第6章 現実と異世界での共通点と、彼女との願い事

第40話 また、例の星空バンジージャンプか

 ──ヒミコの命が尽きた夜明け。

 僕は望んでいた彼女との出会いを大事にし、再び会える繋がりを願った。

 そう決意した時から、僕は例の場所に向けて、両対の羽を生やし、上空へと舞っていたのだ……。


****


「しずく‼ 大人しく出てこい。ここから一部始終を見てたんだろ?」


 今日も変わらない彩りとなる、無数の星々に浮かんだ一つの小さな島。

 その島にある、照明もろくにない寂れたプレハブ小屋で、サキタラシは現時点の女神であるしずくの姿を捜していた。


「何だよ、お前さんは都合が悪いときはそうやって、ニンニンドロロン忍法と言いながら、隠れるのかよ。それでも女神か?」


 サキタラシは腹に据えていた思いを吐き出し、誰もいない場所でオーバーに怒鳴り散らす。

 彼は真剣にしずくをタクシーコールのように呼んでいるのに、その女神がいないとは、話にならないからだ。


「しずく、いい加減に……うぉ!?」


 サキタラシが足元に柔らかい球のような感触に触れ、すぐに横へと飛んで避ける。


「何よ、痛いじゃない。セクハラで出禁よ」

「あー、ごめん‼」


 踏んだと思ったものは小型のバランスボールではなく、女の垂れ下がった胸だった。


「あれ、サキタラシか。ここに何の用だ?」

「しずく、何だよ、そのご老体は?」


 そこにはいつもの面影はなく、ボサボサでろくに手入れしてない白髪頭で、胸とお尻以外はガリガリに痩せ細ったしずくが、狭い畳に寝転んでいた。

 その体型とは違い、アンバランスに整った幼い顔つきにギャップが生まれてしまう。


「ちょっと段差に足を取られたら、この有り様よ。歳は取りたくないわね」

「大丈夫か、立てるか?」

「ええ、ありがとう」


 サキタラシはしずくに肩を貸して、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、しずくを近場に放置された座椅子に座らせ、彼女からの説明を受けるため、しばし無言で待ち続けた。

 彼女は老いても美しく、ロリコンな男には目に毒である。


「……この体も酷使しすぎたわね」


 ──静かすぎる時の空間で、何分が経過しただろうか。

 先に重苦しい空気に耐えれなかったのは、しずくの方だった。 


「ヒミコの願いが強靭過ぎて、一気に生命エネルギーを放出したわ」

「その結果がこれだと言うのか? でもいつものように新鮮な羽を食べれば、超回復で若返るだろ?」


 サキタラシは、この可愛らしい老婆のしずくが瞬時に若さを取り戻す手段を知っている。

 そのせいでいくらかクールさを保てて、下手に騒ぎ立てもしないのだ。


「ああ、そうしたいのも山々なんだけど、この羽の回復力が薄れてきてね……」

「What? それは初耳だぞ?」


 予想外な内容か、パンナコッマッタンなサキタラシが目を丸くする。

 無限ではなく、ガソリンや電気の枯渇資源みたく、限定で使える羽の能力にショックを隠せないようだ。


「まあ、言ったら言ったで、少年は怯えてこの能力を使わなくなるからね」

「そりゃ、使いすぎで老けたらな」

「でも、そうしたら、あのエンマの暴動を食い止めることが出来なかった。これは必然だったのよ」


 しずくが息を整えて落ち着きを取り戻し、サキタラシの方へジワリと寄ってくる。

 正確にはサキタラシとの間はなく、二~三歩ほど歩いて距離を縮めただけだが。


「ここに来た理由は存じてるわ。少年が欲しい物はこれでしょう?」

「確かにそうだけど……」


 しずくの小さな手から握らされた金属の手触りに、僕の心がざわめいた。

 ゆっくりと広げた手には丁寧に修復されたロケットペンダントがあり、灯りもないのに鈍く光を発していた。


 光ってる理由は謎だが、このペンダントもしずくが能力を使って、完璧に復元したようだ。


「全く、ヒミコもしずくも無茶ばっかりして。少しは僕の言い分も聞いてよ」 

「少年も言ってることが年寄りだな」   

「誰のせいだよ……」


 ブツブツと愚痴を溢しながら、サキタラシがペンダントの名入れを開けると、中から深裕紀みゆきの愛らしい写真が目に写る。

 僕はしばらくの間、久方ぶりに見る深裕紀から目が離せないでいた。


「うん、深裕紀はいつ見ても可愛い。これは目に入れたらカラコンのように充血しそうだ」

「気に入った?」

「ああ、学生時代の写真が何よりだな。今とは別の意味で違う色気もあるし」

「その写真はね、女神の座を競っていた時に撮った写真でさ。少年の好きな相手だからなおさらでしょ」

「へっ? 何ゆえ、急にヒミコの話題に?」


 僕は、しずくの説明に不思議と違和感を感じた。

 しずくの言いたいことも分かる。

 でも、心のモヤモヤが邪魔し、喉元から出そうで返答が出てこない。


「ちょっと待て、現実世界の深裕紀と、この異世界のヒミコに何か関連があるのか?」

「何だ、少年、この期になってようやく気づいたの? どんだけ神経が通ってない男の子なのかしら?」


 この異世界と現実世界は天使の身なら自由に行き来ができ、このように異世界で神になって異世界の安全と秩序を守り、現実世界で消耗していた人生をバネにし、新しい世界で人生を楽しんでいる輩も珍しくない。

 いわゆる広く浅く、学生時代の部活動をやるような感じだと言う。


 その影響か、異世界で怪我をした者は現実世界でもその傷を負う羽目になり、異世界で命を亡くすと現実世界でも謎の終焉を迎えてしまう人もよくいるらしい。


「まあ、少年の場合は特別で、そのペンダントで自由に二つの世界を行き来できるけどね」


 しずくが白い装束についたホコリを手ではたきながら、モデル並みに綺麗過ぎる顔を緩ます。

 何度も告げてしつこいが、幾つ、歳を重ねても、しずくの表情からピュアなあどけなさは失われてない。


「そうか? 僕は命が危うくなる直前で別世界で復帰するんだけど?」

「えっ? 少年、まさかのタイムリープの持ち主なの?」


 タイムリープという答えにしずくが虚をつかれたような対応をするが、僕は冷静であり続ける。


「そんなに驚くもんじゃないだろ」

「いえ、タイムリープが出来る素質スキルの持ち主は百年に一度現れるかどうかの貴重な逸材よ」


 なら、僕も神みたいな存在感なのか?

 何だか、世界を支えるお偉いさんという実感がわかない。


「少年は現に誰かから、常に命を狙われてない?」

「うーん? 現実世界では家を燃やされる嫌がらせならなあ。それが何か?」


 僕は灯油を湿らした新聞紙で人様の家を焼こうとしたある女性を思い出す。


「……あれ、もしや?」

「そう、何も言わなくてもすでに気づかれてるのよ」


 あの東峰岸あずまみねさんが何らかの計画に携わっているのか。

 うろ覚えだけど『人口移住化計画』で異世界での生活を操っている言い方だったけど……。


「こうしてる間にも現実世界で動き始めているかも知れないわね」

「じゃあ、さっさと僕の命を奪え」


 僕は胸元のボタンを外し、手を大きく広げ、抵抗の意思はないと主張する。

 出来れば、苦しくも痛くもないやり方でとチキンな男だけど。


「何を突拍子もないことを言ってるのよ。女神がそんなことをしたら、真っ先にここから追放されて堕天使行きよ」

「……もう追放される予定だろ?」

「何か文句でも?」

「……いいや」


 確かに人の命を平気で奪う女神なんかいたら、天使界の破滅だし、異世界のバランスが偏ってしまう。


「ここから外を出て、突き当たりにある洞窟に行きなさい」

「また、例の星空バンジージャンプか」


 いくら安全とはいえ、命綱なしのアトラクションにもうんざりしてしまう。


「女神がどうしようもならない以上、それしか方法がないでしょう」

「わーたよ」

「よろしい。流石さすが、私が真の男と認めたてっちゃん」

「てっちゃん言うな」


 僕は嫌々ながらも、現実世界に帰れる穴がある洞窟の方へ歩きを早める。

 口先では動揺していなかったが、狂った現実世界を救うため、内心は必死だった。


 イバラの姫でもあり、覚めない悪夢からの深裕紀を助けるために──。

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