第6話 金色の瞳の魔術師

 血まみれのフローリングの上に横たわる母親の無残な亡骸を見つめながら、里桜は呆然とした。


 どうして? お母さん、だから昨夜早く寝ようって、酔っぱらってるお父さんなんか放っといて、早く寝ようって言ったじゃない。それなのに、どうして? 私、止められなかったんだ。私のせいで……


私のせいで、お母さんは……


 眠りこける父親を見て、その手に握られている包丁を里桜は見つめた。


 お父さん、昔はあんなに優しかったのに。仕事が忙しくても、私の誕生日には必ず時間を取って、とびきりのサプライズを用意してくれた。笑い声が煩い程大きい人で、お母さんとも時々喧嘩することはあったけれど仲良しだった。とっても尊敬していたのに、どうして?


 どうして……?


……私、考えてみたらお母さんを庇ってばっかりだった。お父さん、寂しかったのかな……?


私のせいで、お父さんは……


二人とも、私のせいで……


私のせいで。私のせいで。私のせいで。私のせいで。私の……


 呆然としている里桜の手首が力任せに引かれた。生暖かい息が首筋に吹きかかる。


「叔父さん……っ!」


 里桜は悲鳴を上げた。喉が張り裂ける程に叫び、その手を振りほどこうと必死になって暴れた。

 男性という生き物は何と恐ろしいのだろうか。自分の妻を殺し、姪を襲おうとする。女性は力では到底敵わないということを知りながら、暴力でねじ伏せようとする、恐怖の対象……。


「嫌だ!! 助けて、誰か助けてっ!!」


 フワリと香木の様な甘い香りに包まれて、灰色の髪と瞳の男性が里桜を抱きしめていた。


「リオ。大丈夫。オレが守ってやる。だから、安心して」



「……アルカ」

「悪いね。アルカじゃなくって」


 凛とした声にハッとして里桜は瞳を開けた。目の前に金色の瞳をした、アルカと同じ灰色の髪の者が苦笑いを浮かべており、里桜はその衣服をぎゅっと握り締めていた事に気づいて慌てて手を離した。


「ごめんなさい!」

「あーあ、服をしわにしてくれちゃって。まったく……」


 里桜に掴まれていた衣服の皺を手で払う彼に、里桜は小さくなり、再び「ごめんなさい」と謝った。レアンがすまなそうに二人の間に割って入ってきて、里桜の額に優しく触れた。


「少し熱が有り心配していました」

「いえ……。あの、ごめんなさい。私、眠っちゃっていたんだね」


 辺りを見回すと、そこは石造りの室内で、床には柔らかそうなカーペットが敷かれ、シンプルながらも高価そうな家具が配置されていた。どうやらここはレアンの邸宅の一室らしい。


「庭で気を失ったので部屋に運びました。気分は大丈夫ですか?」

「大丈夫です。すみません、ご迷惑をお掛けしてしまったみたい」


シュンとする里桜に、レアンは首を左右に振って「いいえ」と優しく微笑んだ。


「リオ、紹介します。こちらは私の兄上で……」

「キミが『リオ』か。思ったよりもずっと小さいんだね」


 ファメールは名乗らずに里桜を見定めるように上から下まで眺めた。


 歳は十四、五位。痩せこけてひ弱そうな体のせいで尚更に幼く見えるのかもしれないけれど、大した誤差は無いだろう。魔力量は……やれやれ、全然大したことが無いな、しかしどこか底知れないものを感じる。それが罠かなにかだろうか?

 と、品定めをすると、ファメールは更にじっと見つめた。


 兄上? ということは、男性なのか。女性かと思った、と、里桜は瞬きをしてファメールを見つめた。

 長い灰色の睫毛に金色の瞳。品の良い仕草はやけに妖艶で、色気をかもし出している。だが、里桜に対する態度はレアンやアルカとは違い、つっけんどんで冷たい印象を受けたので里桜は萎縮した。


 押し黙ったまま無遠慮に品定めを始めたファメールにレアンは僅かに戸惑った。


「兄上、失礼ではないですか」

「他国の相手に失礼もなにもないだろう?」


 里桜は自分がアシェントリアの奴隷で、逃げ出してきたのだと思われているのだと気が付いた。とはいえ、自分の身の上を証明しようにも何も無い。そればかりか異世界から来たのだと言おうものなら、頭がどうかしていると思われるのが落ちだろう。


 ファメールが手を伸ばしたので、里桜が怯えぎゅっと身を縮めたが、その手は優しく肩に触れた。


「ふぅん? なるほどね」


パッと手を離すと立ち上がり、ファメールはレアンを見た。


「……なんです?」

「別に?」


 何か探る様な目線だったなとレアンは思ったが、含み笑いを浮かべてファメールがはぐらかしたので、それ以上は何も問わない事にした。

 ファメールという人物は一癖も二癖もある天邪鬼気質だという事を、レアンはよく知っていた。ファメールが含み笑いを浮かべた時は、何を訊いてもはぐらかすだけで、求める答え等絶対に言ってはくれないのだ。


「まあ、いいか。ちょっと様子見だね」


 ふっと微笑むと、里桜に向かって手を差し伸べて、「僕はファメール・クロード・ルーネル。レアンの兄だよ。宜しく」と嫌に愛想の良い対応をした。


 里桜が恐る恐るファメールの差し出された手を握り軽く握手を交わすと、心配そうな顔で見つめるレアンをファメールは振り返った。


「それで? レアンはどうするつもりなのさ?」

「……え?」


キョトンとしたレアンにファメールは大きくため息をついた。


「あのねぇ、キミはこの子をどうしたいと思って城に来たのさ?」

「どうすべきか問う為に城へ行ったんです。アルカが連れてきたのですから」


「あのバカに聞いたって答えなんか無いに決まってるだろう!? そもそもキミに押し付ける為にここへ連れてきたんじゃないか! じゃあいいよ僕が決める。レアンが責任を持って面倒を見る事。使用人にするのもどうするも自由さ」


ファメールは苛立った。里桜を受け入れる気満々なはずのレアンがはっきりとしないからだ。


「使用人の手は足りてますが……」


そのレアンの発言に増々苛立つと、ファメールはジロリと金色の瞳でレアンを睨みつけた。


「例えばの話だよ! 剣の稽古相手にするのもいいんじゃない? 動きもしない丸太相手にするよりはよっぽどマシだろう。もう、勝手にしてよね」

「そういうわけには……」

「どうしてさ?」


 里桜は剣が苦手なのだ、と、ファメールに伝えるのをなんとなく躊躇ちゅうちょして、レアンは曖昧に唸って頭を掻いた。


 レアンは一体里桜をどうしたいと考えているのかと、レアンの考えを代弁してやろうとしていたファメールはすっかりあきれ返った。


「キミさ、まさか養子にするとか言わないよね?」

「え!? いえ、私は何も!」

「止めてよね。未婚の男が養子だなんて無理に決まってるだろう。しかも相手は人間だ」


 あの肩に触れた感触。華奢な体つき、そして骨格。里桜は恐らく女性だ、と考えて、ファメールは再び里桜を凝視した。厄介事になるのは確かだ。遅かれ早かれいずれはこの娘を殺さなければならなくなるだろう。


 里桜はまさかレアンへの養子の話があがるとも思わず、ポカンとしていた。本気で自分は一体いくつだと思われているのだろう、と心配になったが、そもそも彼ら魔族の年齢がいくつなのかも分からないのだ。余計な事を言わない方が良いだろう、と、とりあえず黙っておくことにした。

 なんにしても危害を加えられる事は無さそうだということにホッとしたのだ。


「兄上、私が養子を取りたい様に見えますか!?」

「全然。例えばの話をしたんだよ。真に受けないでよね」

「……」


 やはりファメールの言う事は全く理解ができない、と、レアンは頭を抱えたくなった。しかし、実情ファメールがこの国の法律と言っても過言では無い程に権限と権力と、決定権があるのだ。他国の存在である里桜についての相談は、どのみち避けては通れない。


 しかし、この場に居ないアルカこそ、実はファメールの扱いを最も心得ていた。里桜を真っ先に城に連れて来なかったのは、ファメールが猛反対すると分かっていたからだろう。ファメールはアルカに対しては容赦が無いものの、レアンには甘いところがある。そしてレアンの真面目で誠実な騎士道精神から、小さくか弱い里桜を擁護すると踏んだのだ。

 レアンの情がある以上、ファメールが里桜の処遇を非情で冷酷な内容に決めては、レアンが黙っていないだろう。

 アルカの読み通りの結果となり、ファメールはすぐに里桜をどうこうできなくなってしまったのだ。


「あの、迷惑をかけてしまってごめんなさい……」


 ポツリと言った里桜に対して、レアンは「そんなことはありませんよ」と言いかけたが、ファメールが「まったくだね!」と、言葉を被せてかき消した。


 しょんぼりと俯く里桜を不憫に思い、レアンは「兄上、もう少し優しくしてくださいよ!」と、反論したが、ファメールはツンと鼻先を立てて無視した。


「リオ、気にしないでください。兄上はこれでも根は優しいんです」

「むずがゆくなる言い方やめてよね!」


 仕方がない。と、ため息を付き、ファメールは里桜にネックレスを差し出した。トップには灰色の薄透明で丸い不可思議な飾りがついている。


「竜の鱗。暫くの間これを肌身離さず身に着けておいてくれるかい? お守り代わりさ。困ったときにきっと役立つはずだよ。魔国に人間の身で居るには危険が多すぎる。わかったね?」


 里桜が礼を言って受け取る姿を、レアンは怪訝な気持ちで見つめていた。ファメールが誰かに贈り物をするなど、かなり珍しいことだったからだ。


「じゃあ、僕は帰るよ」

「あ、兄上」

「……何? 僕はアルカがバカだから忙しいんだけれど」

「ああ、いえ。ありがとうございました」

「別に。何もしていないけれどね」


 里桜はファメールから受け取ったドラゴンの鱗を大事そうに見つめていた。こんな風に人から何かをプレゼントされる等、数年前の誕生日以来だ。


「とっても綺麗なネックレス。ファメールさん、有難うございます」


 その嬉しそうな様子を見たレアンも嬉しくなり微笑むと、ファメールは二人の様子に苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。


「なんだか滑稽だね」

「何がです?」


 アルカにまんまと里桜を押し付けられてすんなりと受け入れているキミがだよ。と、ファメールは思ったが、口に出さずに咳払いをした。自分も結局のところアルカの策略にはまっていると気づいたからだ。


「リオ、明日買い物に行きましょう。着替えも必要でしょうし、他にも入用な物もあるでしょう」

「なんだか父親みたいだね。そんな調子だから恋人ができないんだよ」


ファメールの皮肉にレアンはムッとして唇を下げると、「兄上だって」と、言いかけて止めた。


 ファメールもレアンも女性にはよくモテる。特にファメールに至っては外交も多くこなす為、国外からの人気も高い。一見、女性と見間違える程の綺麗な顔立ちとは裏腹に、凛とした声を持ち、魔術を得意とする割には剣の扱いにも長けており、舞いでも舞うかの如き剣交は見る者の心をいとも簡単に魅了する。


 しかし、性格に一癖も二癖もある上面倒ごとを嫌う為、自ら女性を遠ざける傾向にあった。興味の無い相手に程外面が良く、恋文を笑顔で受け取りつつも相手の顔すら覚えなければ、文に目を通す事もせずに人気のないところで魔術により一瞬で消し炭に変える。


 レアンの場合は圧倒される体格を持っていて、剣の腕は一流。正に右に出る者など居ない。騎士団の団長として騎士団のみならず、魔族皆に好かれて信頼されていた。

 それでいて顔立ちといい仕草といい、優しく品があり、性格も温厚で真面目であった。ただ、彼の場合は女性を前にすると緊張し、ただの木偶の坊と化すという欠点がある為、ファメールとは恋人ができない理由が大きく異なった。


「じゃあ、帰るから。何かあったら城に来なよ」

「分かりました。ご足労頂きありがとうございます」

「まあ、構わないよ。危なかったし」

「……危なかった?」


 小首を傾げたレアンにふっと笑うと、コツリと杖をついてきびすを返し、ファメールは何も答えずに部屋を後にした。その背を見送りながら、尊敬はしているが相変わらず何を考えているのか分からないな、と、レアンはため息をついた。


「あまり似ていない兄弟だね」


ベッドの上に座り込んだまま里桜がポツリと言葉を発した。


「兄上と私は血が繋がっていない義兄弟ですから」


 失礼な事を言ってしまったか、と、里桜は「ごめんなさい」と、慌てて言って俯いた。レアンは気にも留めていなかったのでニコリと笑い、「何でも気になった事は訊いてください」と言った。


「私とてリオの境遇等分からない事だらけなのですから。貴方を傷つけてしまったり、失言だったりをこの先してしまうと思います」


「……私は……」


 そう言って、里桜は口を噤んだ。正直混乱していた。アシェントリアから魔王討伐として魔国に送り出されたものの、魔国で出会った魔族達は皆、里桜に親切なのだから。そもそも、魔王を倒せば本当に日本に帰れるのかもわからない。


「無理に話さなくても大丈夫です。いずれ話してくれれば。時間はいくらでもあるのですから」

「ごめんなさい」

「謝る必要だってありませんよ。リオ、ここを自分の家と思って構いません」

「皆、どうしてこんなにも優しくしてくれるの?」

「人に親切にするのは当たり前の事です。理由等ありませんよ」


 サラリとそう言った後、レアンはしまったと思った。その当然であろう環境に、里桜は恐らく居なかったのだ。では何故自分が虐げられていたのだろうと言われてしまえば返答に困る。


「すみません。貴方の気持ちも考えず、適当な事を言ってしまいました」


 里桜にはレアンが何故謝ったのかが分からなかった。けれど、レアンが何かしら自分を気遣ってくれたのだろうということは分かった。


「レアンさんは……」

「『レアン』で構いません。私も、『リオ』と、呼んでいるのですから」

「……レアンは、すごく優しいのね。アルカも、ファメールさんもそう。私、ここのところこんな風に優しくしてもらったことが無かったから、嬉しいけれど戸惑ってばっかりでごめんなさい」


レアンは優しく微笑むと、「また謝ってますよ」と、笑った。


「恐らく、リオの周りの方々は、余裕が無かったのでしょう。人を思いやる余裕が無くなる程に、自分の事で精一杯になっていた。それだけの事ですよ」

「余裕?」

「心の余裕です。私には、兄上やアルカ。それに騎士団の皆や邸宅に使える使用人達が居て、皆で支えあっています。そして、私は皆に心を許しています。互いを理解しあい、信頼しあえれば、自然と優しくもできるのでしょう」


 里桜は唇を噛んだ。皆が優しくないから、自分は一人で生きて行こうと必死に頑張った。それなのに、全部台無しにされた。けれどそれは、里桜自身に余裕が無かったからなのか? と、里桜は納得がいかず、ぎゅっと拳を握りしめた。


「理解し合いたいなんて、思ってないもの。そうしたら、傷つくもの」

「ここに、リオを傷つけるような者は居ませんよ。恐れや警戒は相手にも伝わり、同じように恐れ、警戒されます」


ハッとして、里桜はレアンを見つめた。


 ……アルカにも、自分が変わらなければと言われたばかりだ。それに、差し伸べようとしてくれたその手を払ったのは、私なのかもしれない。


 里桜の脳裏に、ボロボロにされた制服を握りしめている自分の姿が浮かんだ。その里桜に、『大丈夫……?』と、心配そうに声をかけてくれた女生徒がいた事を思い出す。

 キッと、里桜は彼女を睨みつけた。どうせ、貴方もこんな酷い事をした人たちと同類なのでしょう? 哀れむフリをして、面白がっているんだ! こんなところの連中になんかと関わるものか。


 あいつらの為す事全てどうでもいい。それに……


『話しかけないで。』


 里桜は彼女にそう冷たく言った。だって、私に関わると、『かもしれない』じゃない。それを見るのだって、辛いんだから。


「リオ?大丈夫ですか?」


 心配そうに声をかけるレアンに里桜は頷いた。

 頼れなかった。誰にも。でも、本当は、ずっと誰かに助けてもらいたかった。けれど、ただ、心の中で『誰か』に助けを求めてばかりいた。今、この不思議な世界に来て初めてその『誰か』を見つけた気がする。それは自分が声を出し、『助けて欲しい』と意思表示したからなのだろうか。


 レアンは里桜と話しながら不思議に思った。レアンはどちらかというと普段は無口な方だった。それなのに、里桜を前にしてから良くしゃべる自分に気が付いたのだ。

 まるで説教でもしているようで随分と偉そうだ。それは里桜があまりしゃべらないからなのだろうか。だが、互いに無言で居ることだって別にどうということもない。

 では何故か? と、考えて、やはり分からずにうーんと唸った。


「レアン」


子猫が泣く様な声で、里桜は小さく言葉を発した。


「あの、私は何をすればいいの? お手伝いできることならなんでもします。レアンが優しくしてくれるのなら、私も何かしないといけないと思うの。だから……お願い。ここに置いてください。お願いします」


 変わりたい。今が最後のチャンスなのかもしれない。人を信用したい。私も頼りたいのだ。人並みに互いに信用しあい、信頼を築いていきたい。一人で生きる事なんか不可能なのだから。


 深々と、額をこすりつけるかの様に頭を下げる里桜を、レアンは唖然として見下ろした。


 自分を変える事はとても勇気のいることだ。いままで積み重ねて来た『自分』という功績を覆さなければならないし、その『自分』を守る為に堅牢に張った分厚い心の壁を自ら取り壊さなければならないのだから。


 それは当然の事ながら恐怖と痛みを伴う。里桜は不安で震えていた。


 体の小さい里桜が震えるその姿が余りにも痛々しくて、レアンは騎士としての志を今一度刻み込むかの様に、自らの胸の上でぎゅっと拳を握りしめた。


「……リオ。誓いましょう。決して、貴方をぞんざいに扱ったり等しない、と。ですから、そんな風に怯える必要もありません。私は貴方を信頼し、守ります」


 レアンの言葉に里桜は溢れる涙で言葉を詰まらせた。他人を信用等できない。けれど、今はレアンを信用し、頼る道。やはりどうしてもそんな風に考えてしまう自分の愚かな思考に嫌悪する。けれど……


 怖い。どうしても。そう思ってしまうのだ。体の震えが止まらない。レアンがいくら優しく微笑みかけてくれていても、その笑顔には何か裏があるのではないかと、信用しきれない自分がいる。


「ごめんなさい」


零れる涙を服の袖で拭いながら、里桜は嗚咽を漏らし何度も謝った。


「ほら、また謝ってますよ。今日は疲れたでしょう、ゆっくりお休みください」


 レアンは里桜は突然環境が大きく変わったのだから仕方がない、落ち着くまで一人にしてやろう、と、部屋から出て行こうとした。


「待って!」


 レアンの服を掴むと里桜はベッドから降りて立ち上がった。じっとレアンを見上げる里桜のブルージルコンの瞳に、レアンは迂闊にも心臓をドキリと鼓動させた。


「あのね。レアン」


 カッと顔を赤らめる里桜にレアンは戸惑い、タラリと汗を垂らした。

 この激しく鼓動する心臓は何だろう。自分はおかしくなったのかと、不安に駆られながら「どうしました? リオ」と、言葉を口にするのが精いっぱいだった。


ぐぅうううう~


「その、お腹が空いちゃったの……」


だって、昨夜から何も食べてないんだもん! と、里桜は顔を真っ赤にした。


「それは気が利かずすみません」


 レアンはニッコリと微笑むと、「一緒に食事としましょうか」と、里桜を廊下へと促した。

 石造りの廊下を歩きながら窓の外を見て、日がいつの間にか沈んでいることに気づき、里桜は随分と眠っていたのかと恥ずかしくなった。

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