第22話 死よりもプライドを貫いたエンマに歴史ある最期を──。

『ズバーン‼』


 エンマの強力な一太刀が完全にサキタラシを捉えたと思いきや、二つに裂けたサキタラシだったものはそこにはなかった。

 これにはエンマから数歩ずれた場所にいたサキタラシ自身も動揺を隠せない。


「むっ、残像か。早速、お披露目してきたのお」

「何だ? 今、体が無意識に反応して?」


 僕自身も意外だった行動に考えがついていけない。

 不意討ちとはいえ、エンマの攻撃はスピードもパワーも申し分なかった。

 こちらは丸腰なので武器で流すことも打ち負かす力もない。


 事実、今のはエンマの渾身を込めた斬撃だったはず。 

 確実にやられたと感じていただけに……。


「この能力はやっぱり羽の能力なのか?」

「うむ。相手の攻撃を数秒予測して動ける超移動というものじゃ。本来なら超回復を覚えて数ヵ月してから覚える代物じゃが」


 エンマが大剣を前方に突き出して前のめりになる。

 剣術に関しては素人の僕だが、何か凄い技を仕掛けてくることは分かる。


「この並外れた速度の成長具合。やはり将来のためにも、キミはここで消えてもらうしかないのお」

「フムッ‼」


『ズバババー‼』


 エンマの連続斬りを超移動で瞬時でかわすサキタラシ。

 完全にエンマの攻撃を読んでいるゆえのギリギリでの避け方だった。


「くっ、ちょこまかと動きおって‼」

「へへーん、エンマーこちら、手の鳴る方へ♪」

「こなくそー‼」


 激怒したエンマがなりふり構わず、大剣を振り回す。

 粉チーズのストックが足りないせいか、怒りに冷静さを奪われ、そこには先ほどのような正確さはない。

 ここまでは僕の読んだ作戦通りだ。


『ブオーン‼』


 エンマの大振りな攻撃をしゃがんで避けて、僕は左手で後ろに回してバランスをとり、全体重を右拳にこめる。


「エンマ、召しとったり!」

『ドカッ‼』


 僕はしゃがんだ体勢でエンマの懐へ飛び込み、強烈なパンチの一撃を食らわす。


 拳から伝わる相手側の骨が折れる感触。

 エンマからの攻撃をカウンターで相殺し、ダメージを何倍にもした超移動を纏ってのスピード感のある攻撃。

 即興の攻撃だったが、僕は勝利を確実なものにしたのだ。


「グフッ!?」


 自慢の大剣を地に滑らせ、大きな胸当てが細かいひびを立てて粉々に割れ、青アザのできた胸を抑えて片ひざを地につけるエンマ。


 あの分だと肋骨が数本折れているだろう。

 迂闊に動くと肺にも刺さり、それこそ命取りになる。


「さあ、エンマ。二度と僕らの村に来ないと約束してくれ。そうじゃないと……」


 僕は言わんばかりにエンマが落とした大剣を慎重に掴みとり、エンマの首元に当てる。

 いくら常人染みた相手でも首の動脈を斬られたら即座にアウトだろう。


 剣の重みも十分なほどにある。

 このまま下へと振り下ろせば、ステーキ肉の加工みたく固い骨さえも両断され、ギロチンのように綺麗な終わり方をするかも知れない。


 だが、それも一時しのぎにしかならない。

 エンマが羽の効果による超回復をする前に首を落とし、早々に手を打たないと……。


「答えはノーじゃ」

「くっ、この期に及んでまだ言うか」

「フッ、やれるものならの。キミに我輩は殺せんよ」

「言ったな、この野郎め!」


『ズパーン‼』


 エンマからの強気な発言に僕は全身の力でエンマの首筋につけていた剣を振り下ろす。

 そう、これで勝負はついたのだ。


 恐怖の大王も一般の村人にやられて別の意味でご満喫だろう。

 死よりもプライドを貫いたエンマに歴史ある最期を──。


「ぐああああー‼」


 ──サキタラシは首からの痛みと共に大声を張り上げる。


 違う、僕がやったのではない‼

 僕の方が逆に見えない剣? での攻撃を受けたのだ!?


「なっ……、完全に首元を狙ったのに……」

「さあ、何でかのう?」


 口元を緩ますエンマが数メートル下がり、腰から護身用ナイフを抜き出し、サキタラシの方に構えをとる。


 僕との距離を離したのは僕による予想外の攻撃を警戒したせいだろう。

 エンマの構えからして、それをプラスし、遠距離からそのナイフをこちらに投げるつもりらしい。


「誠に残念だがサキタラシ君。どうやら消えてしまうのはキミの方らしい」

「……くっ、これが本当のスクランブルエッグと言うわけか……」

「フフッ。最期まで面白い男じゃの」


 エンマはどんな手品を使ったんだ?

 緊急事態によるスクランブルな事故は僕には理解できなかった。


「さらばじゃ。トテツヤマサキタラシ」

『ヒュン‼』


 エンマがにやけながら鋭利な先端を向けたナイフを飛ばす。

 鋭い風切り音と共にサキタラシに迫ってくるナイフ。


「フフッ。まんまとかかったな。エンマ‼」

「何だと!?」


 その瞬間に彼が袖口から出したロケットペンダントがこれでもかと言うくらい黄金色に輝いていた。

 サキタラシの首の傷は超回復し、エンマからのナイフを真っ向から見据える。


 多少の怪我はあるかも知れないが、あれは毒を塗っている様子もないし、手で受け止めるのが一番の妥当だろう。

 仮にも受けた傷口は超回復でどうにかなる。


『ザクッ‼』


 鈍い音を立てながら周囲に飛び交う血飛沫。

 形勢逆転を狙っていた僕の目の前に一人の人物が立っていた。


「ヒミコー!?」


 腹にナイフを受けたヒミコが僕によろめきながらもたれかかる。


「お主、怪我はないか……?」

「おっ、おい! なっ、何でヒミコがこんなことするんだよ!?」

「……こんなも何もこれは貸しだ……私のワガママで……こうなったのだからな」

「バカ野郎、僕にはこのペンダントがあるのに勝手なことを‼」

「バカとは何だ……。これでも……私は太陽の巫女なのに……ゴホッ!!」


「ゴホゴホ‼」

「もういいから喋るな。今から止血するから」


 サキタラシは服の袖口を破り、包帯がわりにナイフを抜かずに止血をする。

 ここで専門知識のない素人がナイフを抜くと余計に大怪我となるからだ。


 こんなことなら家庭料理よりも医学の勉強でもしていれば良かった。

 血を吐きながら苦しむヒミコにこの程度しか出来ないのが腹ただしい……。


「いや、その必要はないぞい」


 僕の背後をとったエンマからただならぬ殺気を感じる。

 しまった、ヒミコに気が逸れてエンマの存在を忘れていた!?


「ペンダント持ちというならなおさら生かしておけぬからな」

「こっ、この、ろくでなしエンマーがあぁぁー‼」


『ザシュ‼』


 それは一瞬の判断だった。


 ヒミコの腹から布ごと抜いたナイフで自身の首を掻ききったサキタラシは噴水のように命を吹き出し、同じく血みどろのヒミコの上に覆い被さる。

 二人のその目には、すでにこの世界は見えていなかった……。


「なっ、まさか自害するとはの……」


 動かなくなった二つの死体を前にしても動じないエンマはサキタラシのペンダントを奪い取る。


「まあいい。至らぬ手間が省けた。ヒミコの羽ありも防げたし、このペンダントも鏡も回収できたからのお」


 エンマは高笑いをしながら、その現況を無言で眺めていた騎士たちに顔を向ける。


「この村は全て焼き払え! 村で生きてる者も全員皆殺しじゃ!」

「「「はっ‼」」」

「いいか、一辺足りとも痕跡は残すんじゃないぞ。初めからなかった村にするんじゃ‼」

「「「はっ、了解いたしました‼ 偉大なるエンマ大王殿!」」」


 村人の許しを乞う悲鳴、そして灼熱の火炎地獄となった村で、真の鬼の面構えとなったエンマは空を見上げる。

 夕暮れに溶け込みそうな炎の渦が何とも言えない情景を表していた──。  

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