第10話 霊視は抜群に良いので、それはバッチリと


****


──エンマ大王が直々に来るという、突然の知らせを受けてから三日後……。


『エンマ、エンマー♪』

『カツ、カツ、カッ!』


 ──太陽がてっぺんに昇る、お昼過ぎ。

 僕が暮らしているヤマタイこくの集落にて、ほら貝の形をした携帯ラジカセ? から流れる軍歌のようなメロディーに合わせ、無数の革靴による乾いた音が、規則正しく鳴り響く。

 

 集落から少し離れた、展望の丘からでも、はっきりと聞こえるんだ。

 現場は爆音で、さぞかし騒がしいに違いない。


『エンマ、堕天使の頂点、我がエンマー♪』

『カッ、カッ、カツ!』


 その音に続いて、二列に綺麗に整列し、剣を上空に掲げ、鎧を纏った騎士の男たちが行進する。


 一列は約50人、計100人あまりの大行列といったところか。

 丘から情景を見ていた僕は、その異様な光景に目を奪われていた。


『エンマ、ああ、我が堕天使の頂点、我らのエンマ大王ー♪』

『エンマー♪』


『カツンッ!』


 ラジカセからのメロディーは止み、長い列は集落の中心で待っていたヒミコの元で、ピタリと立ち止まる。 

 やがて一番前にいた鎧の男が一歩出て、剣を地面に下ろし、ヒミコに話を通す。


 僕はそのやり取りの内容を、竹筒で作った望遠鏡でさぐる。

 ここからでは詳しい声は聞こえないが、相手の口の仕草を見ていれば、大体の内容は伝わる。

 こんなこともあろうかと、独学で読心術の勉強をしていて良かった。


「あなた方がヒミコ嬢ですね?」

左様さようだが、この登場はいささか大袈裟おおげさ過ぎぬか?」

「いえ、我があるじ、エンマ大王殿のご命令ですので。家来なら主を護るのは当然のこと」

「しかしな、いくらお偉いさんでも、これは逆に目立つ行為なのではないのか?」

「いえ、エンマ大王殿の立場上、一人歩きも危ないですし、警護の安全を考慮して、こういう護りは必須条件かと」


「……おい、貴様。少し黙ってろ」


 行儀よく並んだ列の後ろから、ドスの効いた低い声がした。


 動きやすさを重視したのか、鎧は最小限で、とびっきり大きな胸当てをした男が騎士の前に出てくる。

 軽装な姿とは裏腹に、鍛え上げた筋肉で引き締まっており、身の丈は二メートルくらいと大柄である。


 また、背中には背丈ほどの大剣を装備し、刈り上げた頭には二本の角が生えており、鬼のような形相で、口からは鋭い犬歯がはみ出していた。


「これはこれは、エンマ大王殿?」 

「……我輩がいる前で、堂々と話を進めるな。身を潜めた後方にも関わらず、多忙な身のわれ自らが、この隊を率いれ、指揮官を務めているんじゃぞ」

「はっ、申し訳ございませ……」


「消えよ」


『ザシュッ!』

「ぐふっ!?」


 鎧の男の体が、エンマ大王が振るった大きな剣で、頭から綺麗に両断された。

 噴き出した血液が飛散する前に、その体がくれないの炎で燃え、一瞬にして灰となる。

 他の騎士の連中も動揺することもなく、殺された鎧の男の存在は、瞬く間に、闇へと葬られた……。


「仕事中の無駄な私語は慎め。我が隊は、ただ責務だけをまっとうするのじゃ」

「……それに勘違いするな。我輩は一人歩きが好きなのではない、一人でいる時が、一番好きなだけじゃ」


『はっ! 了解しました! 偉大なるエンマ大王殿!』


 騎士の男たちが、一ミリの狂いもないように整列し直し、エンマ大王に、大きく敬礼をする。


「ヒミコ嬢、お見苦しい所、大変失礼した。我が家来がご無礼をしたの」

「いえ、私は気にしておらぬ」

「フフッ、お嬢は相変わらず肝が座っておるな」

「そりゃ、何十年も惨劇を目の辺りにすればの。今週は何人殺った?」

「ざっと10人ほどか。最近は命令に忠実な部下に恵まれきたからのお」

「ふむ。確かに、いつもエンマにしては少ない方だな」


 ヒミコがエンマ大王と、普通に話をしている所を見て、僕の良心が少しだけ痛む。


 この沸き上がる感情は何だろう。

 僕は、目の前に突如現れた、エンマ大王相手に妬いているのか?


「それではヒミコ嬢、お喋りもこの辺にして、本題に入ろうか」

「ええ、例の用件でしたね」


「サキタラシ!」


 いきなり自分の名前を言われ、呼吸が止まりそうになる。 


「サキタラシ! どこにいるのだ?」

「この広場にて、待ち合わせのはずだが、お主なら、すでにここにいるんじゃろ?」

「別に私は、お主には危害を加えないから、隠れてないで出てくるのだ!」


 そうか、僕がヒミコに、クレナイオオソウゲンへと誘われたのも、この期に一緒にいて、僕が警戒しないように思わせるための策略だったのか。


 いくら近場といえ、ヒミコに意味のない旅などない。

 ただの草原でのピクニックデートかと思って、気を許し過ぎていた……。


「サキタラシ! この前は草原にて、私と仲良く会話を楽しんだではないか!」


 ヒミコのトゲのある話し声が、僕の心に容赦なく突き刺さる。

 彼女にとって僕は、都合のいいコマに過ぎないのか……。


「……何だ、何の騒ぎだ?」

「……ヒミコ様が何やら叫んでおられる」


 その叫び声が近隣周辺にも響き、周りの村人が、ぞろぞろとヒミコの元に集まってくる。


「コラッ! 用件もないのに群がるではない、無礼な輩め! 私は村長であり、太陽の巫女でもあるぞ!」


 ヒミコはそんな野次馬たちに、眩しく光る手元の手鏡を見せつけた。

 太陽を反射した光りに対し、村人はあまりの眩しさに耐えきれず、目を手で覆う。


「……もういいですよ。ヒミコ嬢」

「ここは我輩にお任せあれ」


 その瞬間、エンマ大王の姿は消えていた。

 いや、正確には気配ごと消したのだ。


「──さあ、見つけましたよ」

「うわっ!?」

「サキタラシ君」


 こうやって正面に回り込み、僕の行く先に現れても分からないように……。


「キミがサキタラシ君で間違いないかの?」

「……なっ」

「背中に両対の羽を持つ、サキタラシ君ー?」


 予想外の言葉に僕の動きが止まる。


「……どうして、そんなことまで知ってるんだ?」

「ウフフ。この地獄の門番に分からないことなんてないんじゃよ。アハハハー!」


 僕と同じ丘に立ったエンマ大王が、尖った犬歯を光らせながら、豪快に笑う。


「何てね。ほとんどはヒミコ嬢からの情報じゃがな」

「くっ、あのお喋りめ……」

「でもまあ、我輩には見えるのだよ。情報を隠しても、キミの羽がくっきりと生えているのが」

「えっ、この羽が見えてる?」


 この羽は普通の人には見えない。

 最近になって、その事を知り、安心して暮らしていたのだが……。


「ええ、我輩、霊視れいしは抜群に良いので、それはバッチリと」

「霊視?」

「ああ、キミはこの世界のことわりを、まだ知らないままかのお?」


 エンマ大王がその場に腰を下ろして、僕にも座らせるように、手招いて合図をする。


「別に鳥のように羽をむしって食おうという訳じゃないんで、安心するんじゃ。ささっ」


 どうやら僕の羽が欲しいわけではないらしい。

 安堵した僕は、悪意を感じさせない丁寧語な口調のエンマ大王の前に座り込む。


「では分かりやすいように、その羽について、少々噛み砕いて、お話しをしようかの……」

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