第20話 無敗の大王と呼ばれる由縁でもあるのじゃよ

 上空に浮かぶ小さな島というか大きなプレハブ小屋のような漂流物。

 それを見据えた所で、サキタラシは急に羽の飛び立つ力を失い、そのままバランスを崩し、島に向かって緩やかに降下する最中だった。


 そういえばこの羽で移動する時は莫大なエネルギーを消費するとか言っていたな。 

 誰の言葉かは思い出せないけど……。


「いやー、それにしても腹が空きすぎて参ったな」


 サキタラシはお腹と背中がくっつきそうな凹んだお腹をさすりながら思い悩む。

 何かおにぎりかパンのような軽食でも持参してくればよかったと……。


****


「あらっ? 例の者が侵入者として、こちらに来たようですわね」

「何じゃと? むむっ。いいペンキ塗りの勝負じゃったのに」


 中央に纏めて何本かのろうそくが灯された六畳ほどの小屋の中。 

 突拍子もない女の知らせに場違いな効果音が鳴り止んだ。 


 ──背中に大剣を装備し、刈り上げた頭には二本の角が生え、鬼のような男が犬歯を光らせる。

 その表情とは裏腹に片手には音の発信源だった携帯ゲームが握られ、いかせん悔しそうな顔だった。


「しかし、そのわりには随分とお早い到着じゃな」

「ええ、前回が丸一日気を失っていたのも関わらず……」

「まあ、勘づかれるのも時間の問題じゃったからな」

「エンマ、ここは私があのナンバー6の相手をしますので」 


 エンマと呼ばれた男が女の前に立ち塞がり女の行く道を遮った。


「いんや、お前さんはここの創造者じゃろ、迂闊に動くでない」

「……ですが」

「まあそんながっかりとした顔をするな。折角せっかくのべっぴんさんが台無しじゃ。ここは我輩に任せておくんじゃ」

「……それにお前さんはいずれ、この世界の神になる存在なんじゃ。同胞たちにはまだ顔を知らせるわけにもいかぬ」

「相変わらずお優しいのですね」

「前の女との経験上じゃ。どんな時でも惚れた女を守り抜くのが、我輩に対しての新しい使命みたいなもんじゃからな」


 エンマが女に背を向けて大剣の柄を握る。 

 女はその大きな背中に無言で手を振っていた。


「早く帰ってきて下さいね。ごちそうをたっぷり作って待っていますので」

「フフッ、今からでもお前さんの料理が食いたくなってきたわい」

「ご武運をお祈りしています」

「お前さんが祈る間も与えんよ。今回も数分で終わらすからのお」


 エンマは大剣を引き抜き、鈍く光る刀剣を構えたまま、両対の黒い羽を羽ばたかせ、吹き抜けの天井から星の煌めく夜空へと飛び出す。

 女は小言を発しながら、エンマの姿が見えなくなっても目を閉じたまま、祈りを捧げていた──。


****


「──んっ……ここは?」


 サキタラシがゆっくりと目を開けると無数の星空が周りに拡がっていた。


 体に当たる固くて冷たい床の手触り。

 僕は平たく磨かれた石の床で気を失っていたようだ。


「おはようさん。ここは地獄みたいなものじゃよ」

「何だって?」

「いいのお、その初々しい反応は。がはははっ!」


 その野太い男の声に僕が慌てて身構えると、男は豪快に笑いながら大剣をこちらに向ける。


「嘘つけ、地獄というものがこんな天空にあるもんか!」

「まあ、普通はそういう発想になるかの。ここは天国と地獄の狭間じゃからの」


 相手の話では地球で命を亡くした魂は一度この場所に降り立ち、眼前にいる男たちに対する裁きを受け、天国、地獄、運が良ければ転生などの道を選ばせるらしい。


「まあ、キミには考える猶予も与えんけどな!」


 残像を残しながら素早く移動する相手にサキタラシは何もできずにその場に立っていた。


 いや、何もではない。

 相手の動きが速すぎての対応ができなかったと言った方が正しいか。


「さらばじゃ、サキタラシ!」

『キイイイーン!』

「なぬっ!?」


 サキタラシの首元に刃が刺さる瞬間、激しい金属音が周囲に響き渡った。


「この固い感触は例のか?」

「ああ、例のアイテムを空気中で見つけたばかりでさ。島に落ちる前にこちらを最優先して良かったよ」

「ほお、あの状況下でそんなドラマがあったとは。キミも中々の器じゃの」


 サキタラシが首に下げていた金のペンダントを胸の前に出す。


「これのお陰でサキタラシとしてのある程度の記憶を取り戻したよ。エンマ大王、お前は僕らの村まで来て何がやりたいんだ?」

「うるさい、このこわっぱめがー!」


 エンマが問答無用に僕に斬りかかる。

 どうやら平和的な話し合いで解決する問題じゃないらしい。


 僕はペンダントを握って目を瞑り、祈りを籠めるとペンダントの名入れが赤い光を帯び始める。


『キイイイーン、カッ!』

「ぬぐっ!?」


 そのまま名入れから出た赤い閃光が収縮してレーザー光線となり、エンマの大きな胸当てを貫き、その光は星の闇と消えていく。

 圧勝というべきか、力の差は歴然だった。


「がはっ!?」


 エンマが両ひざを石畳の床について、大きく咳き込む。


 ペンダントの光線で心臓を貫いたんだ。

 いくら大王でも無事に済むはずじゃない。


「さあ、タイムオーバーだ。エンマとやら。村に来る真の目的とやらを訊かせてもらおうじゃないか」

「グフフ……」

「何がおかしいんだ?」

「……おかしいのはキミじゃ、サキタラシ!」


 エンマが急に立ち上がり、瞬時に僕との間合いを詰め寄る。  

 バカな、致命傷のはずだぞ!?


『グサリッ‼』


 気づいたときにはエンマの大きな剣がサキタラシの体を貫いていた。

 目の前にはニヤケ顔のエンマがいるが、声すらも出てこない。

 喘息のような呼吸からして、この分だと肺もやられたか。


「えらく不満げじゃな。そんなに我輩の意外な行動に不服かの?」


 エンマが穴の空いた胸当てを外すとそこには傷痕はなく、まっ平らで綺麗すぎる胸板が見えていた。


「無傷……だと……?」

「念のためにかみさんに補助魔法などをかけてもらって良かったわい」


 ほっ……補助魔法だと。

 どこのファンタジーの世界なんだよ!?

 サキタラシは息も絶え絶えになりながら、エンマに体を預ける体勢となる。


「ざまはないのお。かみさんに安全な場所から補助魔法と回復魔法をかけてもらってるんじゃ。これぞ我らエンマが無敗の大王と呼ばれる由縁でもあるのじゃよ」

「くっ、この……卑怯もの……」

「まあ、何とでも言うがいい。これから消えゆくキミには関係ない話かも知れんけどの」


「……エ……エンマー‼」

「喧しいわ‼」


 エンマが僕の体に埋まった柄にグイッとねじ込むように力を入れる。


『ザシュッ‼』

「ぐふぁぁぁー!?」


 その拍子に体を突かれたまま、真横に胴切りされ、ついでに片羽さえも奪われた僕はあまりもの苦痛でひれ伏せる。


「残念じゃが、サキタラシ君には天国にも地獄にも行けん。かと言って転生もできぬ、ただのガラクタじゃ」

「さらばじゃ、ナンバー6、サキタラシ」


「──キミも念願の海の藻屑となるがいい」


 エンマが僕の首にかけたネックレスを引きちぎり、僕を星空のある空間へと突き落とす。


「うわああああー!?」


 叫び声を上げながら羽を無くした僕は星の海へと投げ出された。

 この世界の出来事など最初からなかったことにされたように──。


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