第13話 ペンダントはその後も大切にしていますか
「てつまー!」
「てつまってばー!」
次に目を覚ますといつもの幼馴染みが一生懸命、僕の肩を揺さぶって起こしている。
目の前にいる
あれからソファーに寝そべり、色々と考えていたら、ついうとうとと寝てしまったようだ。
手元にあった眼鏡をかけると、体には茶色い熊のアニメキャラクターのタオルケットがかけられていた。
「
「……って、なに身構えてるの?」
「いや、この流れからすると逆エビ固めがくるかなって」
「失礼ね。深裕紀はセクハラなんかはしない常識のある女の子よ。さっさと支度してよね」
どうやらいつかに経験した場所とは違い、ここではこの娘にプロレス技をかけられることはないらしい。
ちなみに明日は創立記念日で休みのせいか、今日の授業は午前中のみだったとか。
『深裕紀さん、ちょっといいですか?』
「あっ、
下の階から若い女の子の声が聞こえ、そう言った深裕紀は慌ただしく階段を下りていった。
うーん、この流れからして転生したようにも捉えられるが、やっぱりどこかが違う。
せめて、何かヒントになりそうな物でもないか……。
哲磨が普段着兼、寝巻きでもあるジーパンのポケットを探っていると、固い金属のようなものに指が触れた。
「あれ、この感触って?」
気になって取り出したそれはあのロケットペンダントだった。
確かこれは『サキタラシ』とかいう相手がエンマ大王から壊されて奪われたものだったはず。
なぜポケットなんかに入ってるんだ?
待てよ、サキタラシがこれを持っていたということは僕と関わりのある人物なのか?
それにフルネームがトテツヤマサキタラシというのもなぜだか引っかかる。
トテツヤマとテツマは微妙に名前が似ているからだ。
サキタラシは僕の前世の記憶とでもいうのか?
だったらあの声の主はどうしてこの件には詳しく触れて来なかったんだ?
「……ああ、駄目だ。考えすぎて頭がおかしくなりそうだ」
もう深く追求することはよそう。
この世界で頑張っていけばいいんだ。
哲磨は痛むこめかみを押さえながら、食卓へと向かった。
****
「おおう、凄いな。この状況は……」
キッチンの周りには野菜のクズに飛び散った肉の欠片、洗い場には焦げ付いた大量の調理器具……そして浮かない顔で片づけをする
此処伊羅が哲磨を見かけた途端に焦げついたフライパンを洗う手を休め、ズカズカと歩み寄ってくる。
「ちょっと
「これって?」
「体調不良で学校を休んだと聞きまして、こうしてわたくしが腕を振るまい、精のつく料理を作ろうと橋ノ本(はしのもと)さんと一緒に調理したまでは良かったのですが……」
此処伊羅さんは急にしゃがみこみ、その場にて両手で顔を覆う。
「あんなにも料理が出来ない女とは思いませんでしたわあああぁー!」
「ああ、此処伊羅さん、ちょっと落ちついて、気を確かに!」
哲磨は壊れてしまった被害者を優しくケアする。
病んでしまった彼女には安らぎと休養が必要だった。
「どうもありがとう。此処伊羅さんは休んでて。後は僕がやっとくからさ」
「……お気遣いありがとうですわ。こんなにも料理下手な女の子が食事を担当してて、安良川君は日頃何を食べてるのかしら……」
「まあ、僕も簡単な物なら作れるんだけどね。この通り、言っても聞かない相手でさ」
「それならそうとのんびりと寝てないで言って下されば。かえって一人の方が楽でしたわ……」
此処伊羅さんの気持ちも分からない訳でもない。
良かれと思った行動が、僕の不注意により不快な思いにさせてしまった。
「ごめん」
「いえ、謝らなくてもよろしいですよ。見極めきれなかったわたくしにも落ち度がありましたので……」
此処伊羅さんが青白い顔色をしながら、キッチンを抜けてく。
まあ、冷めたら美味しくないし、まずは食事を優先だな。
****
食卓には色鮮やかな料理が並べられていた。
目玉焼き、野菜サラダに卵チャーハン、具材たっぷりの味噌汁、バナナのヨーグルトに牛乳と栄養バランスもよく考えてある。
朝食のメニューみたいな雰囲気もあるが、最近、僕が深夜まで勉強し、遅刻ギリギリまで寝ていて、朝ご飯を食べずに登校するせいか、朝食の材料がたんまりと余っていたらしい。
「ほんと、いつ食べても紫四花ちゃんの料理は美味しいわね」
『ガツガツ!!』
「おい、女の子なんだからもっとしおらしく食べろって」
「じゃあ深裕紀、今だけ男になるわ」
『ガツガツ!!』
僕の言うことにも聞く耳持たずか。
まあ、昔から男勝りな性格だからな。
「それにしてもどこにも肉を使った料理が見当たらないんだけど? 見た目も味も酷すぎて廃棄か?」
「いいや、目玉焼きの中に仕込んであるよ」
「……仕込むって何だよ、深裕紀」
一晩熟成させた肉を卵に入れて、こんがりきつね色になるまで焼く。
ベーコンエッグとは違い、巷のソウルフードだと自慢げに答えてくる。
「ねっ♪ ソウルならぬ、魂こめた食材って感じでしょ」
「ねっ♪ じゃないよ。肉が焦げすぎてガチガチなんだけど……」
「食品衛生法の基準を踏んだからね。よく噛んで消化してね」
捨てようにも、逃げることさえもできない。
哲磨は目だけは笑っていない深裕紀の目の前で個性的な料理を強引に食べさせられる。
僕は自宅に帰ってまで罰ゲームを食らうはめになりたくないのだけど……。
そこへ、横から手書きのメモが哲磨の席に滑り込む。
左隣の深裕紀に責められる中、一枚のメモが来た方向にはいるのは……哲磨を挟んで右側で食事をしてる此処伊羅であった。
もしや、見かねて助けてくれる案でも思い付いたのか?
哲磨は好奇心のまなざしでメモに目を走らせる。
『──わたくしがあげたペンダントはその後も大切にしていますか』
えっ?
プレゼントってこれがか?
短すぎて気持ちが探れない一文を読み終えた僕はポケットに入れてある鎖を握りしめたまま、頭の中が空白になっていた。
そんな此処伊良羅さんの方を見ると、満更でもない照れた表情で見つめ返してくる。
哲磨は今までこのペンダントはてっきり深裕紀がくれた物とばかり思っていた。
しかし、現実は別の女性で……あまり接点のないお嬢様からだった。
どうして僕は否定しなかったのか。
相手を傷つけるからと当たり障りのない返答をした?
いや、違うだろ。
相手に思わせぶりな態度をとって別の人の好きな人の元に行ったら、なおさら傷つけてしまうだろ。
何でその時にきちんと断らなかった?
ペンダントを身に付けたフリだけして好きだと勘違いさせるとか、僕は自分で思う以上にそんなに小心者でチキンなヤツなのか?
そうやって一人悩んでいる時、ふと脳裏にある記憶が浮かんでくる……。
──それよりも哲磨。昨日寝ている部屋の片隅にこんな物が落ちていて、無くさないよう、肌身離さず、ずっと持っていたんだけど。
──女の子からのプレゼントか何か知らないけど、こういう物は大切に扱わないと──。
深裕紀がこのペンダントの名入れを見ようにも蓋が固くて開けられず、裏のイニシャルから僕の所持品と思っていた深裕紀。
僕はここで自分の身勝手な行為に薄々気づいてしまう。
部屋にこのネックレスを落としていたのも実はわざとで、此処伊羅からの想いに正直に答えられずに……。
だって僕は横で食べ物をがむしゃらに食べている彼女のことが昔から好きだったから……。
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