第52話 こうも絶望的な流れならば、出し惜しみするわけにもいかない

 ──サキタラシは宙を飛躍しながら、大方、最後となるポイントを発見した。


「ここが最終関門の神殿か」


 今までは土に炎やシャボン玉と多用な色付けされた材質だったが、この神殿だけは違う破壊力を彩っていた。

 大きな竜巻が神殿を守るように吹いており、これだと近付いただけでも羽だけじゃなく、服や体もズタズタに引き裂かれるだろう。


「だったら、五月雨五芳星さみだれごぼうせい乱れ突き!」


 ものは試しと女神ウーの技を真っ向からぶつけてみるが、何の反応もない竜巻の檻。


「ならばこれならどうだ。シャーペンオルエッジ!」


 続いて、女神シンから覚えた技で試しても同じ結果で終わる。


「はあ……びくともしない。早くも詰んだかあ……」


 どうやらこの竜巻は女神のお得意な技さえも通用しないらしい。

 僕はたまたまあった宇宙ゴミである劣化したロケットの上に乗り、どうしたものかと思い悩む。


 どこかにカラクリがあるはずなんだ。

 そうでもしないと中の女神も自由に行き来できずに不便だろう。


「まさかICカードをかざさないと入れないというオチじゃないだろうな?」


 僕は手探りで服の裏ポケットにあるCoCoka(ココカ)のカードに触れ、期待を詰めこんだみたいに心を踊らす。

 でも、冷静に考えるとカードの挿入口なんて見当たらないし、不用意にこれを入れた瞬間に竜巻の力でカードが粉々になる最悪なパターンもあるかも……。

 お金さえあれば何枚でも購入できる食券ではないのだから……。


 ……と言うか、食券なら、いちいち券を買わず、問題があれば、また作り直してもらえばいいじゃないか。

 その方が現実味があり、時間短縮にもなるからだ。


「この包囲網を突破できたら深裕紀みゆきと食事にでも行きたい気分だぜ……」

『お主は私を差し置いて、その娘とやらに惚れているのか?』

「ああ、深裕紀が持ってきた水の入ったグラスに惚れ薬が混入されていてな……って、ヒミコ!?」


 頭の隅から伝わってくる少し怒った口調なヒミコのテレパシー。

 相手はエンマ軍との戦乱のさながら、僕のひとりごとをずっと聞いていたのか?


『だったら私もその薬をお主に飲ませれば万事解決というわけか』

「ヒミコさーん、お気を確かに。誘拐と拉致は一種の犯罪行為ですよー!!」


 ついでに盗聴も合わせれば、三点セットで独房で美味しくもないご飯が食べれる特典付きでーす! とそこまでは流石さすがに酷すぎて言えない。


「それに惚れ薬は例え話だから」

『何じゃ、つまらんの。浮気者の分際で』


 嫉妬深いヒミコはちょっとしたことでも根を持つことがよーく分かった。

 これからは関心があってもなくても心の安全な距離感を保とう。


「その件はもういいから。僕にテレパシーを送ってきたのはこのピンチな状況を知ってのことだろ?」

『おお、そうだったな』


 この人は何をしに僕に念話を飛ばしてるのだろうか?

 LINAでもあるまいし、女の子は謎が多い。


『例の鉄剣、草那芸之大刀くさなぎのたちは持っているな?』

「ああ、肌身離さずな」

『その剣でなら、この程度の竜巻くらいは切り払える』

「なるほどな。しずくらしいマニュアル設定だな」


 ドラゴンの長とも呼べる鋼鉄の肌、ヤマタノオロチに的確なダメージをあたえ、それ相応に戦える剣なんだ。

 竜巻くらい切り裂けなきゃ、存在価値がない……。


『──私からの助言は以上じゃ。またエンマ軍との争いが始まるのでな』

「あのー、ヒミコさんって暇人なんですかー?」

『そんなわけないじゃろ。お主のピンチを悟ってテレパシーを使っただけだ』

「そういう携帯ごっこをやられてもね……」

『ごっこではない。私はいつでも真剣だ!』


 いや、ヒミコ、ごっこ抜きにしても、十分に暇をもて余してる感満載なんですけど。

 僕は何とかそんな感情がぶれないよう、柄から大剣を引き抜いた。


『さあ、スイカ割りのようにスパンといくが良い』

「いいから、はよ現場に戻れ」


 ヒミコよ、この緊迫した空気を見事にぶち壊したな。

 後片付けにも一苦労だよ。


『うぐぐ。そうまで急かされると……』

「おい、それだと僕が悪者みたいだろ?」


 これから僕は世界を救う神になるんだ。

 些細なことで怒っても無駄な時間の浪費だ。


『事実だろ、女タラシ』

「僕の名前はサキタラシだ!!」

『アハハ‼ すまん。反応も真面目なんだなってw』

「僕の名前で遊ぶのは止してよ」

『ああ、私も口が悪かった。またな……』

「おう!」


 ヒミコとの会話を終え、草那芸之大刀くさなぎのたちを上段の構えに持ち替え、眼前にある竜巻を上から斬りつける。


 その一太刀により、竜巻は二つに割れ、中の神殿の風景があらわになった。


「──へえ、なーる。力押しで来たか」


 神殿には銀色の髪に黄色い輪っかを着け、白いワンピドレスな美人さんが腰に両手を当て、口を弧の字に曲げる。


「結構やるじゃないの。今度の神様候補も」


 手を当てている腰に違和感があり、よく観察すると二倍の腕が添えてあった。

 今度の女神は4本の腕を持っていたのだ。


「だけど、ただでこの中に入れるわけにはいかないわよ」

「……主よ、わたくしめをお守り下さいませ」


 その女神が4本の腕を胸の前で器用に十字に描くと、目の前に四つの小さな竜巻の固まりが手のひらから踊り出る。

 その竜巻を一つに集めて、女神は首元の十字架の飾りを握った。


 何かしらと第三者の目を気にしながらも、丁寧なお祈りの仕草をして仕掛けてくる女神。

 彼女は何らかの宗教の信者なのだろうか?


「さようなら、英雄気取りのボウヤちゃん」


 ボウヤは余計な一言だが、若く見られるのも中々の高揚した気分だな。


『トルネードスピンシャッター!』


 剣で切り裂いた竜巻が元の勢いに戻り、再び、神殿は竜巻によって守られた形になる。


「……くっ、ふりだしに逆戻りか」


 この身に受ける強烈な風圧を大剣で防ぎながらも、何とか耐えしのいだサキタラシは次なる手を考えるよりか早く、更なる策を打っていた。


「……と見せかけて!」

「食らえ、シャーペンオルエッジプラスレッドティーチャー!」


 僕はシンのとっておきの必殺技を発動させる。

 本音では奥の手は最後まで隠しておくつもりだったが、こうも絶望的な流れならば、逆に出し惜しみするわけにもいかない。


 もうあんなにも愛する人が遠くに旅立った切ない想いはしたくない。

 何としてもこの世界のヒミコを助け、現実世界の深裕紀との繋ぎを断ち切らないために……。


「くうっ……!」

「疾風で腕が持っていかれそうだ……!」


 剣が竜巻で弾かれようとする瞬間、僕は剣を風の中にねじり込み、もう一つの技を発動する。


「シャーペンオルエッジからの……五月雨五芳星さみだれごぼうせい乱れ突き!」


 二つの技同士がぶつかり合い、サキタラシが振るった大剣は竜巻の風景を完膚かんぷなきまでになぎ払う。

 竜巻は跡形も無くなり、美しい星空の背景を久々に見た感じがした。


「ほお。力業とはいえ、わたくしめの結界を完全に破るとかやるじゃん」


 祭壇でのんびりとあぐらをかいていた女神は大して驚きもせず、大きなおにぎりを食べている最中であった。


「──わたくしめの名前はイエジ・ギリスト」


 主食を食べ終えたイエジが上着と同色である純白のロングスカートを指で摘まみ、礼儀正しくお辞儀をする。


 女神と言えど、れっきとした温室育ちか。

 どこかで聞いたような名前だけど、まさかな……。


「このわたくしめの姿を見て、生きて帰れたのはあの地獄の猛者もさ一人だけ」

「ボウヤはどうなるのかしらー?」


 イエジが興味深そうに僕を挑発してくる。 

 幾度ものタイムリープの勘から、その手には乗らないけどな。


「どうなるかじゃない。ここでお前さんを倒すまでだ!」

「へー、随分と活きがいいわね。そういう強引な誘いも悪くないわね」


 僕は海で釣られた魚であり、イエジにとっては遊びなのか?

 ただ者じゃないオーラが見栄隠れしているけど……。


「じゃあ、お姉さんがじっくりと遊んであげるわ。可愛らしいボウヤ」


 己の欲求を満たすべく、唇をペロリと舐めたイエジがまばたきをした瞬間に急接近する。

 僕はあまりものイエジのスピードに何もできずにいた。


 ヤバい、このままだと永遠の闇に葬られる!

 サキタラシは本能的に、あの鏡をイエジへと向けていた……。

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