第3章 全ての世界を繋げるためにとった行動

第14話 ファンタジー過ぎて、妄想の虚言とも言われそうですが……。

 ──何かが焼ける匂いがする。

 それは徐々に焦げ臭い匂いへと変化し、一種の警告となり、冴えた勘の鼻孔をくすぐる。


 生きとし生きるもの、物事には始まりがあり、終わりへと繋がっていく。

 僕は終わりを迎える相手に向かって終始無言だった……。


「──ちょっと、安良川あらかわくん、何ボサーとしてんのよ!」

「あっ、すみません。店長」


 女店長の東峰岸あずまみねから注意され、哲磨てつまは考え事を振り払う。


 ──ここはバイト先の弁当屋。

 店内にある調理場のフライヤーに立ち尽くしたまま、意識だけが飛んでいたらしい。


「これどうしてくれるのよ」


 東峰岸がフライヤーの油で揚がった固まりを網ですくって取り出す。

 油切りの網の上で黒い固まりとなった異物の正体はこの世の物とは思えない丸焦げの豚カツだった。


「もうさっきからミスしてばかりじゃない。商品もタダじゃないのよ?」

「すみません」

「まかないにも出来そうにない商品みたいだし、これどうするのよ」

「はい、任務失敗の責任をもって、僕が全部食べます」

「無茶言わないでよ。お腹壊すでしょ」


 商品の価値を無くしたこの黒い豚カツは網の上に五枚ほど並び、素直に廃棄の命令に従う。

 すでに加工された肉だけあり、感情は表に出さないが……。 


「安良川くん、今日はもう食事休憩に入っていいわよ。夕ピークも過ぎて暇な時間帯に入ったし、この程度の流れなら、あたし一人でもこなせるから」 

「ありがとうございます」

「じゃあ、今日は何にする。いつものあたしのお勧めでいい?」

「じゃあ、それをお願いします」


 東峰岸の優しい気遣いを正面から受け取った哲磨はそれならばとフライヤーの方に目を向け、黒い物体へと指をさす。


「だからそれは食べれないし、もう廃棄決定だから」

「でも東峰岸さん、処分するにもお金がかかると」

「だからってこんな物を食べさせて食中毒にでもなったら、それこそ営業停止よ」


 営業が出来ないなら許せる範囲かも知れないが、建物の作りも簡素なこの弁当屋では死活問題に繋がることも考えられる。

 店の土地は小さいが、住宅が並ぶ道路沿いにあり、都会という場所だけに維持費などは高めだろう。

 こんな小さな弁当屋だけに……。


 ──哲磨は東峰岸にデミグラスハンバーグ弁当を注文すると、彼女は少し不機嫌になりながらもハンバーグの入ったパックを湯煎する。


折角せっかくあたしが直々に作るんだから、もっと手の込んだのを選ぶとかないの?」

「いえ、僕は店長を信頼してますので」

「あはは。柄にもなく何マセたこと言ってんのよ」


 いくらスタッフの一員として、弁当を割引で食べれるといっても学校がない時にしか働けない懐事情には限りがある。

 できるだけ値段が安くて、さらに商品が焦げる心配のないメニューを選んだつもりだ。


 店長には悪いが、調理に失敗した不味い夕ご飯を食べるのも気が引ける。


「じゃあ、休憩に入ります」

「はーい、ごゆっくり」


 東峰岸さんに一言お礼を告げ、僕はウキウキ気分でプラスチックのトレーに出来立ての弁当と水の入ったポットと空のグラスを載せ、食事場所でもある休憩室へと歩んでいった。


****


「もぐもぐ……」


 やっぱりいつ食べてもこのハンバーグ弁当は美味しい。

 大人の握りこぶしほどの大きさの肉には洋風の濃厚なソースがまんべんにかかっており、箸を入れると濃厚な肉汁がしたたる。 


 値段もワンコインちょっとと安くてこのボリューム。

 のり弁と並ぶ当店の人気メニューの1つでもあった。


「安良川くん、美味しい?」

「むぐっ……」


 誰もいないはずの休憩室で不意に背後から、甘い声が耳に入り、驚きのあまり喉にご飯を詰まらす。


「あっ、ごめん。取りあえず水でも飲んで落ち着いて」

「むぐむぐ……ごくごく……」


 喉を鳴らしながら、コップの中にある水を飲み干し、一息ついて声のしたドア先を振り返る。


「東峰岸さん、職務放棄は良くないですよ」

「失礼ね。店なら暇だからバイトのおばちゃんに任せてるわよ」


 それを放棄というのでは? とツッこむのを抑えて、目の前の食事に集中する。


「……ねえ、そんなにあたしが作ったの美味しい?」

「ゴホゴホ!?」


 東峰岸さんが僕に近寄り、悩ましげに色目を使いながら問いかけてくる。

 その予想外の対応に今度はむせてしまう。


「何の真似ですか? 落ち着いて食べれないんですが……」

「ごめん、ごめん。ちょっと訊いてあげようかなと思ってね」

「ハンバーグのスパイスなら存分にますよ?」

「そうじゃないわよ、君が抱えてる悩みよ」

「へっ、僕の?」


 どうやら東峰岸さんは僕が仕事に支障が出るほどの状態を気にして、ここで話だけでも訊いてみようとしたらしい。


「あたしで良ければ相談に乗るわよ。このままだと、さらに鹿子島かごしま県産の豚カツが増えそうだし」

「東峰岸さん、あれは元から黒豚です」

「そんくらい承知よ。ほんと冗談が好きなわりには周りの冗談が通じないわね」


 がさつに笑った東峰岸が傍にあったパイプ椅子に腰かけて、細長い足を組む。

 店の制服でもある露出を抑えた長ズボンの白いパンツスタイルだったが、大人の女性らしく、それなりの色香は伝わってくる。


 ──店長は確かに信頼できる人でもある。

 しかし女性としての立場上、どうしても男性としての考えの違いというものはある。


 積極的に狩りに出て獲物を狙い、気に入った物を集める男性に対し、女性は保守的で周りのコミュニケーションを大切にし、住んでいる家や家族を守り抜くもの。


 その女性陣がコミュニケーションの最中にうっかり口が滑って秘密にしていた情報が暴露されたという噂も聞く。


 血気盛んな男性とは違い、女性は心が穏やかで悩みを打ち解けやすい感はあるが、それなりのデメリットもあると考えて、打ち明けた方がいい。


 口が堅いとか自分で言う人ほど案外漏れそうな感はある。

 口が堅い人は口数自体も少ないのだから……。


「どうしたの? あたしも他の事務作業があるし、いつまでもここにいられないんだけど?」

「はい、分かりましたよ。ファンタジー過ぎて、妄想の虚言とも言われそうですが……」

「なん、ゲームの話かしら? あたしにも弟や妹がいるから何となく分かるわ。年相応の悩みよね」 


 全く、一度決めたことに関してはでも動かない頑固な人だからな。

 休憩中の僕を利用して、こちらから口を割るまで居座るつもりなのだろう。


 事務作業と言っても、ここの部屋にはスタッフが気休めに遊べるノートパソコンしか置いてないし、レジなどの料金チェックなどは店先のカウンターにしかないから、事実上、この部屋に仕事は無いと言っていいはず。


 それなら他のバイトのおばちゃんに店を任せて、ここに相談に来た理由も納得がいける。


「じゃあですね、これは知り合いから聞いた話なんですが……」

「うんうん、素直でよろしい。下手に口答えもせず、お利口さんね」


 彼女の強引さに観念した僕は眼鏡を整えながら、東峰岸さんに悩みを多少ねじ曲げながらも、思いきって話してみることにした。

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