第7話 エヴァの戴冠
金色の長い髪を
今日召喚したあの少年。リオは、無事魔国にたどりついただろうか。異世界から突然この世界へと呼びだされ、たった一人心細い思いをしている事だろう。
ただ、あの洞窟の奥にいけばきっとあの人に出会えたはずだ。
……誰よりも、悲しくなるくらいに優しいあの人に。
コツコツと窓を叩かれてエルティナは振り向いた。煌々と煌めく星々を背に、灰色の髪の男が窓の外のテラスに立ち、室内のエルティナを灰色の瞳で見つめていた。エルティナが窓を開けると、灰色の髪の男は腕を組み小さくため息をついた。
「このような夜分に、婦女の寝室を訪れるとは無礼ですよ。アルカ」
咎める言葉を口にしながらも、エルティナは焦がれる視線をアルカへと向けた。
「エルティナちゃんこそ、何のつもりだ? あんな子供をいきなり送り付けて。可哀想に、洞窟の中で足を滑らせて危うく死んじまうところだった」
「貴方が助けてくれたのでしょう?」
「そうだけど、無茶が過ぎるぜ」
俯くエルティナをアルカは悲しそうに見つめた。その視線に耐えきれず、エルティナは言葉を発した。
「アルカ、わかっているでしょう? 私には無理なの。だから……」
「けど、じゃあどうしてリオを?」
口を噤むエルティナの側へと来ると、アルカは灰色の瞳で彼女を見つめた。
「教えてくれよ、エヴァ」
アルカに『エヴァ』と呼ばれ、エルティナはぎゅっと眉を寄せ、悲痛な面持ちでアルカを見上げた。
「貴方を救いたいから!」
「あんたが救いたいのはオレじゃないだろう? 間違うなよ」
エルティナは首を左右に振ると、アルカの胸に飛び込んだ。
「愛してしまったのよ。貴方を!」
フワリと、香木の様な甘い香りがエルティナを包む。アルカはエルティナに触れようともせず顔をそむけた。
「アルカ……」
顔を上げ、エルティナは潤んだ瞳でアルカを見つめた。
「ごめん」
首を左右に振りアルカはエルティナから離れるとバサリと背に翼を生やした。灰色の鳥の様な二対の翼を大きく広げると、抜け落ちた羽がヒラヒラと数枚舞った。
「待って!」
手を伸ばすエルティナから逃れるようにトンとテラスを蹴り、アルカは星々の瞬く夜空に舞い上がった。
「あんたが愛しているのはオレじゃない。『アダム』だろう? 間違っちゃいけねーぜ」
「違う!違います!! アルカ、信じて!」
「エヴァ。オレは……」
何かを言いかけた後、悲しそうな眼差しをエルティナに向け、アルカは翼を仰いで飛び去った。
降り注いできそうな程に満天の星々が輝く夜空に飛び去るアルカを見つめながら、エルティナの頬を涙の雫が伝った。
――――2年前――――
「アシェントリアの女王、エルティナちゃん。びっくりするくらいの美女だったなぁ~。噂以上の絶世の美女だ。いや、まぢでホレボレしちまうなぁ」
へらへらと笑うアルカに、ファメールはチラリと冷たい視線を向けため息をついた。
「キミは一応ムアンドゥルガの王なんだ。その品の無い言いぐさ、止めたらどうなのさ?」
「いやいや、だってさぁ。戴冠式での彼女はまた、美女オーラ全開だったじゃねーか。倫としててさぁ! 女王様ってよりかは女神様だよな」
「女神様だったら何だってのさ。バカみたい。そんなことより、この後の祝賀パーティで羽目を外したりしないでよね」
「分かってるって。ちゃんとお行儀よくしてますよーだ……って、なんだ、ファメールは参加しねぇの?」
「嫌だよめんどくさい。どうせ魔族だなんだと奇異や非難の目で見られるだけじゃないか。疲れたしキミに任せるよ」
「あ! ずりぃ!!」
ツンと鼻先を立てると、ファメールは灰色の長い髪を
アルカはポツンと取り残されて中庭の中央にある噴水を見つめた。天使や女神の彫像が巨大な噴水の中に飾られて、水に戯れるワンシーンを描かれている。
天使も女神様も楽しそうだナ。と、へらへらと笑うと、唇を噛み振り返った。
宮殿の長い廊下の先にある銀色の巨大な扉。その中ではアシェントリア女王の戴冠式に招かれた、各国の代表だったり権威ある貴族だったりが賑やかに女王の戴冠を祝っていることだろう。
勿論、その誰もが人間だ。彼らはあの噴水の天使や女神の様にそのひと時を祝い、楽しんでいるのだ。
「魔族のオレが参加したら、綺麗な噴水の水を毒水に変えちまうかな。やれやれ、気が乗らねぇなぁ。バックレてぇけど、そういうワケにはいかねぇか」
肩を竦めアルカは白い手袋をつけると、パーティ会場へと一人向かった。
会場内は音楽が奏でられ、戴冠式を終えたばかりの女王が玉座に掛け、挨拶に訪れる客へと丁寧に対応していた。
魔国であるムアンドゥルガの国王がアシェントリア女王へ挨拶をするのは、一番最後だろう、と、アルカはそれまでの待ち時間を耐えるべく、ひとまずシャンパンを受け取り口にした。
ファメールの言う通り、皆魔族であるアルカから距離を取り遠目でチラチラヒソヒソと話題にされていた。
アルカの容姿としては、やはり魔族である所以からか人とは違った美しさを放っていた。
灰色の瞳と髪は誰もの目を惹く。その上長身で端麗な顔立ちである為、黙っていれば近寄りがたさといった相当の極みであった。
「アルカイン王。パーティは楽しんでおられるか」
僅かに会釈をし気さくに声を掛けて来た壮年の男性に、アルカはニッと笑った。
「よぉ! ラウディじゃねーか。久しいな!」
ラウディと呼ばれた男性は、茶色の頭髪に黒曜石のような瞳をし、眼鏡をかけた知的な男性だった。年齢でいうと40代になるかならないかといったところで、彼はアシェントリアの外交顧問を主としていた。
「ファメール殿はいらっしゃらないのか?」
「ああ。あいつは体力がねーからな、部屋で休んでるぜ」
「そうか、久しぶりに話したかったのですが」
「オレで我慢しろよ」
「仕方がない。ガマンしますか」
ラウディはアルカと同じシャンパンを受け取ると、「アシェントリア女王に」と、軽く乾杯をし、二人の様子を遠巻きに見つめる連中を気にも留めず、ラウディはくっとシャンパンを飲んだ。
「嫁さんは元気か?」
「ああ。アルカイン王のお陰だ。感謝している」
「そいつは良かった」
ニッと愛嬌たっぷりに笑うアルカに、ラウディは心から感謝の意を込めてみつめ、頷いた。
ラウディもまた、以前は魔族を嫌う一人であり、外交を生業とするとはいえムアンドゥルガとの外交には積極的では無かった。ところが、ラウディの妻が病に倒れ、その薬となる材料が砂漠の地であるムアンドゥルガにしか生息しない花であった。
唯一行き来の出来る洞窟を通るには女王の許可が要る。通常は魔法障壁で封鎖され、互いの往来ができないようにされているからだ。
当然ムアンドゥルガ行きの船等アシェントリアから出ているはずもなく、行先が魔国であっては使いの者も皆拒絶する。
ラウディはなんとかその花を手に入れる為、外交顧問の職を辞める勢いで誰の許可も得ることなく単身ムアンドゥルガへと足を運んだのだ。
ムアンドゥルガの港になんとか辿りついたものの、そこには街が無く、交易の荷物も訪れる人も、到着したその足で長い砂漠を越えて都市へと向かうという事実に絶望した。恐らくそうすることで海路での人間の往来を拒絶しているのだろう。
魔族であれば砂漠の旅もさほど辛いものではないが、人間であるラウディにとっては過酷なものだ。
当然の如く途中で行き倒れていたところを魔族に助けられ、不法侵入者としてそのまま王都へと運ばれることとなった。
ラウディはこのまま捕らえられ、自分は処刑されるだろうと考えた。それでは妻を救う事ができない、と、絶望に駆られた思いとは裏腹に、魔族達は皆、ラウディに親切であった。
「何故この国に? 人間に砂漠の気候は辛いでしょう」
ラウディを王都へと輸送中、騎士の男が心配そうに声を掛けた。
「私はムアンドゥルガ騎士団長、レアンと申します。貴方はお見受けしたところ、アシェントリアの貴族の方では?」
レアンの瞳は優しく、人を騙す様な者には到底思えなかった。ラウディは事情を話し、なんとか妻だけでも救いたいと懇願した。
「なるほど。事情は分かりました。私の兄上ならば薬についてご存じでしょう。王都に着きましたらお話ししておきます」
優しく微笑むレアンに戸惑い、そしてムアンドゥルガ王都の広大で豊な様子に圧倒された。賑わう街に、行き交う人々は皆身綺麗みぎれいで、立ち並ぶ店には豊富な品が揃えられている。
魔国がこれほどに豊かだとは今の今まで全く知らなかった。幻でも見せられているかと思う程にラウディは驚いた。
「よぉレアン。侵入者だって? 女の子?」
ラウディが乗せられている馬車が止まり、前方で声がした。馬車に並走していたレアンがうんざりしたようにため息をつき、馬を前方へと走らせたが、ラウディの乗せられている馬車からは前方の様子が見えなかった。
「生憎といいますか幸いといいますか、女性ではありませんよ」
「なんだ。ざーんねん」
「薬を探してムアンドゥルガを訪れたらしいのです」
「へえ? ファメールなら知ってるんじゃねぇの?」
「ええ。聞いてみようかと思っているのですが」
「あー……でも、あいつ、地下研究室に籠ってるぜ?」
「……え」
「今話しかけるとブチ切れると思うけど」
シン、と静まり返り、馬車を引いていた馬が退屈そうに嘶いた。
咳払いが聞こえ、レアンがゆっくりと馬車の隣へと戻って来た。
「困りました。タイミングが悪く、兄上は地下研究室に籠ってしまった様です。一度籠るとひと月は出てこない上、邪魔をすると魔法で消し炭にされる程に狂暴なんです」
フワリと、甘い不可思議な香りがラウディの鼻をくすぐった。高貴な女性が焚く香のような匂いだなと思っていると、灰色の瞳と髪をした男が馬車の中を覗き込み、ニッと愛嬌のある笑みを向けた。どうやらこの香りはこの男が放っているらしい。
いや、この髪と瞳の色、ひょっとして彼は……!
「あんた、運が悪かったなぁ」
「アルカイン王……?」
「ん? ああ」
まさか魔族の王と対面しようとは、と、ラウディはごくりと息を呑み、呆然とした。しかし、ラウディには時間が惜しかった。無礼と斬り捨てられようとも、一度捨てると決めたこの命を惜しんでなんとなろうか、と、己を奮いだたせた。
「アルカイン王殿。どうにかなりませんか? アシェントリアを出て、ここに辿りつくまでひと月かかりました。その上更にひと月待ってまで帰るのでは、妻の命が……」
「ああ。いいぜ? 急ぐんだろ? オレがなんとかするって」
「アルカ!」
驚いた様に瞳を見開くレアンに、アルカは灰色の瞳を細めて笑い、ドンと胸を叩いた。
「任せとけって」
「兄上を怒らせたら死にますよ!?」
「死なねーもん」
「ですが……!」
アルカはラウディを覗き込むと、任せろと言わんばかりにぐっと親指を突き出して見せた。
囚人であるはずのラウディをムアンドゥルガの立派な城の客室に通すと、レアンはラウディを拘束する縄を解いた。
「よもや逃げる理由も無いでしょう?」
「勿論です。しかしアルカイン王は大丈夫なのでしょうか」
「死にはしませんよ。そういう体質なので。無論、無傷では済まないでしょうけれど」
爆発音が鳴り響き城が震動した。思わず「わっ」と悲鳴を上げたラウディを他所に、レアンは心配そうに部屋の扉を見つめた。
「始まりましたね」
「一体、何が……」
ラウディが口を開こうとすると、再び爆発音が鳴り響き城が揺れた。何度かそれを繰り返し、城が壊れてしまうのでは無いかと不安になった時、シンと騒ぎは収まった。その代わりに、部屋の外に続く廊下を怒り狂いながら歩く声が響き、ラウディがレアンを見ると、レアンは苦笑いを返した。
「まったく! 僕の研究の邪魔をするだなんて正気の沙汰とは思えないね。さっさと死ねよバカアルカ!!」
「簡単に死ねりゃ苦労しねーっての」
「100回死ね!!」
「お前にはもう100回以上殺されてる気もするけどな」
「じゃあ一生死ね!!」
「無茶言うなよ」
バン!!っと、けたたましく音を響かせて部屋の扉が開かれると、灰色の髪に金色の瞳をした男が憤然として室内に入って来た。
「キミが迷惑な侵入者か。僕の邪魔をするだなんて、万死に値するね!」
「ファメール、おい! ちょっと」
肩を叩いて宥めようとするアルカは血まみれで、衣服もところどころ破れ、焼け焦げていた。ラウディは唇を噛み、さっとその場に膝をついた。
「お時間を取らせて申し訳ない。砂漠の花について教えて頂きたいのです!! どうか、ご慈悲を!」
ファメールは片眉を吊り上げてラウディを品定めするように見下ろすと、フンと鼻で笑った。
「ラウディアス・トゥルーガじゃないか。アシェントリアの外交顧問が、単身わざわざご苦労だね」
「私をご存じでしたか」
「随分だね。僕はムアンドゥルガの外交顧問でもあるんだけれど。まあ、アシェントリアとは交易が無いから知らなくても不思議は無いか」
「しかし、私はその身分を捨ててきました。もはや私には何の権限も無いでしょう」
ファメールがニッコリと微笑んだので、レアンは嫌な予感がし、苦笑いを浮かべた。
「……キミの奥方は次期女王の伯母だろう? 身分を捨てようにもそう簡単にはいかないのが血縁さ。違うかい?」
くっと唇を噛み、ラウディは俯いた。
「ねえ、キミさ。砂漠の花をあげるから、代わりに頼みたい事があるんだけど」
そらきた、と、レアンがため息をついた。ラウディは額をこすりつけんばかりに頭を下げると、「できる限り!」と、ぎゅっと瞳を閉じた。
「おまえさぁ、困ってる奴につけこむなっ……ぶっ!!」
呆れた様にため息をつくアルカの顔面を裏拳で殴りつけると、ファメールは笑みを浮かべたまま「お互い様さ」と言った。
「アシェントリアとの外交ができないか、と、思ってね」
「あの時は度肝をぬかされたよ」
数年前の話を思い出しながらラウディが言うと、アルカはシャンパンを飲み干して、新しいものを受け取った。
「お陰で妻も助かり、こうしてムアンドゥルガと外交もできる」
「皆大嫌いの魔国との交易だなんてカナリ苦労しただろ? 悪かったなぁ」
「それが、そうでもなかったのだ」
聖都アシェントリアが魔国であるムアンドゥルガと交易などと、と、当然周囲は反対した。けれど、ファメールから持たされた品物を見て、皆の態度は一変した。
それは『鉄』だった。しかも、ムアンドゥルガの鉄は固く、そのくせしなやかで割れず、丈夫だった。鉄が取れないアシェントリアの国を理解してのファメールの作戦だったのだろう。それも、他国よりも随分と安価での取引が可能だというので、魔族を忌み嫌う皆も飛びついた。
「更にファメール殿は、上質なダイヤモンドの鉱石まで手土産につけたのだから、文句を言う者等居なかった。なんせ、この戴冠式に使う為の王冠の材料は、喉から手が出る程に欲しかったわけだからな」
「ああ。よく似合ってる……それにしても、エルティナ女王、めちゃんこ美人だよなぁ」
アルカが玉座を見上げて言った。そう言うアルカもなかなかに美しい男だが、ラウディには当然ながらそういった趣味は無い。
奏でられる音楽の曲調が替わり、会場内でダンスを踊るパートナー選びが始まった。
結局挨拶には呼ばれなかったな、と、アルカが苦笑いを浮かべていると、ラウディは「失礼」と、席を外した。恐らく妻の元へと向かったのだろう。
当然、魔族であるアルカが誰かを誘えるはずもなく、増々居心地の悪い気分を味わうことになった。
「ち。ファメールの奴を女装でもさせりゃあ良かったぜ」
まあ、殺されそうだけどな。と、苦笑いを浮かべてシャンパンを飲み干し、空になったグラスを返した。
腕を組み、壁に背を付けて玉座を見上げると、新女王となったエルティナと目が合った。ニッと微笑み、本当に彼女は美しいな、と、思っていると、エルティナがスッとアルカに向けて手を伸べた。
え? と、アルカは驚き、自分に指さして見せると、エルティナが頷くので、まぢかよ……と、少し困ったが、女王様の意向を
祭壇を上るアルカを周りの者達が怪訝な目で見た。そして、エルティナ女王の前で跪き、彼女の手を取るアルカを見て、会場内がざわついた。
何故、魔族風情が聖王国の女王陛下に!? と、皆口々に批判した。が、エルティナが悠々とアルカにエスコートされて立ち上がったので、皆唖然として二人を見守った。
壇上からアルカのエスコートで降り、奏でられる音楽に合わせて二人は踊った。
ラウディもまた、その様子を唖然として見ていたうちの一人だったが、完璧にエスコートをこなすアルカと、微笑みを浮かべて美しく踊るエルティナはお似合いで、つい見惚れる程だった。
「なんでオレに?」
踊りながらアルカは彼女に声を掛けた。エルティナは少し照れた様に笑い、アルカを見つめた。
「私、実は踊りが得意では無くて。アルカイン様が一番上手にエスコートしてくださるかと思いましたの」
ふっと笑うと、「まあ、間違ってはいないか」と、アルカが言った。
「けど、全然上手いぜ? 自信持っていいと思うけどな」
「お礼が言いたかったのです」
「お礼??」
「ラウディの奥方様を救って頂いたので」
「ああ、別にオレは大したことなんかしてねぇぜ?」
「ですが、あの花のお陰で命を救われたのは確かですわ。その上、此度の戴冠式では沢山の祝いの品を頂いたと、大臣から聞いております。そして戴冠式に必要不可欠である王冠の材料が揃ったのも、ムアンドゥルガの協力あってのことだと」
そういえば、ファメールがそんなことを言っていたような気がするな、と、アルカは考えて、増々ファメールの根回しの力に驚かされた。
「いや、オレは別に、本当に何も……」
「ラウディから、貴方が命を掛けてまで薬を手に入れてくださったのだと伺いました」
ぷっとアルカは笑うと、「そんな大それたモンじゃないぜ」とエルティナを見つめた。
その灰色の瞳は吸い込まれる様に美しく、エルティナはつい見入ってしまい、頬を染めた。その様子を見てアルカは察し、まずいな……と、思った。まさか聖王国の女王様に惚れられるわけにはいかない、と、ファメールに怒鳴りつけられる未来を想像し、ゾッとしていると音楽が止んだ。
スッと優雅にお辞儀をするアルカを押しのけて、エルティナをダンスに誘う男性陣の列が出来上がったので、アルカはこれ幸いとばかりにその場から立ち去った。
おそらく、エルティナと踊る男性は決められていたはずだ。人間のマナーやルール、階級制といったものは魔族には無いものの、ファメールから多少は叩き込まれていた。皆の目にはアルカがマナー違反をしたのだと映った事だろう。
前方から歩いて来た男が、わざとらしく肩をぶつけてこようとしたので、サッと交わすと、その男がバランスを崩して転んだ。アルカは振り向き、「大丈夫っすか?」と、あきれ顔を向けたが、男の仲間と思しき連中が睨みを利かせて来たので、肩を竦めて見せた。
「あー……何?」
「何ではない! なんてことをしてくれる!?」
「何もしてねーよ」
「魔族の分際で貴様、恥を知れ!」
はぁ、とため息をつくと、アルカは「知ってるさ」と、苦笑いを浮かべた。
「オレなんか恥しかねーよ。だから関わらない方がいいぜ? 移っからな」
アルカがまさかそんな風に返すとは思わず、怯んだ男達に「じゃーな」と手を振り、さっさとその場を離れた。
勘弁してくれよ。騒ぎを起こすワケにはいかねーんだからサ。と、アルカは会場から出て行った。
妙な形とはなったものの、女王陛下への挨拶は済んだので、もう用は無いと判断したのだ。長居すれば、絡んでくる連中も増えるだろう。それでなくともエルティナとダンスを踊る等という十分過ぎる騒ぎを起こしたばかりだ。
「ち。失敗したなぁ。ああいう出会い方なんか望んでねぇよ」
唇を噛み、アルカは振り返った。奏でられる音楽が漏れ聞こえる会場の扉を見つめ、悔しく思った。
――オレは、あんたに嫌われなきゃいけねぇんだよ。エルティナ女王。
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