第4話 悩みごとを打ち明けに来た、それでいいじゃん
広すぎる車内、柔らかいソファーのような座席、小型でも画像のいい携帯型のテレビ、心地よい音楽が流れてくる高品質なスピーカー、座席の前方に置いてある飲み物が入った小型冷蔵庫……それらは時を重ねてもおおまかに配置は変わり映えはしない。
そう、こんな風に日頃熱い性格とは逆に冷静を務めている僕は、このリムジンにお邪魔するのは今日が初めてではなかったからだ……。
◇◆◇◆
──此処伊羅さんとの接点は今年の春になる。
当時から風紀委員である彼女から持ち物検査をされた時に携帯ゲームを持っていたことがバレて、進路指導室でお説教を食らうはずだったけど、此処伊羅さんの瞳はキラキラと光り輝いていて……。
「わたくし携帯ゲーム何てものを初めて手にしましたわ。スマホみたいで可愛い形ですね」
「何だ? 此処伊羅さんはスマホゲームとかやっているんじゃないの?」
「いえ、お父様、お母様から勉学の妨げになるとネットには繋げれないスマホですので」
「スマホは電話連絡のみって、どんだけ過保護の家庭なんだよ」
「あっ……」
僕はポータブルのゲームを見つめていた此処伊羅さんの暴走を止めるように、ゲーム機を奪い返す。
「今日はこのことで呼び寄せたわけじゃないんでしょ。僕の目は誤魔化せないよ?」
「ええ、こほん。そうでしたね」
此処伊羅さんが軽く咳払いをして、本題に移る。
「実はわたくしに妹がいるという噂が校内で浮き彫りにされまして」
「へえー、それで僕と何の関連性があるんですか?」
「女子生徒の話では茶髪のイケている男がこの話を言いふらしていると判明しまして。日頃から仲の良いあなたに聞けば分かるものかと。
「いえ、知ってるどころか腐れ縁でして。アイツ(テル)が迷惑をかけて、ほんとにすみません。虚偽かホラか知らないですが、ありもしないことを言うのは人としてどうかなと……」
人というか、気に入った女の子を見たら見境なく襲うサルみたいなもんだからな。
「アイツは僕がとっちめておきますから心配しないで下さい」
「いえ、とっちめるも何もわたくしが必死になって隠していた事実だったので……」
「へっ? 虚偽じゃないの?」
じゃあ、あのサルはどこからその餌を取り出したんだ?
「……一体どこから情報が漏れたのでしょうね。巷で人気なSNSもやっていませんし……」
いや、そこから情報漏洩したこともあり得る。
顔が見えないネットでの世界では自らの損得に関係なく話のネタになるのなら何でも投稿してしまう。
世間では常識外れの行為がネットだと素行が知られないから好き勝手に呟いて炎上させる。
特に僕らのような若い年齢層がやりそうな手口だ。
僕はネットに疎い此処伊羅さんにこのことを出来るだけ分かるように、ゆっくり丁寧に説明する。
「──それでは西條架君はそのT○itterとやらから、わたくしの妹の情報を探し当てたのですか?」
「ああ、それが一番妥当だと思う。恐らくネットで知り合った相手から知り得たんじゃないかな。アイツ、ネットの世界でも顔が広いから」
やっぱりあの男には正義の鉄槌が必要だな。
近所のホームセンタード○キーで頭を叩くと音の良いピコハンでも買ってくるか。
「発信源は君の身近な知り合いかも知れない。心当たりはある?」
「うーん、わたくしあまり仲間とは絡まない主義でして……」
「あー、此処伊羅さん勉強一筋って感じだもんな」
「まあ、このことは此処伊羅さんの胸にしまっておいてよ」
哲磨は此処伊羅のこの話を無かったことにする。
僕が精一杯悩んで出した答えが『さわらぬ神に祟りなし』ということわざだった。
この世界に犯人の目星が付かないのなら、平和に暇を持てあましている天国の神様のちょっとした悪ふざけかもと……。
「さあ、ここで二人っきりじゃ周りに怪しまれるから、さっさと荷物検査に移ってよ。貴重な昼休みの時間が終わっちゃうから」
「でも……」
「心配しないでよ。この話しは二人だけの秘密にするから。その方がそっちも都合がいいでしょ? 此処伊羅さんは今まで誰にも言えなかったけど、僕には長年のその悩みごとを打ち明けに来た、それでいいじゃん」
「あっ、はい。それでよろしいのなら」
此処伊羅がホッとした表情で哲磨に何度も頭を下げる。
僕にはその光景が懐かしく思えた……。
****
「……というのが初めての出会いだったな」
座席にもたれ掛かっていた哲磨は此処伊羅との昔話を終えた。
運転手の執事も事情を悟ったのか、そうやって訓練されたのか、何も反応がない。
「はい。あれから
「えっ、身に覚えがないんだけど、僕そんなこと言ってたかな?」
僕も若いのにボケてきたのか。
もっとナッツ類を摂らないと。
「いえいえ、これはほんのジョークですよw」
「……ビックリしたよ。此処伊羅さんの冗談は怖いからなあ」
「ふふっ、わたくしのジョークが通用しないなんて。安良川さんは人生経験が足りないですね」
……と言うことは僕はおっさんかと思いきや、此処伊羅さんが車窓を見たまま、ピクリとも動こうともしない。
「りっ、
次の瞬間、車の後部座席のドアを開けて飛び出し、歩道を一直線に駈けていく此処伊羅。
哲磨も此処伊羅の執事も何が起こったのか、瞬時には理解できないでいた。
「安良川君、この車ではあの先の路地裏には行けません。すぐさま
執事が震える気持ちを押し殺し、哲磨に血気盛んな発言で伝える。
「何だよ、そう興奮するなよ。無事に妹さんとやらが見つかったんだろ。久々の姉妹の再会なんだ。だったらそっとしてやろうぜ」
「そうではありません!!」
「だからそんなに力んだら頭の血管が切れるぞ。じいさんも若くはないんだから」
「いえ、紫四花お嬢様には何度も説明しましたが、梨華未お嬢様はずいぶん前に都心で自殺して亡くなったことになっているのです。死体は行方不明のままですが……」
「何だって!? それを早く言えよ、じいさん!」
僕は車のドアを開けて執事に一礼し、此処伊羅さんが走って行った先を追いかける。
神様、どうか、何も悪いことが起こりませんように……。
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