第38話 神としての願い事は、状況に応じて、それなりの対価が必要なんじゃ

 村の中心に焚かれたたきぎの前に、大きく円となり、長く伸びた影をバックに、星空の下、酒に料理を嗜む人々。


「この度はこのような宴に参加させて下さり、誠に遺憾いかんである」

「まあまあ、エンマ大王殿。そうかたくなになるな。今宵は無駄に争いをせず、思う存分楽しもうではないか」

「確かにそうじゃな。我輩の言い分が悪かったのお……」


 エンマの従えた騎士も、ヒミコが治める村人も、お互いに垣根を越えて仲良く話題に華を咲かす。


 こんなイレギュラーなこと、誰が予想しただろうか。

 あのエンマが丁寧に頭を下げて、ヒミコから逆に気を遣われているのだ。 

 僕は度重なる転生の繰り返しで時空そのものがおかしい風に感じた。


「ヒミコには本当に感謝しておる。我輩を蘇らせてくれたのもそなたじゃしな」

「何の、エンマのいない世界なんて想像できんし、そう思うだけでも身震いするからな」

「えっ? 二人して何の話をしてるんだよ?」

「そうか、サキタラシは体調を崩して、かわや(お手洗い)の世話になっていたからの」


 何なんだ、僕の意識がないサキタラシの存在って?


「いくら胃袋が丈夫と自慢しても、傷んだ卵は食うなと言っただろ?」


 そんなに食いじが張ったお馬鹿な設定だったら、僕の意識がある事態、頭がおかしな人物である。


 いや、おかしいのはもう一人のサキタラシの方で……いや、違うな、僕は今のサキタラシか。


 ああー、元から脳みそは小さい方だが、頭がこんがらかってきた。

 長らく使用してきたイヤホンのコードのようである。


「うーん、それでエンマが何で蘇るとか? 状況がさっぱり飲み込めないんだけど?」

「はあ……。また、お主の病気の記憶障害が始まったか」

「やむを得んよ。あれはサキタラシ君にも、衝撃的な事故じゃったからのお……」


 僕の意識が無い間、元のサキタラシの記憶は残ってないのは困りようである。

 それほど、あのロケットペンダントは物語りを裏づけるキーワードだったのか。


「ヒミコ、我輩はちょっと飲みすぎたから、夜風に当たってくる。その間に彼に詳しい話を……」

「酔うって、今日はエンマの祝杯も含まれとるし、今さっき飲み始めたばかりではないか?」

「はて、そうじゃったかの。歳を取ると行動まであやふやになってな。まあ、我輩のささやかな気遣いとして受け取ってくれ」


 エンマはヒミコの耳元で何やら小言を挟み、それと同時に顔全体が赤くなるヒミコ。

 普段は能面であるヒミコの意外な素顔が伺え、見てるこっちとしては新鮮な気持ちにさせる。


 だが、ここからだと肝心な会話の内容までは聞き取れず、エンマがヒミコにセクハラな暴言でも喋ったのかと我が耳を疑ってしまう。

 ところでエンマよ、美女との話に夢中で、悪い酔いは覚めたのか?


「お主、何か勘違いしてるようだが、事の発端はお主にあるんだぞ?」

「へっ、僕が?」

「そうじゃ、キミが軽快に我輩の体を吹っ飛ばすからのう。頭だけが残った我輩ほど、無謀なものはなかったのお」


 僕はしずくから貰った天使の羽でエンマの体を吹き飛ばしたことは覚えてる。

 でもその後、頭だけになったエンマは底無し穴に落ちて、未来永劫、自らの身を閉ざしたはず……。


「そうじゃ、察しの通り、我輩は穴に落下して一度は死んだんじゃ」


「……じゃが、ヒミコはすぐ行動に移した」


 時は一刻を争うとは、まさにこのこと。

 ヒミコは目覚めた両対の羽で大空へ飛び立ち、例の神の居る神殿へと急いだ。


 僕が卵に当たったのは表向きで、実はエンマの踊る生首を見たせいで気分を悪くして、トイレに行き、その持ち場を離れてる間に起こしたヒミコなりの決断だった。


 地獄を制する男の如く、誰もエンマ大王の代わりなんて務まらない。

 エンマ大王はこの世に一人しかいない偉大な存在なのだから……。


「なるほどな。それで女神のしずくにお願いして、エンマを死の淵から救ったのか」


 元はしずくとヒミコは、お互いに創造神になるべく火花を散らしたライバルな関係だったんだ。

 同じ道を目指していた顔馴染みなら、しかも今は世界を構築している神なら、多少はワガママを訊いてくれそうと……。


「まあ、堅苦しい話は無しにしよう。折角せっかくのお酒が不味くなるしな」

「それはごもっともじゃな。ヒミコは酒は飲めるくちか?」

「まあ、付き合い程度ならば」


 晩酌をかわすヒミコとエンマは本当に仲睦まじい親子のように、和気あいあいとしていた。


「我輩は例の鏡を危険な遺産と知り、強引に奪うために、ヒミコの村に行くのが目的じゃった」


 エンマが木のグラスに酒をなみなみと注いで、僕にも手渡し、昔話のように回想を切り出してくる。

 神の遺産、それを手にした者は莫大な力が使えるようになると……。


「……じゃが、クレナイオオソウゲンでサキタラシ君から予想外のダメージを受けた我輩は、初めて死というものを覚悟した」


「そして我輩は敗北した。かみさんの補助魔法と連携して追いつめていたものの、そのしずくの羽のアイテムにやられてしまうとは……」


 エンマが既婚者だったのは存じていたが、そのエンマの立ち回りをうまく利用したしずくの手腕もお見事である──。


「──そうです。ヒミコさんは旦那様の命の恩人です」

「なっ、アミ。我輩をつけておったのか?」

「ええ。こうでもしないと私による補助魔法の効果が届かないでしょ?」


 エンマの後ろから、ひょこっと出てきた一人のアミと呼ばれたお嬢様。

 喋り口から気品が漂い、黒い魔法使いのローブを着こなす。

 顔はフードに隠れて分からないが、ハスキーな声が特長で、年配の女性にも見えた。


「現にしずくの羽に敗れましたし」

「あれだけ強力なら、近くに行かないと効能が無理だったか」

「それには同感ですね。そう気づくのが遅すぎたのですが……」


 アミが食事中だったヒミコの利き手を掴んで、嬉しそうにその右手を上げる。


「皆の衆。 よく聞くのです!」

「このお嬢様は旦那様を助けてくれた恩人であり、その隣にいる男はエンマと対等に力比べをした戦友でもあります!」

「「「はっ、アミ様のご承知のままに‼」」」


 馬の番や剣の手入れをしていた騎士がアミの方へ素早く向き直り、右手を心臓の位置に当て、忠誠のポーズをする。


 アミが一声、発する度にピリピリと緊迫するこの場の空気。

 どうやらアミという奥さんは、旦那のエンマよりも位も器も上らしい。


「私はこの二人と友好の条約を築こうと思います。何か意見のあるものは?」

「「「ははっ、アミ様のめいならば‼」」」


 頭が上がらなく、アミの言いなりになる騎士たち。

 さぞかし気分はいいだろうな。


「契約終了。そんなわけでよろしくですわ。お二人とも」

「あっ、はい……」


 アミの強引過ぎる契約に返す台詞が見つからず、おどおどするサキタラシと、堂々とした立ち振舞いなヒミコ。


「そんな強情なところは変わらないのですね。次期女神候補は」

「神よりも男を選んだ貴女あなたには分からないですよ」

「そうかもな。でもそなたはエンマとお熱い恋愛もしながら、器用に天界での雑用もやってるだろう。私には尊敬の言葉しか浮かばぬ」


 ヒミコは不器用であり、恋愛も仕事にも一直線な彼女にとって、その両立を難なくこなしてみせるアミは憧れの女性像でもあった。


「まあ、しずくが禁じ手である神の遺産を人間サキタラシに手渡したとなれば、創造神への出世は白紙だな。次期候補は嫌でもそなたになるだろう」

「……何かトゲのある言い方ですね」

「あはははっ、そんだけ悪態がつけるのなら、創造神になっても心配入らぬな」


 ヒミコは宴の席を外し、サキタラシに一言だけ発する。


「……サキタラシ、私にいい夢を見せてくれてありがとう」

「ヒミコ?」


 そう喋った途端、体のバランスが大きく崩れて、その場に倒れようとするヒミコ。


「ヒミコどうした? しっかりしろ‼」


 サキタラシはヒミコの上半身を肩口に寄せて、彼女の名を懸命にかけ続ける。


「……ああ、早くも来てしまったの」

「エンマ、これはどういうことだ!?」

「しずくが叶える神としての願い事は、状況に応じて、それなりの対価が必要なんじゃ」

「何かを犠牲にということか?」

「そうじゃ。ヒミコは我輩を生き返すために自分の寿命を引き換えにしたんじゃよ」


 エンマは頭部のみとなり、体は羽の爆風で粉々。

 さらに底無し穴という空間へ、完全に肉体を無くした。

 そのパーツを一から生み出すには、例え、しずくレベルの女神でも膨大なエネルギーを要するはず。


 理由はどうであれ、ヒミコは自分の命を削ってでも、エンマを救いたかったのだ。


「……ヒミコ、お前はお人好し過ぎるぞ」


 サキタラシはエンマたちに一足早くこの場を抜ける挨拶をして、気を失ったヒミコを背負う。


 そのまま、サキタラシは村の近場にある休憩所へとヒミコを運んだ──。



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