第21話 出会いがどうであれ、今ここで大切な人をこの場所で失ってたまるか

 エンマによって羽を奪われたサキタラシは星の海を降下し、そのまま母なる星へと落ちていく。


「うわあああー‼」


 僕はなすすべもなく、大きな声をあげてじたばたと手足を動かすことしかできない。

 まるで狭くて広い虫かごに閉じ込められた一匹の虫のように……。


「うああああ……って何てね」


 冷静に物事を理解したサキタラシは緩やかに流れる空中で体を前のめりにしてうつ伏せだった体勢を正す。

 彼は羽を無くし、ペンダントを強引に壊されてもサキタラシというちゃんとした記憶があった。

 痛みは多少あるが、腹の出血も自然と止まっている。


「とっさにポケットにしまっておいて良かったな」


 サキタラシはボロ切れの着物の袖口から金のロケットペンダントを出す。

 エンマが力任せに引きちぎったペンダントはそれなりに丈夫な鎖でできた金メッキのダミーであり、本物はサキタラシが隠し持っていたのだ。


 勘のいいエンマのことだから隠し持っていることにはすぐに気づかれるだろう。

 だったら初めから偽物を首にぶら下げていればいい。


 壊された方のアイテムは島の空の中心で偶然見かけ、風化した石の神殿でたまたま見つけたレーザーの能力が使えるペンダントの名入れサイズ並みの小さなICチップだった。

 どうしてあのような古風な神殿に近未来的なそのアイテムが転がっていたのか、詳しい意図は不明だ。


 ここからは個人的な考えだが、恐らく神殿の設計に使用する石材を楽に加工するような便利グッズであり、高度な人の技術で作られたように誤魔化すために何らかの道具に入れて見せかけていたのかも知れない。


 しかし、あの島の廃退した文明を見る限り、それだとどこか別の世界からそのアイテムを持ち出さないと、実質的にこの世界では作るには不可能の技術でもあるはず……。


 僕はそんなチップを偽物のペンダントの名入れの部分にはめ込んで本物の力と見せかけていたのだ。

 あの時、エンマに当てたレーザーも殺傷力のある光線だったが、エンマ自身が他者からの補助魔法で無傷だったことに驚きはしたが……。


 この分だとエンマは壊す前からペンダント内のチップを羽が見える霊視能力か何かで確認し、偽物だと気づいていたはず。

 それなのに僕の相手をしていたのも単なる時間稼ぎのつもりだったのだろう。

 そうまでして僕らの暮らす村に行く理由が依然と分からないままだ……。


「さてと、このまま考えても始まらないな」


 サキタラシは本物のロケットペンダントを胸にかけて、名入れの部分を開けると大量の羽が辺りに広がり、サキタラシの体を大きく包み込む。

 羽の力で体の傷を超回復したサキタラシは無くなっていたはずの両対の羽さえも生やして、この場から円を描くように羽ばたいて見せる。


「よし、感覚的にも問題はないようだな」


 僕は手の指や足を動かして見せ、エンマによって破けた服さえも修復し、腹の傷がないのも再確認した後に、海の豊かな巨大な星へと頭から突っ込んでいく。


 ここはテレビなどでよく観る宇宙空間なのか、それともエンマが言っていた天国と地獄の狭間ということで特殊な空間なのか。

 真っ向から進んでいる青い星は地球で間違いないのか、それとももう一つの瓜二つの地球に似た惑星なのか。

 今僕がいる空間そのものが夢物語なのか。


 サキタラシとしての記憶はあってもそれらの情報は全く不明なままだった……。


****


『エンマー、エンマー♪』

『カツ、カッ、カツ!』


 ──長剣を上空に掲げ、村へと次々に率いれてくる鎧の男騎士の集団。


『エンマ、ああ、我が堕天使の頂点、我らのエンマ大王ー♪』

『カッ、カッ、カツ!』


 殺風景な村の辺りにほら貝のメロディーが鳴り、規則正しい革靴の乾いた音が無数に響き渡る。


『エンマー♪』

『カツンッ!』


 やがて行進の音は鳴り止み、例の二列の集団は横へ半数に別れ、村の集落の中心で綺麗に輪を描くように並んでいた。

 その輪の中央にエンマとヒミコがいて、何やら会話をしている。


「良かった、無事に間に合ったようだな」

「おお、ようやく来たか。今そなたを呼ぼうとしてた所だったのよ」


 サキタラシが村の木の影で羽を収め、胸のペンダントを袖口に隠すと、ヒミコとエンマを囲んだ輪の中に堂々と進む。


 こうすることでエンマには僕には羽が無事でも、サキタラシとしての継続した記憶があるとは気づかないはず。

 でもエンマも自らの手により引きちぎることにより、金メッキが剥げたペンダントを記憶が維持できる本物だったと思い込ますこともできないはず。


 これはお互いの心を欺くための心理戦だ。

 余計な発言や妙な行動をしたら即座に勘づかれる。


 そしてそれが知れたら、今度こそ僕の存在価値が無くなり、また記憶を失う可能性もあり得る。

 そうなったらサキタラシとしての生きざまを一からやり直すはめになる。


 サキタラシの存在が僕と何らかの共通点があることはおおよそ理解出来てきたが、彼に関係する部分には何かと謎が多い。


 僕はサキタラシの大まかな生活感しか肌身に感じていないのだ。

 サキタラシが誰であり、この世界がどこの場所なのか、それらの情報も知る必要があった。


「おやおや、サキタラシ君。こんな時間にノコノコとやって来て。お寝坊にも程があるのお?」

「そうだぞ。お主、もしこれがデートであったら腹が立って先に行ってるかも知れんのに!」


 ヒミコが明らかに不機嫌な顔で僕に突っかかってくる。

 どうやら僕はヒミコとの約束に遅刻した設定で、なおかつ好感度が下り坂な調子らしい。


「それで二人で何の話をしていたんだ? 恋バナか?」

「……そなたはマヌケか。そんな訳がないだろう!」


 ヒミコが虫けらを見るような冷めた目線を僕に向ける。

 いやー、いくら冷めてるとはいえ、冷酷にも程があるな。


「エンマ大王殿は私が持っている鏡が欲しいと言っておるのだ。これはそなたがくれた大切な物なのに……」

「だからさっきから断りを入れているのだが……」

「なるほど。否応なしでも奪う作戦か」


 ヒミコが胸にある円盤の大きな鏡を大切に抱えながら、不服そうな顔をちらつかす。


「いかにも。その鏡は我輩が所有していた過去の遺産での。所有権は我輩にあるのじゃよ」

「だからこの鏡はサキタラシがくれたプレゼントであって、さっきから断っているだろう?」

「いや、駄目じゃ。それはどうみてもいにしえの遺産であり、ただの鏡ではないから、余計にのお」

「その鏡は人の心を狂わせる。文明のないこの村では太陽の光を反射することで有無を言わさず太陽の巫女と思わせてるのじゃ。お嬢が村長の地位まで上りつめたのも、その鏡があってからのことじゃ」


 つまりヒミコが村長になり、太陽の巫女になれたのも鏡の力のせいだったのか?

 入手先は謎だったが、僕は何て物を彼女にあげたのだろう……。


「もし渡せぬと言ったらどうするつもりなのかの?」

「その時は力ずくでも奪い取ってみせよう。そのためにこのように我輩の従える騎士を大勢つれてきたんじゃからな」


 そうか、抜き打ち調査と言っても、初めから鏡が目的な意味のある行動だったのか。


「ほほほっ、ヒミコ嬢よ。ここで朽ちるか。大人しく鏡を差し出すか? 答えはどちらかしかないぞい?」

「いや、問答無用で断る!」

「サ、サキタラシ!? 何のつもりか?」

「いや、愛する者くらい僕に守らせてよ」

「……サキタラシ、そなたが私を……!?」


 僕は色恋に鈍いヒミコの前に出て、彼女の肩を持った。

 するとヒミコが言葉を詰まらせ、僕の行為を案じてそっと華奢な肩を寄せる。


 出会いがどうであれ、今ここで大切な人をこの場所で失ってたまるか。


「エンマ、お前は僕の力により、嫌でもここから逃げ出すはめになる! 命乞いをするなら今のうちだぞ‼」

「ぬかせ、こわっぱが!」


 僕は両対の羽を生やして、エンマを威嚇するが、エンマは特に驚いた表情も見せず、僕の頭めがけて、引き抜いた大剣を振り下ろした──。

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