第8話 覚醒する前に止めをささないと

哲磨てつま!」


 電車から下りた駅のホームでブレザーの上に白いカーディガンを羽織った深裕紀みゆきが駆け寄ってくる。


「どうしたんだ? こんな夜中に血相を変えた顔して?」

「……もうLINAの既読もないし、心配したよ」

「えっ、マジで? 気づかなくてごめん!?」

「ごめんですまないわよ……」


 慌ててスマホを確認する際、深裕紀は心配そうに僕を見つめた後、そうやってボソリと小さな声で呟いた。

 僕はそんな彼女の女の子っぽく焦る対応に思わず動揺してしまう……まあ、この子はれっきとした女の子だけど……。


「テル君からLINAで知ったよ。哲磨、最近変な夢に悩まされているって」

「ああ……そうだったのか。あのお喋りタヌキめ」


 テルが口が軽いことは承知の上の相談だった。

 他に親友と呼べる相手がいないだけという理由もあったが、こうまでして拡散力が強い男だったとは……。

 だからと言って深裕紀に、この夢の話をするのは気が引けるし……。


「ねえ、さっきからどうして黙ってるのよ? 深裕紀、何か哲磨に悪いことでもした?」

「いや、違うよ。ちょっと考え事をしていてさ」

「もうそんな場合じゃないでしょ。早くしないと哲磨の誕生日が終わっちゃうよ」

「あっ、そういえば今日は僕の誕生日だったな」


 僕はスマホで今日の日にちと、もうすぐ0時になる時間を確認してから、深裕紀の意図を理解する。

 そうか、毎年、僕の誕生日は深裕紀が祝ってくれて……どうしてこんな大切なイベントを忘れていたのだろう。


 僕は瞬時に悟った。

 こうまでしてよくしてくれる彼女に相談事をしないなんて、普通に考えてもおかしいじゃないかと……。


「深裕紀、お前には黙っておこうと思っていたけど、今ここで全てを話すよ」

「うん、それでこそ哲磨だよ。じゃあ、近くのコンビニまで歩きながら話そうか」


 少し肌寒い空気にさらされ、僕は深裕紀に歩調を合わせながら夢の中で起きた様々な話をした。

 電気も水道、ガスなどのライフラインもない古き時代のような場所で暮らしていたサキタラシとヒミコとの会話をおもとして……。


「うっ……嘘でしょ!?」


「……その夢なら深裕紀も見たよ?」

「えっ、お前もか?」


 深裕紀がとびっきり目を丸くしながら、僕の言葉に意外な反応をする。


 まさかこの夢には何かの意味が隠されているのか?


 僕がいくら知恵を絞りだそうとしても頭に浮かぶのは、あの二人のほのぼのとした会話? と山菜カレーの作り方のみだった。


「うぬぬ……こんな時とんちが使えたら……」

「もういいよ、哲磨。それにサプライズパーティーの料理も決まったから」


 サプライズって本番まで黙っていて本人を驚かすアレじゃないのか?


「それって?」

「うん。レトルト山菜カレー。山菜はそこら辺の草でいいでしょ?」


 深裕紀が建物下のコンクリの隙間から生えている草を指さして、無邪気な笑みを溢す。


「冗談だろ? 毒草とかも生えてるんだぞ?」

「大丈夫。湯通しして煮込んで沸騰させれば」

「あのさ、食中毒っていうか、純粋に毒だから食べれないよ」

「ぶぅー、哲磨は深裕紀が作る毒味……じゃなくて手料理が嫌いなの」

「今、さりげなく恐ろしいこと言ったよな。そう見栄みえを張らず、普通の料理にしてくれないか」

「……まあ、哲磨がそう言うなら」


 良かった。

 僕は心の底からホッと胸を撫で下ろす。

 何とか野草による中毒にはおかされずにすみそうだ……。


****


『ゴオオオオー!』


「これはどういうことだよ?」


 僕は目の前の赤い景色を前に、両手に持っていた買い物袋を草地に落とす。

 僕の家は激しい業火により、赤々と燃え広がっていた。


「哲磨! 今日帰宅した哲磨のご両親は無事なの!?」

「はっ、早く助けなきゃ‼」


 深裕紀がその場に倒れこんでガタガタと震えている。

 あまりもの現状を目にして腰が抜けたのか。


 深裕紀は僕とは正反対で、今まで家族とぬくぬくと過ごしていた家庭だったんだ。

 彼女も僕の家族が散るかも知れない運命を受け入れられないのだろう。


「こうしちゃいられない。父さんと母さんを助けないと‼」


 僕は消防が来るのも辛抱堪らず、その場から動き出した。


「おい、兄ちゃん! 馬鹿な真似は止めろ!」

「あんた、止しなよ! 自ら死に急ぎたいのかい!?」


 野次馬がどうこう言っても心境は変わらない。

 あの家には僕の大切な両親がいるんだ。


 僕は庭先にあったポリバケツを使い、並々と入った水を被り、体が乾かないうちに燃え盛る家へと飛び込んだ。


「哲磨、待ってよっ!」


 背後からの深裕紀の言葉を最後に僕の耳には木材の燃える音しかしなくなった……。


****


「父さん、母さん、どこにいるんだよ? 居たら返事をしてくれー!」


 パチパチと草木のはぜる音を耳にしながら手当たり次第に部屋を見回すが、どこにも両親がいる気配は感じない。

 2階への僕の部屋がある階段は炎で塞がれているし、他を捜そうとすると残りは両親が眠る寝室だけか。


 僕は寝室の扉を開けようとし、少し冷静になりながら近くにあった一本の長い木材でドアの連結された柱の箇所を狙い、ドアごと吹っ飛ばした。

 ドアノブが熱で高温になっていると予測しての大胆な行為である。


「父さん、母さん、ここに居るのか! お願いだから返事をしてくれよー‼」

『きゃっ! 哲磨ー‼』

「なっ、その声は深裕紀かー!?」


 僕はその悲鳴に早くも廊下に移動していた。

 両親の助けもだが、ドアの外から突然飛び込んできた彼女の声に何も動じないなんて、男として、正気の沙汰じゃない。


「み、深裕紀!?」


 廊下の隅にうつ伏せになっている見慣れた姿が目に映り、僕は彼女の肩を抱き抱える。 


「どうした、大丈夫か!」

「へっ、平気。ちょっと立ち眩みをしただけ……」


 体にはどこも外傷はない。

 どうやらこの煙と熱で体力を奪われたらしい。

 それ以前に女の子にしては無謀な行動だったけど……。


「だって、哲磨一人っ子だからご両親がいなくなったら一人ぼっちじゃん? それじゃああまりにも可哀想だから……」

「だからと言ってお前がこんな所に来る必要はないだろ。深裕紀は僕にとっては家族みたいなもんなんだから」

「うん、ありがと」

「それからさ、その男勝りな行動力は買うが、くれぐれも気をつけろよ。お前だけの体じゃないんだから。少しは自分の体も気遣えよ」

「うん、男勝りは余計だけど……了解」


 どうやら僕の両親はこの家の中にはいないようだ。 

 そう確信した僕は深裕紀を肩に担いで歩き出す。

 多少の炎と煙に囲まれているが、この炎が開けた廊下を少し歩けば出口だし、ゆっくり進んでも一分もかからないだろう。


「深裕紀、いつも僕を支えてくれてありがとな」

「何? この期に及んでゴマすりのつもりなの?」

「いや、こんな非常時にしか言えないことだし、何より君のことが……」


「……ぐはっ!?」


 突然の背後からなる衝撃に僕は深裕紀を手離して、その場に崩れ落ちた。


 途端に床を染めていく大量の赤い液体。

 倒れた弾みでかけていた眼鏡が外れ、床に転がってもおおよその検討はつく。

 この気が狂いそうな痛み、僕は何者かに腹を刺されたな……と?


「クククッ。君もたまには良いことを言うじゃないか」


 炎の中から黒いサングラスをかけた人物が姿を現すと僕に近付き、息も絶え絶えな僕の焼けただれた頬を撫でながら答える。


「ぐっ……お前さんとは……初対面だよな。どうして……僕のことを知っているんだ?」

「ああ、そんなことは気にしなくていい。また新しい舞台を作ればいいだけだから」

「はあ? 何を言ってんだ……?」

「まあ、君はじきに亡くなる運命なんだけど、それよりもあの女の子が先だな」


「……両親が留守だったのは惜しいが、この少年が覚醒する前に止めをささないと」


 サングラスをした人物が倒れたまま動かない深裕紀の元へと向かう。


 もしや、深裕紀は気絶してるのか?

 サングラスの人物の手には僕の血の色で染まったサバイバルナイフが握られていた。


「やっ……止めろー‼」


 くっ、このままだと深裕紀が命を奪われてしまう。

 何か改善策はないのか!


 僕は制服のポケットを懸命にまさぐった。

 そこで何かの固い物質に触れた。


「これはもしや……?」


 ポケットから取り出したのは、深裕紀が僕の部屋で拾って返してくれたあの金メッキのロケットペンダントだった。

 本能からか大切な物と思い、今まで肌身に離さず持っていたのだろう。


 よく見るとが何かの液体でじんわりと湿っている。

 このだけ非常に固くて力任せでも開かなかったはず……。


「ええい、まあよ!」


 僕が床に寝そべりながら、その部分に力を込めたと同時に名入れの蓋が音もなく開く。

 それから眩しい光と一緒……に飛び出してくる無数の白い鳥のような羽。


「なっ、少年よ、まさか覚醒アイテムをその場に持っていたとは!?」


 気のせいか、目元に眼鏡が戻ってきて、腹部からの出血も止まり、荒かった呼吸も安定している。

 さらに目の前には深裕紀もいて、静かな寝息を立てていた。


「何だか知らないが形勢は逆転のようだな」

「クッ……、少年、そのアイテムを渡せー!!」

「やなこった。こんな偶然なチャンスとか、滅多にないからな」


 僕ら二人の前に大量の羽が集まって体を支えていき、羽は今度は名入れの放つ光に吸い込まれるように次々と消える。


 それと同時に僕と深裕紀の体も白い羽となって、少しずつ名入れの中へと消えていく……。


「哲磨とか言ったなー! 今回までは見逃してあげるが、次は無いと思いなよ!」


 羽のシャワーに遮られて細部までは見えなかったが、サングラスを外した横顔は苦悩に満ちたような顔つきだった。


『今回までは……』と言うことは相手は僕をよく見知った人物なのか?

 その答えが出る前に、僕の視界は白い世界に飲み込まれた……。

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