第41話 恋愛にしろ何にしろ、何かきっかけがないとそう簡単には踏み切れないさ
「──どうやら死因は交友関係による自殺らしいですわよ」
「まだ若いのに何があったのだか……」
「でも幼馴染みって言ってたっけ? 遺されたあの男の子も可愛そうねえ……」
雨さえも、いつ降ったか分からない真夏の季節。
暑苦しさを感じるセミの鳴き声をプラスし、灼熱の太陽が照りつける砂利道。
入道雲が急速に発達するものの、これでもかと晴れ模様で、一羽のとんびが円を描いて飛び交う青い空。
──ふと気がつくと、僕はピシッとアイロンがけされた黒のスーツを着込み、墓の前にしゃがみこんで、線香の煙が揺れる
その灰色の墓石に削られた相手は橋ノ本(はしのもと)家の名前が刻まれてあり、僕の幼馴染みの
もう何回、口内に広がるこの血の味を味わっただろうか。
見慣れた環境だからか、特に驚きもなく、逆に今回も深裕紀を助けれなかった悔しさの方が
後、何回、この身を削る想いを体験しないといけないのか……。
哀しみをグッとこらえ、目線を細くして後ろを振り向くと、多彩な花束を持った黒のスーツのお姉さん数名が世間話をしながら、律儀に待ってくれている。
その中の二人の顔に僕は見覚えがあった。
「
「いきなり大声で叫んで何事でしょう。一緒に車で来たのにかしこまって。それより、もう、深裕紀さんのお墓参りはいいのですか?」
栗色のツインテールを手ぐしで整え、僕の前に出て、缶コーヒーのお供えものと菊の花束を添える黒いスーツ姿の紫四花。
「ああ、深裕紀とはこれでお別れじゃないからな」
案外、これがブラックユーモアに聞こえてしまうのが玉に傷だったが、様々なお偉いさんの顔色を見てきた
相手をいかに不穏な感情にさせないか。
こういう場合は正直が一番だ。
「哲磨は顔に似合わず、意外とロマンチストなんだね」
「あのなあ、いつも梨華未はどんな目で僕を見てんだよ?」
「ロリコンで変態という危険な獣」
こちらも同系色の黒いスーツだが、姉とは正反対の髪型な黒いショートヘアの梨華未。
梨華未は『フムフム……』と腕を組んで悩みながら、何かひらめいたように手の裏を叩く。
「まあ、ロリコンは否定できないが、人様には迷惑をかけてないつもりだよ」
「つもりという部分が怪しい」
「そうだなあ、性癖と好きになるタイプは全く異なるということかな」
人の性癖は様々だ。
ロリコンでも手を出さなければオッケーじゃないのか?
実際には犯罪になるし、そんなつまらない理由で牢に入られ、人生を棒に振りたくもない。
無事に心を入れ替え、出所したらで、今度はロリコン魔の肩書きが付いて社会を渡ることになり、そうなるとろくな定職には就けないだろう。
本やら映像作品は、あくまでもフィクションとして楽しむための造形物だ。
マニュアルやクレジットにも表記されてるように、どんな屁理屈を告げても、犯罪に手を染めてはならない。
「じゃあ、部屋に貼ってる女の子の水着のポスター、全部剥がしてもいいよね?」
「ねっ、紫四花お姉ちゃんもそう思うよね?」
「ええ。存分に排除してください」
今回の僕は深裕紀というパートナーを無くしてから、アイドル一色に染まったのか。
一度、そのポスターとやらを見てみたい衝動にもかられるけど……。
「ちょっと、僕の意見は無視か?」
「同じ家に住む以上、邪魔なものは消さなければいけません」
「だよね。生まれてくる子供さんにも失礼だし」
「待て、子供って何の話だ?」
今回の僕は深裕紀だけに飽きたらず、他の女の子にも手を出した設定なのか?
しかも不特定多数ととか、一番やったらいけないことだろ!
「えっ、来週からお姉ちゃんと一緒の家に住むのに、まだそこまで進展してないの? どんくらいピュアなの?」
「えっ、でも僕に子供がいるって?」
僕の意識がない間に、この体はいくつ事柄を起こしたんだ?
「それ以前にキスもまだだって聞いたよ。どんだけウブさんなんだか」
「悪かったな、純情なチキンで」
何だ、子供というのはものの例えだったのか。
哲磨は安心しきって、その場に都合よくあった大きな石に腰を下ろした。
大自然を四方に囲んだ場所にある墓石の数々。
森から流れてくる爽やかな風が熱く火照った体を冷やしてくれる。
「うんや、それなら浮気もしそうにないし、影から見守る梨華未にしては安心なボーダーラインだよ」
不安げだった梨華未が耳に付いた星のイヤリングを触りながら、一段と曇りのない笑顔になる。
そうだよな、変な男がついたら、それこそ友達としての接し方に困るよな。
「それに僕と一緒にって、そんな一軒家なんて自宅くらいしか?」
「ああ、哲磨の家を私たちが買い取って、これからそうする予定なんでしょ?」
そんな重要な話、僕がいない間にいつの間に纏めたんだ?
「僕の父さんも母さんも了承済みなのか?」
「うん。この前、お茶菓子を持って、そっちに挨拶回りしたら思ったより好評でさ。夫婦で納得した結果、哲磨のご家族は海外に移住するってさ」
永野県で指折りのお金持ちに入る此処伊羅財閥が丸ごと買い取ることにより、三十年ローンなどの借金も一挙に解決。
しかも二人の美少女が僕の傍らにつくとなると、僕の親も黙ってはいないだろう。
これまで僕は女の子と出会えても、それ以上の進展はなく、女の子との縁結びはなかったんだ。
お嬢様な紫四花か、明朗活発な梨華未、どちらかを選んで、早く可愛い孫の顔を見せて欲しいという魂胆が丸見えである……。
「これで前以上に自宅でイチャイチャできるじゃん」
「そうこうもしないさ」
「はあ、これじゃあ、いつまで経ってもお姉ちゃんとは友達以上恋人未満だね……」
「恋愛にしろ何にしろ、何かきっかけがないとそう簡単には踏み切れないさ」
「あの哲磨が偉く真面目な発言を? 熱中症かな?」
梨華未が僕の額におでこを当てて熱を測る。
いや、その仕草はヤバいって。
「……うーん、やっぱ、少し熱っぽいね」
そりゃ、何も考えもなしに、あんな近距離で迫ってきたらな。
見た目も美少女だし、スーツ越しで強調されたたわわといい、これで動揺しない男の方がおかしい。
「紫四花お姉ちゃん、頭を冷やすものとスポドリある?」
「何ですの? 哲磨さん風邪ですか?」
「ううん、熱中症っぽい。少しエアコンの効いた車で休憩させようと思って」
「そうですか。ここは何の日陰もないですからね。まあ、お墓の掃除はわたくしがやっておきますのでご安心を」
「ありがとう、恩に着るよ」
僕は梨華未に連れられ、駐車場にある車へと移動した。
****
──墓参りを無事に終え、自宅に戻った哲磨はロケットペンダントを宙に投げては受け止めるという動作を繰り返しながら、今後の策を練っていた。
目覚まし時計の針は夜中の十二時を指そうとしている。
そろそろ寝ないと明日の弁当屋のバイトに差し支える時間帯だ。
哲磨はエアコンの電源をタイマーモードにして、ベッドに入り、掛け布団を頭から被る。
何の変わりもなく、普通にバイトのシフトがあるということは、あの弁当屋の廃業を防げたということだ。
紫四花の話では、テルの容態も無事に回復してると耳にしたし、これでメンタル面でも落ち着いた
……しかし、梨華未が生きて、姉と仲良くしてるとはいえ、この現実世界に深裕紀の存在がないときて、これからどうすればいいのやら。
18という身ながら、早くも好きな人と会えない袋小路に当たり、哲磨は心の行き所を無くしていた……。
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