第54話 そうしたらみんな、この世界で傷つき、苦しむ必要もなくなるだろ?
太陽を糧とし、激しい光を放出する銅製の鏡、
どんなに固いものも易々と切り裂く鋼鉄の剣、
自身の能力を最大限まで引き出すロケットペンダント、
四人の女神を倒し、三種の神器を入手した僕は早速しずくから、本物の神器かどうかの鑑定を受けていた。
常に夜空な場所に浮かんだ場違いな神殿だが、こうして暇潰しに星の観察もできることがちょっと嬉しかったりする。
別に星座に詳しいわけではないが、北極星とオリオン座だけは自分でも分かり、じゃあ、あれが蛇使い座なのかとどうでもいい空想を巡らす。
「……やるわね、少年。全て本物ときたものよ」
「まあ、僕の実力ならば当然さ」
「まぐれでもあの四人の女神を屈服させたことも凄いけどね」
「いやー、思ったより手強い相手だったよ」
「そのわりには落ち着きがないけど?」
「ああ、未だに激しい対決をした興奮が覚めなくてさ」
勝ちを譲られたとはいえ、最後の女神とは苦戦はしただけのことはあり、あながち嘘は言ってない。
僕は嘘をつくのが下手だが、何とか誤魔化せたと心を鎮めた。
「じゃあ、少年に創造神の手続きをしてあげると言いたいけど……」
「ドキドキ」
「心音が声に出てるわよ。そんなに緊張しないでいいから」
しずくの言い分も理解できるが、緊張しないほうがおかしい。
この平凡な僕が神、しかも神の頂点の創造神になれるのだから。
「だけどね、残念ながら少年はこの程度では創造神どころか、神にすらなれないの」
「へっ?」
サキタラシは目を点にしたまま、しずくに真っ当な返しができずにいた。
「だって、アイテムを全部集めたら創造神になれて世界を好きに操れるって?」
「ああ、あれはほんの冗談よ。そうでも言わないと探してくれないかなって」
「何だって?」
「ほら、私も色々と忙しい身だからさ」
しずくが三種の神器を回収し、汚れた手をはたいて、サキタラシの肩に手をやる。
「でもね、少年のお陰で創造神になれるほどの手柄は得られたし、これで私も降格にもならなくて済むよ」
「つまり僕は上手く利用されたと?」
「まあ、基本的に女神の私は、この神殿から離れられないからね」
「お前さん、なんつー……」
まあ、そう怖い顔しないでよと肩をポンポンと叩き、赤ん坊のようなあやし方をしてくるしずく。
人が苦労して集めた神器なのにそんな軽い応対をされたら、いくら温和な僕でも怒る。
「でも私が創造神になれたら、少年の敬意を表して、どんな願いも叶えることはできるわよ」
「言ったな、泥棒猫」
「ただし、この世界のバランスが崩れるため、一回きりだけどね」
さりげなく泥棒猫をスルーしたしずく。
そんな彼女に猫耳を着けさせ、サンマの塩焼きをお供えしたい。
「何を想像してにやついてるのよ? さあ、少年の願いを言いなさい」
「へっ? 僕そんな顔してたか?」
「ええ、鼻の下を伸ばしてデレデレと。このむっつりさん」
失礼な、僕はこれでも紳士だぞ。
どんな女性も隔てなく接し、
理由はどうあれ、僕は浮気という二文字が大嫌いだった。
まあ、ロリなことは認めるが、あれは一種の性癖であり、実際に手を出すと犯罪だ。
下心でやった行為でセクハラ対象になり、警察のお世話になる。
そうなると前科持ちになり、仕事の経歴などに支障も出でしまい、新しい職探しも苦労する。
一人ならまだしも、家庭持ちなら最悪だ。
自分の欲を満たすため、犯罪行為に身を染めると、後でとんでもないしっぺ返しが待っているのだ。
18を過ぎたら、もういい大人なんだ。
駄々をこねる子供じゃあるまいし、善悪の区別くらいつけないと……。
「そうだな。僕の願いは……」
「早く言いなさいな。どうせ美人ハーレムに囲まれて左うちわで豪遊生活ってことは分かってるんだから」
「お前、僕を何だと思ってるんだ?」
「むっつりでお人好しな女タラシの自己中さんよね?」
しずくから見たサキタラシは文字通りの女好きという設定であり、言い出した本人はケラケラと笑っている。
「何だよ、困ってる人を放っておけないだろ?」
「あのねえ、善人ぶるのもいいけど、女は好きな人にだけ優しくされたいものよ」
「そんなもんなのか?」
女心が今いち分からないサキタラシは無理ゲーみたいだなと溜め息をし、しずくに願いごとを伝える。
その場違いな願いごとにしずくは少なからず驚いていた。
「……えっ、この異世界をどうじんというゲーム世界に変える? 本気なの?」
「ああ、そうしたらみんな、この世界で傷つき、苦しむ必要もなくなるだろ?」
「でも少年。今までこの世界で築いたものが全て無駄になるわよ?」
「いいんだ。この計画は色々と危険すぎる。それに人の命を軽々しく扱いすぎだ」
僕らはこの異世界を通じて、色んなことを学ばされた。
だからと言って、この異世界を移住計画にするのはいささか不安や問題もある。
クローンに精神体を宿らせ、異世界で暮らすという問題を警察や政府などの機関に隠れてやり続けるのも不可能に近い。
だったら産み出したクローンは人間として、この世に生を受けさせ、異世界という存在や出来事自体は同人ゲームへと開発して、個人の領域で商売をしたほうがいい。
そのゲームで売れたお金こそ、国が思案する人類移住計画に寄付すれば、今よりもリスクは減らせるのだから……。
「サキタラシ、いや、
「あれ、あれほど創造神になりたかったんじゃ?」
「哲磨君がいなくなったら神なんてやる意味がないわよ」
「どういう意味だ。気まぐれな女神だな?」
「はあっ……本当、少年って鈍いわね。これまで何人の女を傷付けたのかしら……」
「うん? こう見えて僕は深裕紀一筋だけど?」
しずくがトゲのある言葉を哲磨に向けるが、肝心の哲磨には一ミリも伝わってない。
「はいはい。おまけに頑固ときたものね」
この男はその相手がいなくなったら路頭に迷いそうだなと勝手に頷きながら、三つの神器を空中に持ち上げる。
「創造神、イエジ・ギリストよ。我が名は女神しずくである。かの者の願いを聞き入れたまえ──」
光が全てを飲み込んでいく。
異世界など初めから無かったかのように……。
****
「──てつま」
「ほら、てつまったら!」
「いつまでボサーと寝てるのよ‼」
頭の奥底からやたらと甲高い声が響いてくる。
誰だ、不用意に人の名前を連呼するようなヤツは?
僕はもう18なんだ。
少なくとも迷子センターに連れて行かれるような子供じゃないぞ。
「哲磨、起きないのなら、また逆エビ固めにして逝かせてあげようかー?」
「……その声は深裕紀か?」
「何寝惚けてるの? 深裕紀以外の女の子の誰がこんなむさ苦しい部屋に来るのよ‼」
ベッドでうつ伏せに寝ていた僕の足が強引に曲げられ、目が覚めるような激痛が体に走る。
「あいたたた! わーた‼ 僕が悪かったから、 プロレス技をかけないでくれー‼」
「だったら早く起きてよね。朝食も冷めるし、哲磨のご両親も困ってるわよ!」
深裕紀から技を解いてもらい、僕は改めて見慣れた自室の壁に貼ったカレンダーに注目してみる。
日付は12月24日。
『深裕紀と買い物』と書かれたメモ書きを見ながらも僕の頭は困惑していた。
えっと、クリスマスイブの日に、僕は何を買うんだ?
冷蔵庫とかの家電製品でも買い換えるのか?
「なあ、深裕紀、今日はどこに行くんだ?」
「どこって家電量販店だよ」
「はあっ? 冗談も大概にしろよ?」
「何言ってんの、二人で決めたことでしょ」
「いてっ!?」
深裕紀が困り果てた表情で僕の額にデコピンをする。
「もうこれから同棲するのに惚けないでよ。今日はそれを伝えるために海外勤務の哲磨の両親をわざわざ家に呼んだんでしょ?」
「そうなのか?」
「そうよ。全くしっかりしてよね」
深裕紀が僕の手を握りしめて、僕に屈託もなく微笑む。
「哲磨は……、未来の旦那様なんだから……」
そんな深裕紀の横顔が憂いを帯びていて、僕の目にいつも以上に色っぽく映ったのだった……。
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