第12話 いえ、人生という瞬間の山に落ちるだけです

 ──様々な情報が周囲に飛び交い、無数の白い羽が、彼の目の前を通り過ぎていく。

 哲磨てつまは真っ暗な空間にいて、その羽たちに包まれていた。


『今回の貴方様は、この記憶を引き継ぎ、あの方のめいにより、運命に抗うかのように、元の世界へと戻ろうとしています』


 その暗闇から、大人びた女性の声がする。

 これはマインドコントロールならぬ、精神支配というものか?

 哲磨はとっさの本能で、両耳を手で塞いだ。


『そうおくすることはありません。私は貴方様に危害は加えませんし、貴方様の味方です』

「味方だったら、姿を現すのが普通じゃないのか?」

『申し訳ありません。ご事情により、今はまだ姿は明かせない現状なのです』


 声の主は淡々とした返答をする。

 こっちの正体はバレバレで、向こうは顔の知れない影の存在。

 相手は中性の声で、年齢も不明。

 性別すらもはっきりしない。

 色々と考えさせるの方が調子が狂いそうだ。


 やがてを哲磨を乗せた羽は暗い床に下りて、そのまま光輝き、泡が弾けるように消えていく。

 哲磨は床から体を起こし、数歩ばかり歩みを進めると、その先の地面にシャベルで掘ったかのような、三つの均等な穴が空いていた。


『さあ、どういたしますか? 今の貴方様には三つの選択肢があります』

「三つの? 一体どういう意味だ?」


『幼馴染みによる覚醒』


 すると、僕から向かって、左側の穴が太陽の日射しのように眩しく光る。

 おい、僕の質問にはスルーかよ。


『お嬢様を救い出す決意』


 続いて、左側の穴から光が消えて、中央の穴が光る。


『燃え盛る財産から逃げる勇気』


 今度は中央の穴の光が消え、右側の穴が光り出す。


『現時点の貴方様が戻れる世界は、以上の三つとなりますが、いかがなされますか?』


 右側の穴からの光も消え、光を失った空間になり、再度、闇へと還る。


「いかがって? まるで僕自身が選ばないといけない口振りだな」

おっしゃる通りです。貴方様の人生ですし、前回までと違い、記憶が残っていますので、その方が左様さようかと』

「左様かと……って、どこの異国の王様設定だよ」

『いえ、貴方様のような方に無礼な口を語ってはならぬと、あの方から教わっていただきましたので』

「何だよ、そのむず痒い設定は……」


 哲磨は声の主の命に従うように、穴のすぐ近くに寄ってみる。

 穴の広さは、大人一人分くらいが入れそうな大きさで、ここから見た感じでは底は見えない。


「落ちた先に剣山とかあったら、最悪だな」

『いえ、人生という瞬間の山に落ちるだけです』

「……お前さん、芸人になった方がよくね?」

『それでは……』


 このお声さん、

 相変わらず、都合が悪い話はスルーするんだな。


『貴方様の好きな穴を選んで決めて下さい。この漆黒なる空間の時を止めるのも、もう、後一分が限度ですので』

「それで一分過ぎたら、僕からどうなるんだ?」

『そうなりますと、貴方様は、ここで身体ごと暗い空間に飲まれて、本当の人生の終わりです』

「お前さん、冗談以外に、怖いことも平気で言うんだな」


 哲磨は声の主の言葉に少しビビりながらも、三つの穴を慎重に吟味ぎんみし、向かって左側の穴を、ひとさし指で指し示す。


「やっぱり、この穴が一番無難かな。他の二つの穴は予測できないけど、この穴を示す幼馴染みって、アイツしかいないだろう?」


 幼馴染みによる覚醒という言葉通り、あの子に起こされる世界に違いないだろう。

 ベタな判断だが、見知らぬ世界に落ちて、右往左往してもな。


『本当に、その穴でよろしいでしょうか?』

「ああ。能書きはいいから、さっさと下りてもいいか?」

『いけません。そのままだと衝撃により、大地で粉々になりますので、直ちにパラシュートを装着してもらえないでしょうか』

「……お前さん、遊園地の設計者にも向いてると思うぞ」


 声の主の声に従い、闇の地表から浮いて出てくる、白いパラシュートが付いた小型のリュック。

 それを背負った僕は穴の場所にしゃがみこみ、声の主の合図を待つ。


『そんな待つ時間なんてございません。今すぐ飛び降りて下さい』

「お前さん、言うことをコロコロ変えるよなー!」


 僕は本音をぶつけたと同時に、穴から足を下にし、勢いをつけて飛び込んだ。


****


『──ゴオオオオー!』


 物凄い衝撃音と共に、落下していく僕の体。

 周りには無限の星空が存在し、数体の人工衛星が僕の間近を浮遊していた。

 足下に広がるのは太陽系で唯一、水で覆われた水の惑星……。


 僕は今まで宇宙にいて、あの星へと落ちていってる!?


「マジかよー‼」


 僕は誰にも届かない叫び声を上げながら、大気圏を突き抜けるが、不思議と熱さも痛みも感じない。

 そのまま僕の体は、地球の日本列島を眼下に捉えた。


「いかん、迂闊うかつに慌てても、元も子もないな」


 僕は冷静になり、体を反転させて、体を水平に保つ。

 このうつ伏せの体勢なら、最小限の被害で済むだろうと……。


『ゴオオオオー!』


 僕の体が木々の葉が茶色に染まった、永野ながの県の位置を目指し、一直線に雲の固まりを突き抜けていく。


 その衝撃に堪えられそうにない僕は、両目をきつく閉じて、世界のシャッターを下ろすことにした。


『ゴオオオオーン、トサッ……』


 ──数十秒後、周りの空気が肌寒くなって、柔らかい場所に落とされ、次に目が覚めると、僕は居心地のいいソファーの上に寝転んでいた……。


****


「……ここは?」


 天井には見慣れた円形のシーリングライトと、黒いシミが数々。


「紛れもない僕の家か……」


 僕は自然と仰向けになった体勢から目を開けると、一枚の白い羽がひらひらと舞い落ちてくる。


 僕はその羽を掴んで、マジマジと見つめた。

 この記憶が残っているのなら、これは鳥の羽じゃないと……。


「じゃあ哲磨、学校に行ってくるからね」


 この元気ハツラツな声は、もしや深裕紀みゆきか?


「あっ、ああ……」

「本当にごめんね。深裕紀の作ったパンケーキさ、今度こそ美味しく作って見せるから」


『ギイイイ……バーン!』


 深裕紀は精一杯の謝罪を声で表して、玄関の扉を豪快に開ける。

 玄関からの明るい光が、僕のいる闇の部屋を照らす。

 ソファーの間際にあるテーブルには、怪しげな青い液体がかかった、ぐちゃぐちゃなパンケーキ。

 パンケーキの横には、鈍く光った胃腸薬の瓶が並んでいた。


「じゃあね、哲磨の分まで、勉強頑張ってくるから!」

「ああ、いってらー」

「うん、行ってくるね!」

『バタン!』


 僕は再び、あの場所のように暗闇に取り残される。


 あれ、僕は幾度もなく、命を散らす目に遭ってきた。

 なのに、どうしてこうやって生きているんだ? 


 ……これは転生という代物なのか? 

 でもそのわりには、どこか様子がおかしい。

 僕には関係ないサキタラシとかいう別の男の物語りも絡んでいたし……それにあの影の主が語るには、元の世界に戻れるのは、ある方の命令とかブツブツ言ってたな。


 ……色々と考えすぎて、頭がパニクりそうだ。

 まずはコーヒーでも飲んで、気持ちを落ち着かせ、置かれた状況を整理しないとな……。


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