第55話 キミが羽のない天使になる前に翼を授けたい……。

「──さて、これでデータは完全に移行だな」


 テルがノートパソコンのキーボードを叩き終え、安物の椅子の背もたれに体を預ける。

 不意に何の脈略もなく東峰岸あずまみねに頼まれて、異世界での居住空間のプログラムをそっくりそのまま同人ゲームに変更してという内容。 


 単純にパソコンに異世界のデータを入れてゲームという娯楽対象にするのは良かったが、これが思った以上に難関だった。

 今までは異世界のことはその場にいるキャラに任せ、テルはただの監視役であったからだ。

 時折、異世界に潜り込み、異世界にバグがないか、人間関係の良好を確認し、メインはサーバーのメンテだった。


 それが今回は異世界のゲームを作るプログラマー的な役割になってしまい、正直、気が滅入りそうになる。


 念を入れて、警察にこの人類移住計画を話すと、わけの分からない顔をされ、まともな反応はしなかったが、弁当屋の隠し部屋で沢山のクローンを住ませていたことが発覚し、『あたしがこの研究の首謀者だ』と高らかに言い放った東峰岸と、この計画に加わった俺はクローンの製造と監禁の容疑で現行犯逮捕。

 すぐさま弁当屋は移転となり、元からあった弁当屋は閉鎖され、研究所と一緒に立ち入り禁止にされた。


 そして数ヵ月で釈放された俺には帰る場所がなかった。

 親からの支援を借り、新しく引っ越した家もあったが、家賃などを滞納し、水道や電気なども止まっている。

 例え、帰ったとしてもライフラインがなければ不便な思いをするだけだ。


 テルは蛍光灯の灯りで照らされた個室の漫画喫茶でノートパソコンの画面を見ながら、近くのスマホに手をかける。

 待ち受け画面には晴れ模様の駐車場で、綺麗にアイロンがけされた白衣を着て、こちらにピースサインをしてる子供っぽい東峰岸の写真が表示されており、テルはそのスマホを軽く握りしめた。


「……姉貴、今日はクリスマスだぜ。今年も俺が祝ってやるからな」


 研究所にいたクローンたちは児童養護施設や里親などには預けられ、今じゃ、あの弁当屋の場所は警察の監視下である。

 先にも述べたクローンで人間を作るのは日本の法律では禁止されており、新たな犠牲者が増えるのを防ぐためだ。


 もう、あの弁当屋でワイワイできる機会はないんだろうなと俺は姉に教えてもらった煙草を心から味わっていた……。


****


「──もしもし、梨華未りかみか? テルだけど?」


 漫画喫茶を出ると外は真っ暗だった。

 冷たい木枯らしが吹く夜空とは対称的に街並みの電飾の明かりは温かい。


 コンビニで手短に様々な商品を買ったテルはスマホで梨華未と連絡をとる。

 二人は恋人通しでもあり、姉がいない今となっては梨華未だけが心の拠り所だった。


「今からお前の家に行くけど、お前の姉ちゃん、抹茶のアイスでいいんだよな?」


 こんな真冬によくアイスなんて食えるよなと内心で思いつつ、梨華未からのオーダーを再確認する。


『うん。後ね、紫四花しよかお姉ちゃんがホールケーキも買ってきてって』

「おいおい、これだけ買い込んで、さらにでっかいケーキまでいるのかよ。大食らいもほどほどにしてくれよ」

『じゃあ、お願いねー♪』

「おい、話はまだ終わってないぞ!」

『……プチン』


「あー、頭にくるぜ、相変わらず人の話を最後まで聞かない女だよな‼」


 一方的に通話が切れて、苛立ちを隠せないテルはスマホを地面に叩きつけようとするが、空いてる方の手で衝動を抑える。

 今、ここで感情を暴走させても周りの住民から白い目で見られ、空しくなるだけだ。


 テルは近くの路上販売で売られていたファミリー用の大きめのホールケーキを買い、近場の駐車場にて、車で待たせていた此処伊羅ここいら家の執事が運転する助手席に乗り込んだ。


「今日の車はベンツかよ。一体、此処伊羅家はどんだけ高級車を所有してんだよ?」

「……いえ、機密事項ゆえに秘密です」

「まあ、じーさんの戯言なんて、別に聞きたくもないけどな。遠慮なく出してくれ!」

「はっ! かしこまりました!」


 車は宝石の夜景をバックに重たい排気音を鳴らしながら交差点を突っ切っていく。

 テルは車のドアを開け、窓から流れる冷たい空気に触れながら、コンビニで買っていた唐揚げをかじっていた。


****


 此処伊羅家の部屋の廊下にお邪魔した俺は荷物を抱えながらも不安感が拭いきれないかった。 

 姉貴という重大なリーダーも居ない中、ほぼ独断であの異世界ゲームを製作してるんだ。

 売れるかどうかも分からず、先の行き末が見えないのも当然だ。


「……やっぱり俺、今のポジション辞めようかな」


 柄にもなく弱気になっていたテルがリビングのドアを開ける。


『パーン‼』

『パパーン‼』


 俺の耳にインプットされる無数のクラッカー音。

 殺風景だった部屋は綺麗に飾り付けされ、呆然とした俺の前には哲磨てつま深裕紀みゆきも居て、いつものメンバーが勢揃いしていた。


「「「「メリークリスマス!」」」」

「「アンド、異世界ゲーム製作一年記念。テル、忙しい中、いつもありがとう!」」


 俺の前に手料理を差し出し、和気あいあいとする仲間たち。

 そうさ、俺は自己嫌悪に襲われて、何か勘違いしてたな。


「買い出しがお菓子ばかりだったのも家で料理を作っていたせいか」

「うん。時間稼ぎでもあったけどね」

「だって深裕紀ちゃん、料理ド下手なんだもん」

「ごめんね、深裕紀、こう見えて食べる側だから♪」

「どう見えてなのよ?」


 梨華未と深裕紀が仲良くじゃれ合う中、哲磨と紫四花がおずおずと一枚のイラスト用紙をテルに見せてくる。


「これ、僕と紫四花とで作った宣伝用のポスターなんだけど……」

「リーダーのテル君、異論があるなら修正しますわよ」


 漫画イラスト風なポスターには寂れた村を背景に、麻の着物を着た男性と朝顔の着物を着た女性が全面に押し出されていて、中々の出来映えだった。


「いつもテルがゲーム製作頑張ってるだろ。僕たちにも何か出来ることはないかと書き上げたんだけど?」

「ご迷惑なら破棄いたしますが?」

「いや、心遣いありがとうな」


 テルは仲間たちの好意を受け取り、ゲームの製作具合を進んで明かし、一晩中飲んで語り明かした──。


****


『──ピローン!』


 20インチの液晶画面に映る無名なゲーム製作所による太陽のロゴマーク。

 規則的な生活音とゲームのBGMが流れる居間にて、一人の小学生低学年くらいの少年が無造作にコントローラーのボタンを連打していた。


 ──ゲームの物語は山村で暮らしていたサキタラシという男性が、村の長である女性のヒミコと絡み、ほのぼのとした会話からスタートする。


 やがて、サキタラシには普通の住人には見えない天使の羽が生えていることが判明し、そこへ羽を付け狙う堕天使エンマというボスキャラが登場する。

 だが、そのエンマの戦闘能力は恐ろしいほど高くて……。


「──あー、またやられちゃったよ‼ このボス固すぎだよー!」

「うーん、ちょっとパパに貸してごらん」


 父親が我が子からのブレステ5のコントローラーを手にして、テレビ画面のキャラを器用に動かす。


「このシーンでのエンマは倒せる設定ではないんだ。だから超移動のスキルを利用して、ひたすら攻撃を避けるんだ」

「すると3分後には諦めて、エンマは去っていくという流れさ」

「へえー、パパ詳しいんだね。まるでこのゲームを作った人みたい」


 作ったも何も、実際にこの異世界にいた一人だからな。

 父親は複雑な顔色を浮かべながら、我が子のプレイする同人ゲームを眺めていた。


「お父さん、明日はあの日じゃないの? 深裕紀との約束忘れてないよね?」


 奥のキッチンから花柄のエプロン姿の女性が出てくる。


「ああ、お前と初めて同棲を始めた日だったしな」

「それだけじゃないよ?」


 同棲という言葉に高揚した母親が自慢げに結婚指輪を見せながら、今度は別のイベントを持ってきた。


「えっ、何のことだい?」

「えへへ、実はね。今日、東峰岸さんが刑務所から出所する日でもあるんだよ」

「マジかよ。久々に美人お姉さんの顔が見れるな……いでで!?」


 母親がデレている父親のほっぺたを乱暴につねる。

 この様子だと、立場的には母親の方が位が上のようだ。


「もう。哲磨は深裕紀だけを見てればいいの!」


 深裕紀が激しく嫉妬する中、哲磨は彼女を愛して本当に良かったと察した──。


◇◆◇◆


 ──僕たちが製作したアクションロールプレイングゲームは同人ゲームゆえにそんなに売り上げは伸びなかったが、重厚なストーリーに、斬新な戦闘システムが話題となり、隠れた名作と噂されるようになった。

 だが、販売数が制限された同人ゲームに無名のゲーム製作会社というわけで資金も少なく、ゲームの再販という部分まではいかなかった。


 後にこの同人ゲームはネットで高値で売買され、コレクター魂さえもそそられる作品ともなった。

 そのゲームタイトル名は『キミが羽のない天使になる前に翼を授けたい……』。


 異世界を離れて、羽の能力を失う彼女に、ゲームとしての希望の翼を与えたかったことは、一部の制作者にしか伝わっていない──。


 fin……。


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キミが羽のない天使になる前に、ツバサを授けたい……。 ぴこたんすたー @kakucocoro

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