第10話 霊視は抜群に良いので、それはバッチリと

 エンマ大王が直々に来る知らせを受けた三日後……。


『エンマ、エンマー♪』

『カツ、カツ、カッ!』


 太陽がてっぺんに昇るお昼過ぎ。

 僕が暮らしているヤマタイこくの集落にて、ほら貝の形をした携帯ラジカセ? から流れる軍歌のようなメロディーに合わせ、無数の革靴による乾いた音が規則正しく鳴り響く。

 

 集落から少し離れた展望の丘からでもはっきりと聞こえるんだ。

 現場はなおさら爆音で、さぞかし騒がしいに違いない。


『エンマ、堕天使の頂点、我がエンマー♪』

『カッ、カッ、カツ!』


 その音に続いて二列に綺麗に整列し、剣を上空に掲げ、鎧を纏った騎士の男たちが行進する。


 一列は約50人、計100人あまりの大行列といったところか。

 丘から情景を見ていた僕はその異様な光景に目を奪われていた。


『エンマ、ああ、我が堕天使の頂点、我らのエンマ大王ー♪』

『エンマー♪』


『カツンッ!』


 ラジカセからのメロディーは止み、列は集落の中心で待っていたヒミコの元でピタリと立ち止まる。 

 やがて一番前にいた鎧の男が一歩出て、剣を地面に下ろし、ヒミコに話を通す。


 僕はそのやり取りの内容を竹筒で作った望遠鏡でさぐる。

 ここからでは詳しい声は聞こえないが、相手の口の仕草を見ていれば大体の内容は伝わる。

 こんなこともあろうかと、独学で読心術の勉強をしていて良かった。


「あなた方がヒミコ嬢ですね?」

左様さようだが、この登場はいささか大袈裟過ぎぬか?」

「いえ、我があるじエンマ大王殿のご命令ですので。家来なら主を護るのは当然のこと」

「しかしな、いくらお偉いさんでもこれは逆に目立つ行為なのでは?」

「いえ、エンマ大王殿の立場上、一人歩きも危ないですし、警護の安全からいって、こういう護りは必須条件かと」


「……おい、貴様。少し黙ってろ」


 行儀よく並んだ列の後ろからドスの効いた低い声がした。


 動きやすさを重視したのか、鎧は最小限で、とびっきり大きな胸当てをした男が騎士の前に出てきた。

 身の丈は大きく中肉で二メートルくらいと大柄である。


 また、背中には背丈ほどの大剣を装備し、刈り上げた頭には二本の角が生えており、鬼のような形相で口からは犬歯がはみ出していた。


「これはこれは、エンマ大王殿?」 

「……我輩がいる前で堂々と話を進めるな。身を潜めた後方にも関わらず、多忙な身のわれ自らがこの隊を率いれ、指揮官を務めているんじゃぞ」

「はっ、申し訳ございませ……」


「消えよ」


『ザシュッ!』

「ぐふっ!?」


 鎧の男の体がエンマ大王が振るった大きな剣で頭から綺麗に両断され、血液が飛散する前にその体がくれないの炎で燃え、一瞬にして灰となる。

 他の騎士の連中も動揺することもなく、殺された鎧の男の存在は瞬く間に闇へと葬られた……。


「仕事中の無駄な私語は慎め。我が隊はただ責務だけを全うするのじゃ」

「……それに我輩は一人歩きが好きなのではない、一人でいる時が一番好きなだけじゃ」


「「「はっ! 了解しました! 偉大なるエンマ大王殿!」」」


 騎士の男たちが一ミリの狂いもないように整列し直し、エンマ大王に大きく敬礼をする。


「ヒミコ嬢、お見苦しい所、大変失礼した。我が家来がご無礼をしたのお」

「いえ、私は気にしておらぬ」

「フフッ、お嬢は相変わらず肝が座っておるな」

「そりゃ、何十年もこの惨劇を目の辺りにすればの。今週は何人殺った?」

「ざっと10人ほどかの。最近は命令に忠実な部下に恵まれきたからのお」

「ふむ。確かにいつもエンマにしては少ない方だな」


 ヒミコがエンマ大王と普通に話をしている所を見て、僕の良心が少しだけ痛む。


 この沸き上がる感情は何だろう。

 僕はエンマ大王相手に妬いているのか?


「それではヒミコ嬢、本題に入ろうかの」

「ええ、例の用件でしたね」


「サキタラシ!」


 いきなり自分の名前を言われ、呼吸が止まりそうになる。 


「サキタラシ! どこにいるのだ?」

「この広場にて待ち合わせのはずだが、お主ならすでにここにいるんじゃろ?」

「別に私はお主には危害を加えないから隠れてないで出てくるのだ!」


 そうか、僕がヒミコにクレナイオオソウゲンへと誘われたのも、この期に一緒にいて僕が警戒しないように思わせるための行為だったのか。


 いくら近場といえ、ヒミコに意味のない旅などない。

 ただの草原でのピクニックデートかと思って気を許し過ぎていた……。


「サキタラシ! この前は草原にて私と仲良く会話を楽しんだではないか!」


 ヒミコのトゲのある話し声が僕の心に容赦なく突き刺さる。

 彼女にとって僕は都合のいいコマに過ぎないのか……。


「……何だ、何の騒ぎだ?」

「……ヒミコ様が何やら叫んでおられる」


 その叫び声が近隣周辺にも響き、周りの村人がぞろぞろとヒミコの元に集まってくる。


「コラッ! 用件もないのに群がるではない、無礼な輩め! 私は村長であり、太陽の巫女でもあるぞ!」


 ヒミコはそんな野次馬たちに眩しく光る手元の手鏡を見せつけた。

 太陽を反射した光りに対し、村人はあまりの眩しさに耐えきれず、目を手で覆う。


「……もういいですよ。ヒミコ嬢」

「ここは我輩にお任せあれ」


 その瞬間、エンマ大王の姿は消えていた。

 いや、正確には気配ごと消したのだ。


「──さあ、見つけましたよ」

「うわっ!?」

「サキタラシ君」


 こうやって正面に回り込み、僕の行く先に現れても分からないように……。


「キミがサキタラシ君で間違いないですよね?」

「……なっ」

「背中に両対の羽を持つサキタラシ君ー?」


 予想外の言葉に僕の動きが止まる。


「……どうしてそんなことまで知ってるんだ?」

「ウフフ。この地獄の門番に分からないことなんてないんじゃよ。アハハハー!」


 僕と同じ丘に立ったエンマ大王が尖った犬歯を光らせながら、豪快に笑う。


「何てね。ほとんどはヒミコ嬢からの情報じゃがな」

「くっ、あのお喋りめ……」

「でもまあ、我輩には見えるのだよ。情報を隠してもキミの羽がくっきりと生えているのが」

「えっ、この羽が見えてる?」


 この羽は普通の人には見えない。

 最近になってその事を知り、安心して暮らしていたのだが……。


「ええ、我輩、霊視れいしは抜群に良いので、それはバッチリと」

「霊視?」

「ああ、キミはこの世界のことわりをまだ知らないままかのお?」


 エンマ大王がその場に腰を下ろして、僕にも座らせるように両手で招いて合図をする。


「別に鳥のように羽をむしって食おうという訳じゃないんで安心するんじゃ。ささっ」


 どうやら僕の羽が欲しいわけではないらしい。

 安堵した僕は、悪意を感じさせない丁寧語な口調のエンマ大王の前に座り込む。


「では分かりやすいようにその羽について、少々噛み砕いてお話しをしようかの……」

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