第41話 三人の兄弟

 砂漠の上を沢山の馬車や馬が列を成し、滑る様に駆けていく。サンサンと刺す様に照り付ける太陽にも物ともせず、黒い影を砂漠の山々に落としてゆくその一行は、ファメールの魔術により、空を駆けていた。

 文字通り滑る様に駆けていっているのだ。

 太陽の日差しも魔法障壁で防がれて、甲冑を身に纏っていても快適だった。スラーの護衛達が何と素晴らしい魔術だと称賛の声を上げる中、「僕は暑いのが嫌いだもの」と、ツンと眉を吊り上げてファメールはつまらなそうに言った。

 心の中では砂漠の国にそんな甲冑を着込んで来るなんて気が触れたとしか思えない、などと考えながらも、魔術を無駄遣いさせる為の策略でもあるのかとも考えた。いずれにせよ、騎士団団長のレアンも側に居る。これほどに心強いパートナーは他には居ないし、いざとなればアルカにもすぐに連絡が取れるようにしてあるのだから問題無いだろう。

 アルカの作った世界で、アルカに適う者などいるはずが無いのだから。


 スラーの護衛も、外交顧問に扮しているリタ女王も人間である以上、戦力的にも魔族に適うはずもなく、むしろ危険を感じているのはスラーの方だろう。争う理由も無ければ得もないのだ。


 里桜はというと、(今頃アルカとエルティナさんはデートをしているんだろうな……)と、不安に思いながら窓の外を眺めていた。

 昨夜のアルカとのキスは想いが通じ合ったと思って良かったのだろうか。言葉にすることを恐れて微笑みを浮かべただけで別れたので、どうにもハッキリしないままだ。

 ただ……と、里桜は頬を染めた。不意打ちの様なキスでは無く、互いに瞳を閉じてアルカの答えを待ちそれに応えてくれた。思い出しただけで胸が熱くなり、幸せな気持ちになる。これが『恋』というものなのかと、浸る様に深いため息を吐いた。


「……キミは、見ていて飽きないね。怒ったり笑ったり赤くなったりと忙しい。アルカの事でも考えているのかい?」


向かい合って馬車の中に座っていたファメールが、ため息交じりに里桜に声を掛けた。ズバリと言い当てられて言葉を失い真っ赤になった里桜に、ファメールはフッと笑った。


「正解か。分かりやすいね」

「ファメールさんは読心術でも使えるの?」

「まさか。キミが分かりやす過ぎるだけさ」


そうかなぁ……と、苦笑いを浮かべる里桜に、ファメールは微笑んだ。


「リオ、ムアンドゥルガとアシェントリアは対比すると面白いと思わないかい?」


ファメールは馬車の外に視線を向けて眩しそうに眉を顰めながらそう言った。


「面白い?」


小首を傾げた里桜に頷くと、「アシェントリアには砂漠と鉄が無いのはどうしてだろうか」と、ふっと笑った。


「国を形成した者の好みなんだろうね。キミ、暑いの嫌いだろう?」

「……うん。嫌い」

「やっぱりね。刃物が苦手だから、鉄も取れない」

「鉄って、刃物以外にも使うよね。なんだか単純なのね、私」

「ムアンドゥルガには厳しい階級制や奴隷も居ないけれど、アシェントリアには存在する。キミはそれだけ法や秩序の整った世界で生活していたという事なのだろうね」

「そんなに意識したことは無いかも。まだ学生だし」


 そう考えて、里桜は自分の中にある世界はこうあるべきの考え方が、恐ろしい程に自分が苦手とする世界と一致しているのではと思った。

 アシェントリアの男尊女卑、奴隷制度。そして堅苦しい貴族階級制、宗教染みた女王崇拝。

 それに比べてアルカの考える国の自由な事といったら……。

 魔族の女性は皆強いし、使用人だろうと主人に遜るわけでもなく、各々がたまたまそういう仕事だというだけの尊重された個々。

 魔族の階級は危害を加えようとさえしなければ全く何のことも無い。当然奴隷制度も無いのだから、しがらみ無く生きる事ができると言えるだろう。


「偏屈なのかな。私の考える国の在り方って、悪い意味で現実に近くて嫌な感じ」

「アルカは……僕やレアンもそうだけれど、現実世界では孤児だったらしいんだよ」

「えっ……」


里桜の驚いた顔にファメールは微笑んで頷いた。


「当然、僕やレアンはそんな記憶なんか無いんだけれどね。僕達はまがい物の存在だもの。アルカから聞いたのさ……孤児だから、アシェントリアのような階級制に対して尚更に嫌悪感を抱いていたんだと思う。子への虐待、性的暴行。そんなのが日常茶飯事な世界だったとアルカは話していたよ」


 ファメールはすっと窓の外へと視線を向けると、ゆっくりと話しを続けた。


「アルカの居た国は移民も多かったらしい。その中には当然孤児も多くて、戦争なんかで親を亡くした子の受け入れも積極的な国だったらしいよ。

 アルカもそのうちの一人。つまり、移民だった様だ。孤児院から里親に引き取られた時に、僕やレアンと出会ったのだとか。

 だから、僕達三人は瞳の色なんかもてんでバラバラ。兄弟というには余りに不自然さ。現に、この世界でも全然似てないだろう?

 僕達3人が最終的にいきついたその里親はかなり裕福な家だったみたいでね。僕達の中から優秀な子を養子に貰おうと考えていたんだって。まあ、それには真っ先に僕が選ばれたらしいんだけれど」


 ファメールは「まあ、鉱山につくまでの時間つぶしさ。アルカの事を聞きたそうだったから」と付け加えて、肩を竦めた。


 ————ある日の事だ。


『十六歳になったしさ、オレ、家を出ることにしたよ。二人とも、元気でな』


 アルカは現実世界では『カイン』という名らしい。カインは僕とレアンにそう言って里親の家を出た。

 現実世界の僕達は孤児だったから出生届も無く本当の年齢もよくわからない。恐らく僕が一番年上だろうとは言われていたけれど——実の親から相当な酷い虐待を受けていた僕は、その裕福な家庭に養子に貰われるまで、食事をまともに与えて貰えない時期もあり、体中に切り傷や青あざだらけだったらしい。

 レアンは恐らく僕の次。体格は良かったけれど、彼は戦争孤児で爆弾か何かの影響で片耳が不自由だったので、口数の少ない大人しい子だったんだとか。

 本来なら末っ子はカインなんだろう。けれど、僕達3人は同じ歳として扱われていて、一番元気なカインがそのまとめ役として兄弟の長になっていた。

 カインが家を出た後、養父は何故か考えを改めたらしく、レアンも一緒に養子に迎え入れた。

 僕とレアンは大学に通い、勉学に励んだ。カインが家を出た先でどんな状況に遭ったのかを知りもしないでね。

 カインが家を出て四年後、国が他国に大規模な空爆作戦を行ったんだって。なんでも、宗教の違いなのかなんなのか、武装組織に大打撃を与える為の正義の鉄槌だとかなんだとか、よくわからないけれど……。

 僕やレアンはその頃には大学に行っていたのだとか。僕は大学に通いながら、なにやら仕事もしていたみたいだけれど、カインは詳しくは知らないらしい。

 その日、カインは僕とレアンに珍しく手紙をくれて、久しぶりに三人で会う事になった。なにやら音楽のコンサートチケットを予約したのだとかで、僕とレアンは先に劇場で待っていて、時間にルーズなカインが少し遅れて来た様だった。

 久々の再開はぎこちのないものだったらしい。それは、カインが軍の鞄を持っていたからだ。

 カインは僕達に例の空爆作戦に自分も参加していた事を告げた。僕とレアンはそれなりに高価な服装に身を包んでいて、僕だけではなく、レアンも養子に貰われていた事を知って、カインは複雑な気分だったようだよ。

 劇場内で音楽を聴いている様で、三人とも実のところ全く聞こえていなかったんじゃないかな。もう出ようか……と、カインが言いかけた時、事件は起こった。

 甲高い音が何度も鳴り響き、武装した集団が押し入って来た。

 カインにはその甲高い音に聞き覚えがあったので、咄嗟に身を低くし、僕とレアンを庇おうとしたけれど、レアンに手が届かなかった。

 片耳が不自由なレアンは彼自身も反応が遅れ、体を撃ち抜かれて動かなくなったようだよ。

 緊迫した空気の中、時間の流れは嫌に遅く感じたけれど、動かなくなったレアンを当然諦めきれるわけもなく、僕とカインは隙を見つけてどうにかして逃げ出せないかずっと考えていた。

 カインは、『何故神はレアンではなく自分を選ばなかったのか』なんて思っていたらしいけれど。

 劇場にいた観客達はレアンも含めて多くの人達がすでにこと切れていて、劇場の外に到着した国の部隊達に気づいた武装集団は更に殺気が高まっていた。


『……ごめん』


カインは僕にそういった。


『オレが死ねば良かったんだ』


 その時、劇場内が再び騒然とした。警察隊が突入したんだとカインは察し、僕を守るべく身を挺して覆いかぶさろうとした。

 けれど、僕はそんなカインから逃れて、逆にカインを庇って自らの体を銃弾の前へと晒した。

 カインは、悲鳴を上げた。撃ち抜かれた僕の体を貫通した銃弾は、カインの体にも小さくはじけ深くいくつも突き刺さった。

 カインの右手と左足が撃たれて砕け散り、凄まじい痛みで気が遠くなりそうだったと言っていたよ。


 ——ファメールはふっと小さく笑い、里桜を見た。


「アルカはね、どうして僕がアルカを庇おうとしたのか理解できないと言ったけれど、僕にはわかるんだ。僕はきっとこう思ったんだ」


 ファメールはすっと瞳を閉じた。


「『懺悔ざんげしたいのは僕の方さ。僕は、自分だけ養子に選ばれて嬉しかった。あまつさえキミの気持ちも考えず今日こうして三人で顔を合わせた。これは僕に対する報いさ』ってね」


 涙を零す里桜の頬に優しく触れ、「キミが泣くことじゃない」とファメールは親指でその涙を拭った。


「全く、バカだよアルカは。そんな事でこんな世界を作り上げちゃうんだからね。よっぽどな思いの強さなのか何なのか」


嫌に明るく笑いながらファメールが言うので、里桜は不思議そうにファメールを見つめた。


「ファメールさん、嬉しいの?」


ファメールは少しだけ困った様に眉を寄せながら微笑んで頷いた。


「……うん。僕は今のこの世界を気に入っているからね。現実世界の凄惨さを聞いているから尚更にね。そういう意味では、アルカにはお礼を言わなくっちゃね」


 そんな話を聞いては、とてもではないが里桜は増々現実世界に戻る気にはなれないと思って、ファメールの魂胆に今更ながら気づいて憎らしく思った。


「あれ? 不満気な顔。なにさ?」


飄々ひょうひょうとした調子で束ねた灰色の髪を後ろへ追いやりながら、ファメールはそう言った。


「ファメールさんたらずるいなぁ……」

「うん。そうだね」


ニッコリと微笑むファメールに、里桜はため息をついた。


「今の話を聞いて、アルカと私が現実世界での接点が無い事は分かった。日本でそんな話、聞いた事無いもの」

「日本、か。そうか。キミの国の名前だったね」

「兄上、そろそろ到着します」


馬車に馬を並走させてレアンがそう声を掛けたので、二人は馬車の中から返事をした。


「リオ、昨日はあまり眠れなかったのでは? 体調は大丈夫ですか?」


気遣うように優しいマリンブルーの瞳を向けるレアンに、里桜は「全然元気だよ」と、微笑んだ。


「兄上もあまりご無理をなさらないように」


ファメールが片眉を吊り上げて意地悪そうな笑みを浮かべたので、里桜は嫌な予感がして構えた。


「大丈夫さ。倒れたらまたリオに添い寝して介抱して貰うから」

「違うでしょ!! 眠っちゃっただけじゃないっ!」


 やっぱり変な事言うんだからっ! と、頬を膨らませた里桜を、ファメールは優しく見つめて微笑んだ。

 レアンはムッとしたように唇をへの字に曲げて、「兄上相手にも警戒が必要な様ですね」と、ため息交じりに言った。


「私ね、アルカから『今度四人で出かけよう』って言われたの。兄弟三人仲良しなはずなのに、肝心な会話が少なかったんじゃない? お出かけして、気分転換しながら話そうよ」

「……まあ、アルカが逃げ回って城に寄り付かなかったしね」

「この外交が終われば一旦落ち着くでしょうし、いいかもしれませんね」

「僕は落ち着かないけれど……でも、まあいいか。リオが手伝ってくれれば捗るし」


ふっと微笑むファメールに「勿論手伝うよ!」と、里桜は頷いた。


「ピクニックとかいいかも。そうだ! 夢現逃花のお花畑に皆で行くのはどうかな?」

「ああ。アルカ臭いところか」


ファメールの言葉に里桜は笑った。


「まあ、いいんじゃないの?」

「やった! わぁ、楽しみっ!」

「リオ、できれば、あの……」


 レアンが申し訳無さそうにしながら意を決して「リオの焼いた菓子があると嬉しいのですが!」と言ったので、「任せて!」と頷いた。


「そういえば、僕も食べてないな。美味しいらしいじゃないか」

「ええ。かなり!」

「えー! ちょっと、あまり期待されると困るよ」


 皆でピクニックだなんて、楽しそう! と、里桜は何のお菓子を焼こうかなとウキウキと想像した。そんな里桜の様子を見つめながら、レアンも楽しみになり、ファメールも満更じゃなさそうに微笑んだ。


「約束ね!」


 夢現逃花の咲き乱れる花畑で、皆で楽しく過ごす時間は、きっと素晴らしく素敵な思い出になることだろう。胸の内に秘めてずっと話せずにいたことを打ち明ければ、今まで以上に兄弟の絆も深まるに違いない。

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