第50話 戦場で敵前逃亡の方が余計にみっともないですわよ

 女神ズイを倒したサキタラシは次の目的地を探して空を移動する中、やたらと明るい島を目の当たりにする。

 その明るさは光ではなく、燃え盛る炎であり、その場の神殿を燃やしているようだった。


「大変だ。急いで消さないと……と言いたい所だけど……」


 サキタラシは一旦、冷静に考えを纏める。

 普通、宇宙空間には酸素というものがないはずのに、こんなにも神殿は激しく燃えているからだ。


 それに対象物は石の柱、燃やそうとなれば石はすすにより黒い材質に変化するはず……。

 何もかも矛盾してる景色にサキタラシは炎の柱にそっと手のひらをつける。


「思ってた通りだな」


 炎の柱には従来の石の冷たさがあり、不思議と熱さは感じない。


 周りの炎を触っても火傷すらしない。

 まるで炎の絵柄のカーテンを摘まんだような感触だ。


「これはこの神殿を治める女神の仕業なのか?」

『──ごもっともですわ』


 炎の神殿の奥から女の子の声がする。

 いや、直接、僕の頭に話しかけてるような……?


「むっ、どこから話しかけてるんだ?」

『女神のチートスキルとも呼べる一種のテレパシーみたいな能力ですわよ。そうですね。まずは、お会いしませんと理解できないですよね』


 今度の女神は、わりと常識人の部類か?

 これで可愛かったら、余計に僕の心が燃えるよな。


 いや、年中発情したウサギか僕は……。

 こんなナンパ野郎なことが深裕紀みゆきに知れたら、文句を言う間もなく、プロレス技を決められる。

 女の敵、永遠のタラシーめ、だから名前サキタラシにしたんだなって……。


『そこから右に曲がった正面玄関からお入りください』

「ああ、すまないな」


 宙を移動しながら、炎がついてない神殿のゲートに入ると、別に部屋は暑くなく快適で、中央には見たことのある女性が腕を組んで立っていた。


「えっ、君は紫四花しよかか? どうやってこの世界に来たんだ?」

「はい。妹の梨華未りかみからの誘いで、つい……」


 ツインテールの栗色な髪に、いつもと変わらずおっとりとした物腰である紫四花。

 声も顔つきも一緒だけに同一人物かと把握に追われるサキタラシだったが……。


「でも現実世界の紫四花は、梨華未や執事を家族のように大切にしてたし、こんな手のかかる派手な演出とかはしないはずなんだよな」

「フフッ。わたくしのことをよく見てるのですね」


「……じゃあ、尚更なおさら、遠慮なくいけますわね」


『ズササササ!』

「ぐわっ!?」


 紫四花がグッと間合いをつめ、細い刀身の嵐を僕の体に突き刺す。


「五連打の、いえ、通称わたくし流の必殺技、五月雨五芳星さみだれごぼうせい乱れ突きでしょうか」


 あまりにも素早い技のせいか、鋭い切っ先の長剣には血すらも付いていない。

 苦痛な顔のサキタラシは胸を押さえたまま、石の床に自身の体を滑らす。


「何だかんだで一瞬で勝敗が付きましたね。ズイから会得した能力も出せないままで終わるなんて……憐れですわ」

「……どのみち、ただの体力馬鹿には、神になれる力はないのですよ」


 紫四花が、そのレイピアを見えない鞘に納め、地に伏せたサキタラシを残して、その場を去る。


「……おい、待て。まだ終わってないぞ」


 僕は何事もなく立ち上がり、胸の袖から元から半月に割れた鏡を傍らにそっと置く。

 鏡自体は割れてはいないが、鏡とは反対側の銅の部分に少しだけ凹凸ができていた。


「お前さんの攻撃が精密に胸を狙ってくれて良かったよ。もし胸から少しでもずれてたら蜂の巣だった」

「へえ、鏡の板で攻撃を防いだと。見かけによらず賢いのですね。それなら相手にとって不足はありませんわ」


 服に付いた砂埃を手で払い、僕は片手で紫四花を誘い込み、できるだけ上半身を前に出す。


 あの剣の技は手強いけど、その発動後の隙も大きい。

 いつでも避けれて反撃が出来るように、こうやって構えておけば何とかいけるはず。


「一つだけ質問してもいいか?」

「ええ、何なりと」

「君は紫四花じゃなくて、女神であって、例のクローン……いや、ニセ紫四花と名乗った方がいいのか?」

「そうですが、クローンのわたくしにもというちゃんとした名前があるのですよ」

「はあ……。本当、あの女神はネーミングのセンスも欠片もないな……」


 犬か猫の名前が由来なのかは不明だが、相手が紫四花じゃないのなら、こちらからも手が出しやすい。

 僕は右手と左足を出して、微動だにせずに通信講座で学んだ拳法らしき構えをとる。


「フフッ。迂闊に何も出来ないからカウンターで撃退ときましたか。いい心がけですね」

「その心構え、いいでしょう。これであなたを地獄の谷へ落とせますね」


 ウーが見えない鞘から何かを抜き出すと、その剣が徐々にレイピアというものをかたどる。


 どういう仕組みかは謎だが、鞘から抜くと肉眼で見えるようになる剣か。

 でも、一度そのカラクリを知った以上、黙ってやられる僕じゃない。

 深裕紀、元気の玉じゃないけれど、僕に力を貸してくれ。


「いきますわよ!」


 ウーが全身をバネのようにして僕の間合いに飛び込んできた。


 秒数にして十秒くらいだろう。

 僕はウーの特攻をヒラリと蝶の舞いによる動きで軽く後方へ下がる。


「フフッ。逃げても無駄ですよ。この五月雨は一度捕らえた獲物は外しません」

「それが例え、死角になる後ろ側であろうとも」


 ウーが素早く振り向き、剣の狙いを僕の方向へと的確に定めてくる。


「必殺、五月雨五芳星乱れ突き!」

『ズササササ!』


 サキタラシの体がウーによるレイピアの必殺技で大きく貫かれる。

 ターゲットの服はボロボロになり、誰が見ても致命傷の攻撃だった。


「──僕の目線以外はな!」


 ウーの後ろの地面にある鏡から、その身を現すサキタラシ。

 攻撃を受けたと思われたサキタラシは鏡に写った残像だったのだ。


「なっ!? 鏡からの屈折ですか?」

「ああ。その力、惜しいよな。仮にも女神なら、鏡を置いた時点から気付かないと」


 中学生でも知ってる行動が読めなかった情けないウー。

 これなら前回のズイとの戦いの方が歯応えがあったのに……。


「せいっ!」

「ぎゃは!?」


 僕は急接近し、がら空きなウーの身体に大きな突きを繰り出す。

 技の使用後の膠着により、動けなかったウーは突きを腹に受けて、痛々しい悲鳴を漏らし、固い床へと体勢を崩していった……。


****


「くうぅ。このわたくしがあっさりと敗れるとは……」


 地面に仰向けになったウーが悔しそうに星空に語りかける。

 僕はすぐ横に座っているのだが、ウーは、もう体も動かせないほど、深いダメージを負っているのだろう。 


「僕としては非常に戦いにくいんだよね。相手は神でも女の子だし」

「そうですか。至らぬ気を遣わせてしまいましたね」


 本来なら骨が折れてもおかしくない攻撃だったが、僕はあえて手加減した力でウーをダウンさせた。

 それでも思った判断とは違い、内臓を痛めてしまったせいか、このように寝転がったままの会話なウーである。


「まあ、サキタラシ君のような誠実な人が神になるのでしたら、何も心配は入りませんね……」


 ウーが苦しそうに呼吸しながら、首だけを動かし、安心しきった目線で僕を見つめる。


「ウー、本当にごめん」

「何を言いますの。戦場で敵前逃亡の方が余計にみっともないですわよ」

「そうだけどさ、痛々しくてさ」

「……あなたは相手が女の子だとしても対等に向き合って戦ってくれた。これ以上に嬉しいことはありませんわ」


 ウーが胸の間に入れていた紐を引っ張ると、そこから鎖だけのネックレスが飛び出てくる。

 サキタラシは無言でその神器、ロケットペンダントを受け取った。


「さあ、もう行って下さい。あなたはズイとわたくしを倒して二つの力と片割れの神器を手に入れた。もうここにとどまる必要はありませんわ」

「二つの力って?」

「本当に無知なのですね。しずくから何も聞かされてないのですね。しょうがないですね」

「実は……あぐっ!?」

「ウー? おいっ!」


 何度も呼び起こしてもウーからの反応がない。

 ウーの目に輝きが無くなり、腹に深く刺さったレイピアが命の灯火が消えたことを表していた。 


 なぜ、ウーが抜刀したわけでもないのに、持ち主の武器が刺さっているのか?

 新たなテレパシーの相手も気になるが、色々と謎が多い死因でもあった。


『──サキタラシよ。そんな亡骸など放っておけ。私は待ってる。早く水の神殿に来るのだ』

「お前は誰だ! 僕の頭に話しかけて何のつもりだ!」


 第三者からのテレパシーにサキタラシは大きな声で反論する。


『水の女神、シンという者だ。覚えておけ』

「なっ、仲間の命を平気で奪って、その偉そうな態度は何だよ‼」

『……待ってるぞ』

「おい! 人の話を最後まで聞けよ!」

「おいっ!」


 僕がいくら腹立たしく声を上げても、それっきり、女神シンからの声は聞こえなくなった……。


 ──僕は目覚めない眠りについたウーの両手を握り、彼女を優しく供養した。

 気絶した女神ズイの末路と同じく、段々と体が透明になり、空気と同化するまでずっと……。

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