キミが羽のない天使になる前に、ツバサを授けたい……。
ぴこたんすたー
第1章 夢であって夢じゃない感覚
第1話 平等的に私の名前も教えておこう
吹き荒れる火の粉、飛び交う熱風。
僕はどうしていいか分からずにこの世界の中心にいた。
今日も何事もなく、平穏とした一日を送り、こうやって明日への安らぎを求めてここに帰ってきたのに、神様とやら、これはあんまりの出来事じゃないか。
「人間、寝ている時が一番無防備というけれど……普通、人様の家に火を放つかね? 放火の罪は重いのにさ……。余程サツ(警察)に捕まらない自信があるのか?」
腕時計の時刻は深夜の2時。
悪さをするには都合が良い、家庭がちょうど寝静まった時間帯。
残業を終えたバイトの帰りに自宅に帰ってきた僕は自身の家がボヤを起こしていることに気づいた。
そこで消防に通報したのはいいが、段々と大きく広がる火の粉に居ても立っても居られなくなり、水の入ったポリバケツの水を被り、ずぶ濡れになって一人で動き出した……。
もしも僕がバイトを休みだったら、この炎の存在すらも知らないままだったかも知れない。
昔から理解はしていたが、何て悪運の強さだろうか……。
「おい、兄ちゃん! 馬鹿な真似は止めろ!」
「あんた、止しなよ! 自ら死に急ぎたいのかい!?」
野次馬が何やら叫んでいたが、もう僕の耳には届かない。
人の家だから好き勝手言ってるようだが、家の中には僕の大切な家族がいる。
僕は被った水が乾かないうちに火で覆われた家の中に正面の玄関から入っていった……。
****
「──父さん、母さん、居たら答えてくれ!! どこにいるんだよ!!」
大声で両親のことを叫ぶが、この業火の中では無意味なのか。
人の返事の代わりに火で炭となった材木が遠くで崩れる音がした。
「ヤバイな、ここもそう持たないな。返事がないということはまだ寝室か」
火災で一番怖いのは火ではなく煙だ。
人にとって有害な物質を含んでいる一酸化炭素の煙は少し吸い込むだけで身体を動けなくしてしまう恐ろしい代物なのだ。
「いや、今はそんな悠長な時間はない。早く捜さないと手遅れになる!」
僕は考えることを止め、こみ上げる不安を前向きな言葉で言い聞かせ、青いハンカチで口元を塞ぎながら炎の廊下を突き進む。
廊下の突き当たりにあるドアのネームプレートには両親の寝室。
僕はドアノブを捻ろうとする本能を追い払って冷静になる。
この熱せられた家屋の中だ、金属部分には充分に熱が伝わっているはず……。
僕はジーパンの後ろポケットにある軍手をはめて、軍手越しにほんのりと温もりが伝わるドアノブをこじ開けた。
「その声は
そこには両親はいなかった。
居たのは聞き慣れたか細い声だけ。
僕の顔馴染みのある女の子の声だけで、部屋中は炎の柱で包まれていた。
「バカ、どうしてノコノコと来ちゃうの? あんたまで道連れになりたいの!」
「どうしてと言われても唯一の肉親だからね」
「だからと言ってこんな無謀なことを!」
祖父も祖母も僕の幼いうちに病気で亡くし、一人っ子だった僕に残された最期の家族……それが僕の両親……。
「
「バカ言わないで。意味のないことなんてないわよ。深裕紀はね、哲磨の帰りを待っていただけよ」
炎の固まりが天井から降ってきて寝室のベッドが燃えていく。
なぜか彼女の姿はどこにも見えず、声しか聞こえないが……。
「今日、哲磨の誕生日でしょ。哲磨のご家族と一緒にサプライズパーティーがしたくて……」
「まあ……この通り両親はいなかったし、部屋で仮眠をとっていたらこの有り様よ。それに既に誕生日は二時間ほど過ぎちゃったけどね……」
彼女が僕を喜ばすためにした行為がこんな最悪な形を迎えてしまったのか。
「哲磨、よく聞いて。これはまだ始まったばかりよ。あなたはこれから運命を切り開かないといけないの」
「深裕紀がここで死んだとしても身を投げて人生を投げ出さないで。あなたは死ぬにはまだ若すぎる……だから……」
「……だから、強く生きて……」
彼女がそう呟いた途端、天井が抜けて寝室を潰し、僕は慌てて廊下へと避けた。
「深裕紀、何でだよ。お前が死んだらパーティーの意味がないだろ……」
僕は火の気の少ないクロスの壁を強く叩き、自身の無力さを痛感する。
「それもそうかもな」
「誰だ! ぐっ!?」
どこからかの中性的な声と同時に脇腹に伝わる鈍く鋭い感覚。
痛みでその箇所に手を触れると生きている真っ赤な証が手の中に広がる。
僕は何者かに腹を刺されたのか!?
「お前の両親が居なかったことは残念だったが、邪魔者はこうして潰しておけば後が楽だしな」
「それに焼死体は身元が分かりにくいからな。お前は行方不明者扱いとなり、鑑識からは、どこからか迷いこんだ正義感の強いマヌケの死体と思わせておけばいい」
「ぐっ……僕の両親をなぜ……狙うんだ……」
「なぜかって? フフッ、貴様は何も知らない愚か者だな。今まで愛する者と真剣に付き合い、心からその人を一途に愛したことがないのだな」
ぐっ……悪かったな、どうせ僕は彼女いない歴18年、イコール年齢さ。
声しかしないヌシに説明しても無駄だろうがな……。
「まあいい。あの娘もあの場所に行ったら、それなりに素質にある存在に成り果てるはずだし、あの娘も要注意だな……まあ、飛び立てない分、始末するのは楽だがな」
「お前は……さっきから……何を言ってるんだよ」
意識が遠のいていくのを皮膚から感じる。
痛みはいつの間にか消えて、熱い炎の集まりが僕を包み込む。
「フフフッ、さらばだ、愛を知らない名も知らぬ人間よ。来世は素敵な出会いを見つけて幸せになることだな」
「僕は……哲磨だ……。この能天気野郎。頭の隅っこにでも覚えておけ……」
「ハハハッ! 最期の呟きが己自身の自己紹介だとはな。いいだろう。不満不平等にならないよう、平等的に私の名前も教えておこう」
炎の中から黒いサングラスをかけた人物が姿を現すと僕に近付き、炎で焼けただれた僕の頬を撫でながら答える。
「私の名は……」
性別も年齢も不明なサングラスの人物が名乗る前に、僕の意識はそこで途絶えたのだった……。
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