第37話 私の運命さえも変えられると信じています
灯りもない六畳ほどの室内。
中はトタン屋根となる木造の建造物。
サキタラシは足下に注意しながら慎重に暗い闇を進む。
辺りには書類の入った段ポールに、草刈りがまなどの園芸用品、古びて色が褪せたタイヤの山など……ほとんど足場がない。
ここはいらない物を収納しておく、プレハブ小屋の倉庫だろうか。
『こんばんは。夜分遅くにようこそ。生と死の狭間の世界へ』
「誰だ?」
部屋の奥からセクシーな声色な女性の声が鼓膜に響いてくる。
奥には洞窟のようなものが、大きな口を開けて、僕を待ち受けてるようにも見えた。
『そう
「じゃあ、味方だったら姿を現すのが普通じゃないのか? しずく?」
『それもそうですね』
部屋の天井から一斉に照明がつき、目鼻立ちが整った美少女が、こちらに距離を詰めてくる。
誰が見ても釘付けになりそうな格好もだが、今までに見てきたどんな女性よりも群を抜く可愛さにも注目してしまう。
下着に近いような純白の羽衣の姿も色々とヤバくて、サキタラシはまともに直視さえもできない。
おまけに出るとこは出て、締まる部分はきゅっと締まったモデルのような体系で、ある意味アイドルの素質もありそうだ。
「本来なら、この顔を伏せるために照明の
「それは分からないでもないな」
この部屋に極力、光を入れなかったしずくに、鏡の眩しい光で顔を隠していたヒミコ。
二人は創造神を目指したライバルの関係だったが、自分の顔にコンプレックスを抱き、その素顔を見せないようにしていたという共通点が見つかった。
「神様が美少女と知れたら、調子に乗った男共が、この小屋に山ほど押し寄せてくる可能性がありますので」
「確かにな。分身の術でも使って、奥深く拝みたい気分だな」
「……ささっ」
僕からのナンパな言葉に恐れをなしたのか、しずくが近くにあったタイヤの山の影に隠れる。
「あははっ、冗談だよ。いくら羽ありでも、そんな器用な術は使えないよ」
「それは本当でしょうか? 男は契って投げるものだと、前回の女神から教わりましたが?」
「どんな女神だよ……」
しずくの言った契りとは俗に例えると、大人な接客でもある。
まあ、シャンパンのボトルも開けてもらったこともないし、そのような店に入ったこともないけどな。
「それに男連中を契っては投げるって、どこのハーレム設定だよ。神のくせして勝手に軽々しく契約を結ぶなよ」
「それに僕らは初対面じゃないだろ。もっといつものような砕けた喋りでいいからさ」
もう、しずくとは仲のよい友達のようなものだ。
上下関係もあるかもだが、家族みたいに親しい関係で、いつまでも敬語と言うのも、何か堅苦しい。
「そうね、女の子に縁がない冴えない少年だもんね」
「まあ、その縁は見事に成就するけどな」
僕は袖口に入れておいた借用書をしずくに渡すと、相手は特に気にせず、書類を読み通す。
「あれ? 僕が身を固めるって言ってるのに無反応なんだな?」
「言われなくても、ここから下界の様子なんてバレバレだって」
「何だ、じゃあ、ここに来るのも分かってたんだな」
「ええ」
僕はしずくの即答を聞いて、その場でひっくり転けそうになる。
「ヒミコは偉いわよね。自分の力を使ってまでして、私を鳩から人間の姿に戻したんだから」
「何だって?」
しずくが力を失い、鳩にしかなれないことは承知だったが、神だから、ある程度したら元の姿になれると思い込んでいた。
ヒミコは何を糧にして願いを叶えてもらったのだろう。
「彼女は私が神殿から無許可に持ち出した鏡もここに持ってきて、エンマに頭を下げてきたの。わざわざ粉々に割れた鏡の破片をかき集めて、私の
「えっ、エンマもここに居るのか?」
「いいえ、彼は災いを起こしてから、ここには長居は出来ないしきたりなの。今は少年のいる村へと徒歩で向かってる。すでに三日前から留守にしてるわ」
エンマも昔はここの天使人だったが、天界の長であったイエジ・ギリストを祭る聖夜に降りてきた女神の命を奪って、永遠の肉体を手に入れたと聞かされるサキタラシ。
でもそれで堕天使に成り変わっても、この天使の世界を追放されたわけではない。
その命を奪った女神が誰のことか、今でも不明のままだったが……。
「少年も持ってきたんでしょ?」
「ああ、例のこれのことだな」
サキタラシは、内ポケットに隠し持っていた鎖のないペンダントをしずくの差し出した手のひらにのせる。
「随分とボロくなってしまったけど、これでしずくも、長年のしがらみから解放されるな」
「ええ、恩に着るわ。その代わりと言ってはなんだけど……」
しずくがICチップが付いた一枚の青いカードをペンダントと交換する。
「この世界では使えない言葉がこもった『CoCoka(ココカ)』というカードらしいけど、今の君なら渡してもいいかなって」
「へえ、
「それは内緒。まあ、女神にも極秘事項ってものがあるからね」
「なるほど、女神の事情ってもんねえ……あれ?」
僕はカードの裏に小さな手紙が貼りついてることを確認し、しずくに了承してもらい、その場で読んでみることにした。
『──この手紙を読んでいる哲磨へ』
『この手紙を読んでいると言うことは見事にこの世界を救ったんですね。自分の大切な人たちが守れて、今はどんな気分ですか?』
『私も哲磨の傍に居たかったのですが、このカードの音声の通り、訳ありでこの世界に居られなくなってしまいました。でも哲磨なら
私の運命さえも変えられると信じています』
『哲磨、これからも頑張ってね。
──君のことが大好きだった深裕紀より……』
「みゆきぃぃぃー!!」
シワがよった手紙を読み終え、その手紙が大粒の涙で濡れるのも構わずに大泣きするサキタラシ。
「……お前ってヤツは去り際も男らしいって言うか、さっぱりしてるよな」
「気の迷いは晴れたかしら?」
「ああ。この先の穴がある洞窟へと案内してくれ」
「ふーん、何もかも理解してるような口振りね。一体何回、転送ごっこをやったの?」
しずくが下心のある反応でニヤニヤしながら、こちらにすり寄って来ようとする。
だけど、僕は誘惑に負けずに一歩後ろに下がり、紳士的な台詞を口にした。
「まあ、僕にも色々あってな。この件は秘密なのさ」
「何さ、カッコつけちゃって」
しずくが鼻で笑いながら、サキタラシの男気を表彰式のごとく、軽く手を叩いた。
「それよりもいいの? こっちの世界のヒミコが宴をするんでしょ。せめて晴れ舞台だけでも見ていかなくちゃ」
「この世界のサキタラシがいるだろ?」
「女心が分かってないわね、少年。彼女が好きになったのはサキタラシの姿となった君よ」
それもそうだな。
ヒミコには世話になったし、ここで恩を売っても悪い気はしない。
何よりヒミコから宴で使う荷物を頼まれていたことを思い出す。
後腐れの悪いまま、このまま現実世界に帰るわけにもいかないしな。
「じゃあ、ヒミコの大いなる旅立ちを祝いに行くことにするか」
「……旅立ちか」
「うん? どうかしたのか?」
「いや、何でもない。ヒミコによろしくね」
「ああ。全てが終わったら、またここに戻ってくるから」
「ええ、了解したわ」
サキタラシは天使の羽を生やし、物置小屋から
しずくは何かの感情を押し殺しながらも笑って、星空を降下するサキタラシを見送っていた。
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