神と支持し、神の遺産を手中にした四人の女神はその力を利用して地上を殲滅させながら、跡地を綺麗な花畑にし、自分たちだけの楽園を手にしようとしてる」

「まてまて、そんなお花畑メルヘンファンタジーみたいなことを言われても、僕の考えが追い付かないって!」

「つまり、四人の持ってるアイテムを奪わないと、この地上世界は綺麗さっぱり花のみで埋め尽くされるということよ」


 つまり、反乱分子を黙らせて、ゴミ掃除をやれという意味か。

 しずくも僕に汚れ役を押しつけて、いい気なもんだな。


「それを僕にやらせると?」

「ここに来て、早速すまないけどね」


 謝るくらいなら最初から言わないでくれよと心で叫ぶサキタラシ。


「ご覧の通り、私はこの有り様でね」

「えっ?」 


 しずくが今まで見えたことない苦渋な顔つきになり、何かの痛みに耐えながら、床に両ひざをついた。


「おい、しずく! 大丈夫か?」


 その痛々しい異変に僕はしずくに肩を貸すが、回した腕にに凹凸のような感触がし、背中の損傷が見栄隠れする。

 僕はしずくを近くの石柱に横たわらせ、彼女の同意のもと、細々とした背中を見せてもらう。


「こいつは酷いな。背中を中心に火傷の痕が……」

「遺産を隠し持っていた私の口を割らすために背中の羽を一つずつ燃やされて。仕方なく私は……」

「相手が女でも、例え、天使でも許せない行為だな。聞いてるだけでも腹が立ってきたな」


 サキタラシは人の痛みを何とも思わずに女連中から拷問を受けていたしずくに意外性を感じた。

 それとは別に込み上げてきた怒りを心の中で抑えながら……。


『ぐううううー!』


 どうやら沈めていた怒りと反動に空腹が襲ってきたようだ。


「あははっ、非常時にも関わらず、僕の腹の虫は鳴るんだな」

「そうだな。まず少年に必要な物は食事からだね」

「……ちょっと待ってて」


 サキタラシが腹を押さえて笑うが、どことなく元気がない。

 笑って誤魔化しても顔はひきつっていた。 

 所詮しょせんは人間、空腹には勝てぬか。


「はい、これでいいかしら?」

「おい、物は投げて渡すなよ。おっとっど‼」


 しずくの手により、ゆっくりと宙に投げられた黄色い四角い紙容器を慌てて両手でキャッチするサキタラシ。


「これはバランス栄養食?」

「そう、手軽に一食分の食事がまかなえるのよ」

「あれだけ期待させといて、カロリンメートとかどうですかね……」


 バランス栄養食とか言いながら脂質が偏ったアンバランスな栄養食は、時に自分の身を滅ぼしかねない。


「入らないなら返してくれない? 折角の非常食が勿体ないから」

「あ、あっ、い、いや、入ります! ちょうどカロリンメートが食べたかった年頃だったんですよ。カロリンこそ、最強のチョロスみたいな」


 棒状で様々な味が販売されてるだけあり、たまには、お菓子代わりに食べても悪くないなと思うサキタラシ。


「四人の女神はずば抜けた能力を秘めているの。君のやるべきことは、彼女らを屈服させて能力も手に入れること。全ての四つの能力を手にした時、君は立派な天使になってるはずよ」

「そこで断定はしないんだな?」

「まあ、個人差があるからね」


 効能うんぬんって何の健康食品の紹介だろう。

 それに僕は両対の羽持ちなのに、これ以上、立派になってどうするんだ?


「じゃあ、サクサクと四人の女神に会って来ます。しずくさん、具体的な場所とかは分かりますか?」

「彼女らは常に動いてるからね。ここからでもよく分からないわ」

「あんた、本当に女神なのかよ?」

「まあ、少年ならできないこともないわよ」

「さりげなく馬鹿にしてるような気が……」

「ドンマイ、ドンマイw」


 サキタラシはしずくと一度の別れを告げてから、神殿の外へと旅立った。

 しずくの願いでもある、四人の天使の暴動を阻止し、ヒミコとエンマに抗う力も手にするために──。

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