第15話 ごもっともよ。一緒に暮らしているんでしょ
「──なるほど。そう言うことだったのね」
僕の
「……僕からの話は以上です」
「そう、話してくれてありがとう」
別に店長が僕に好意を寄せているとかではない。
この人は店長として従業員の悩みに答え、作業に悪影響が出ないように、親身になって相談にのり、危険となる芽を摘んでいるだけだ。
「そのペンダントは今でも肌身離さず持ってるの?」
「ええ、そうですけど?」
「ちょっと見せてもらえる?」
「はい。何の変哲のないものですが……」
東峰岸が煙草を灰皿にもみ消し、
すると彼女は何を考えてるのか、静かにまぶたを閉じ、しばし無言だった。
「店長、どうかしました?」
「いえ、日頃からケチな君にしてはご立派過ぎるほど綺麗なペンダントだなーと思ってね。少し見とれちゃったわ」
店長なりの気遣いか、名入れは開けないまま、僕にペンダントを返し、何本目か分からない煙草に火をつける。
ケチは余程な一言だけど……。
「結構値段が張ったんじゃないの? 見た目純金も入ってるし、随分とリッチな彼女さんからのプレゼントね」
「いえ、値段までは知りませんので……」
そんなに高価な物を
好きな人にはお金を惜しまない……。
まるで推しキャラに大金を注ぐように……。
『あずちゃぁぁんー!』
哲磨がペンダントを無造作にしまう際に、部屋のドアからバイトのおばちゃんの悲鳴が飛び込んでくる。
一瞬、あずちゃんとは誰のことだと、思考が停止したが、罰が悪そうな店長の表情からすぐに納得する。
なるほど、東峰岸の頭文字を取ってあずちゃんか……。
『小休憩もいい加減にしてよ! あずちゃーん、手が離せないからはよきてぇぇー!』
どうやらお客が大量に来て、おばちゃん一人では仕事を捌ききれないらしい。
飲食業も常に生き物であり、暇な夕方と見せかけて、いきなり大量にお客が押し寄せるというパターンがある。
その理由は定かではないが……、
近所の店に寄る時間がない→時間的に惣菜が売り切れ→たまたま、ここの弁当屋が空いている→安くて温かいご飯が食べられる→よって一石三鳥……。
……という一連の動作による流れで来るということも考えられるとか。
「あーあ、ちぇっ、もうタイムリミットか」
「
東峰岸が煙草の火を灰皿に消して、大きく伸びをする。
その動じない余裕の素振りから、こうなることは想定内だったようだ。
「店長、僕も食べ終わったら、すぐに向かいます」
哲磨は慌てた箸使いでハンバーグの欠片を口に放り込む。
「何言ってんのよ。
「でも、あの凄腕のおばちゃんですら回せないんですよ? 二人だけじゃ色々と大変じゃ?」
「だから心配しなくていいって」
「……店長」
接客と会計におばちゃん、調理に店長と、二人だけではイッパイイッパイになるはず。
夕方の忙しいピークを身を持って知っているせいか、バイト歴が浅い哲磨でもそれ相応な判断ができる。
「何、それともあたしには任せられないわけ? 月の王子さま気取り?」
「別に格好をつけたわけじゃ」
「オラオラ系な白馬の王子さま気取りじゃあ、好きな相手は振り向いてくれないわよ」
「なっ!?」
店長からの意表もない返しに哲磨は耳まで赤くなる。
「あははっ、顔が赤いわよ。ウブな坊やねw」
「かっ、からかわないで下さい! さっさと仕事に戻って下さい!」
「はいはいw」
哲磨は東峰岸をドアの方へと押しやり、冷めたハンバーグとご飯を交互に頬張る。
そこには先ほどまでの美味しさはなく、ただの冷めた肉団子の固まりと化していた……。
****
『──あら、テルちゃんじゃない。こんな時間にどうしたの?』
僕はテルという呼び掛けに反応して、ソファーから飛び起きた。
『……姉貴、その呼び方はよせって』
『いいじゃないの。好きで呼んでるだけなんだから』
『はあー、そういう所、相変わらず変わんねーよな』
『……まあいいや、いつもの唐揚げ弁当を受け取りに来たんだけど』
『はーい、ありがとねー』
僕はあれから眠っていたらしい。
何分寝入ったかも分からないが、頭の片隅で理解できたことが一つだけある。
哲磨は眼鏡をかけて冷静さを取り戻す。
そう、わざわざ学校から二駅越えたこんな遠い繁華街に弁当を買いに来た動機は不明だが、あの声の主は間違いなくテルだし、この店に来店していることは確かだ。
『あと、
『ごもっともよ。一緒に暮らしているんでしょ』
『ああ、弁当だったら、後から食えるからさ』
僕の頭の中で梨華末という名前がこだまする。
──そして突如、フラッシュバックする見覚えがある記憶。
『──いえ、
──セピア色の記憶での場所はやたらと広い車の中……車内からしてリムジンか?
謎が謎を生む中、僕の記憶による視線は運転席のおじいちゃんに向けられていた。
──いや、彼は此処伊羅の執事だ。
どうしてこんな記憶が紛れてくるんだ?
「待てよ、梨華未って……」
哲磨ははっと我に返り、『今はもう死んでるんだよな……』と心の底で呟き、勢いよく部屋を飛び出した。
ゲームでもないのに、死人の注文を受けて弁当屋に来るなんて常識的に変だろ?
それにテルの知り合いってどういう意味だ?
全く状況が理解できないぞ!
****
「はあ、はあっ……」
「あのさあ、寝ぼけて休憩時間を過ぎちゃったことはいいけどさあ……」
「はあっ……はあっ……」
「そんなに息を切らせて、大慌てで来る必要もないでしょ?」
「はあっ……あぐぐっ……」
僕は息も絶え絶えになりながら、テルが来た理由を訊こうとしたが、言葉が出てこない。
──哲磨は見えもしない何かに怯えていたのだ。
ただ一言、口から出すだけなのに、恐れて次の言葉が出てこない……。
店内はお客は誰もいなく、すでにテル、
「何なの? 顔が真っ青よ。大丈夫なの?」
「……いえ、平気です」
「あずちゃん、もう帰らせようよ。見るからに体調悪そうだし」
重い中華鍋を軽々と片手に持ったまま、いささか不安そうにこちらを見る体格の大きなおばちゃん。
「それもそうね。
「ええ、深夜手当てはたっぷり貰いますよー♪」
紅葉のロゴが刺繍されたエプロンを軽くはたき、おばちゃんがやる気に満ち溢れて気合いを入れるのを傍目にしながら、僕の視線が揺らぐ。
「ちょっと、安良川くん!?」
「おい、兄ちゃん、しっかりしい‼」
テルとの問題は解決しなかったが、頼りがいのある二人がいることにほっと一安心し、緊張の糸が切れたのだろう。
僕はガクンと膝を崩し、天井を向いたまま、その場で意識がプツリと消えた……。
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