第34話 外交パーティー

 外交として訪れたとはいえ、魔国に家族や伴侶を連れて来るにはどうしても抵抗があったのだろう。招待客の過半数は男性であったし、護衛達もまた男性ばかりだ。だからこそファメールは予め自国の出席者は女性を多く招待していたし、ドレスも男性受けしそうな華やかな物を身に着けさせた。


「あとは任せるよ。僕は少し明日の準備が残っているからね」


 成功を確信したファメールはアルカにそう言い残すと、広間から姿を消した。


 この間の怪我がまだ痛むのだろう。ファメールは決してその事を口には出さないし態度にも表さないが、アルカには分かっていた。


「……お疲れさん」


 呟く様にそう言うとアルカは立ち上がり、高らかに声を発した。


「仏頂面して身構えてる護衛の方々も、着飾った女性はただ見ている為の置物じゃないぜ? 踊りに誘わないと男がすたる」


 手袋をきゅっと直しながら壇上から降りると、アルカはエルティナの手を取りその指先に口づけをした。エルティナが微笑んでお辞儀をしたのを機に、他の招待客達もパートナー探しに勤しんだ。

 ファメールが貴婦人の教えを説いた事もあり、魔族の女性達は皆優雅で気品溢れる淑女だったので、招待客達も臆すことなく楽しく誘う事ができた。

 イリーの姿もその中にあり、彼女も淑女らしく誘いに乗って優雅にお辞儀する姿が見受けられた。普段の彼女ならば、「私を踊りに誘うなんて、よっぽどの自信があるんでしょうね?」などと言って襟首の一つでも掴んでいることだろう。

 音楽が奏でられ、アルカとエルティナの二人が息を合わせて踊り出した。それにタイミングを合わせる様に他の招待客達も踊り、その中には里桜とレアンも含まれていた。


 里桜はエルティナに対するアルカの行動に僅かに心がチクリと痛むのが不思議で仕方なかった。見れば見るほどお似合いの二人だ。美しい女王エルティナと、美しい国王アルカイン。

 聖と魔は反発するようで、惹かれ合う磁石の様なものなのだろうか。

 アルカの灰色の髪とエルティナの金髪もとてもよく似合い、絵本の中から飛び出した王子と姫のようだと里桜は思った。


 そんな風に里桜が考えているとはおよそ誰も思いもしなかっただろう。


 里桜の揺れるドレスのスカート。ブラウンの艶やかな髪に、白く陶器の様に透き通る程美しい肌。

 レアンと踊るあの娘は一体誰なのかと、招待客達はこぞって質問を投げかけた。しかし、ムアンドゥルガ国内ですら里桜を知る者は少ない。その上、普段男性の恰好ばかりしていた事もあり尚更に皆首を傾げた。

 結果、女性が大の苦手として有名であるレアンがエスコートしているのだから、彼の婚約者ではないかという話が有力となった。


 そんな噂が持ち上がってるとは露知つゆしらず、レアンは苦手だったダンスのエスコートを完璧にこなした。背が高くバランスの良い筋肉質な彼が繊細なダンスを踊る姿は、男性としての魅力が最大限に発揮され、彼の様なパートナー程頼もしい者は居ないだろうと、騎士団団長としての株が益々上がった。


「リオ、少し疲れていますか? いつもより表情が硬いですね」


躍りながら里桜に対する気配りが出来る程の余裕ぶりだ。


「一曲踊ったら休もうね。レアンが目立つから、緊張しちゃって」

「目立っているのはリオかと思いますが」

「どうして? レアンは背が高いし、素敵だから皆の注目の的だよ」


 それは里桜が美しいからですよと言おうとして、先ほど『レアンも歯の浮く台詞言うんだ』と里桜に言われたばかりなのでぐっと堪え「私などただのでくの坊ですよ」と謙遜した。

 里桜はふぅと小さく深呼吸をした。レアンの右腕に乗せる手に力が入っているのが自分でも分かる。会場内に居る招待客達の華やかな衣装や、豪華に飾り立てられた広間は圧巻で、これほども素敵なパーティーに参加するなんて一生に一度だろうと、里桜はうっとりとした。

 そしてそのまま、一緒に踊るパートナーであるレアンを見上げる。穏やかに微笑む包容力のある騎士様。少女が思い描く夢の様なシーンの中に、今自分は居るのだ。

 奏でられる音楽に合わせて踏むステップは息がピッタリと合い、軽く握る手や、レアンの腕、背に触れるレアンの大きな手の温もりにドキドキと心臓が鼓動する。

 ——おかしいなぁ……。私、少女趣味じゃないはずなんだけど。本能なのかな? こんな甘酸っぱい世界に身を置いたら全身鳥肌だらけかと思ったのに、なんていうか……


「レアン」

「はい」

「私、ね。今すごく、楽しい……!」


レアンのマリンブルーの瞳を見つめ、里桜は微笑んだ。


「ありがとう、レアン。私と踊ってくれて」


ズキュンと心臓を射抜かれた気分になり、レアンは思わず里桜から視線を外した。

 ——なんですか、これは。何の魔術ですか……

 と、ブツブツと言うレアンに、里桜は小首を傾げた。


「レアン?」

「あ! いえ、すみません! 私こそ有難うございます。感謝感激至れり尽くせりで……」


慌てて意味不明な事を口走ってしまったなと困った様にため息をついたレアンに、里桜が笑った。

 その笑顔が余りにも愛らしいのでレアンはつい見惚れてしまった。



 ————アルカはエルティナと踊りながら、ポツリと言葉を発した。


「まさかエルティナちゃんが来るとは知らなかった」


 エルティナはクスリと小さく笑い、アルカを見つめた。


「招待客の確認を全てファメール様にお任せされていたのでしょう?」

「うん」


バレたかと言わんばかりにアルカがニッと笑うと、エルティナは微笑んで僅かにため息を洩らした。


「ムアンドゥルガに初めて訪れましたが、美しい国ですね」

「ちょうどいい機会だし、良かったら王都を案内するぜ」

「素敵なお申し出ですね。アルカの翼で案内してくれるのかしら?」

「いやぁ、そんな危険な目に聖王国の女王様を遭わせるわけにはいかないって。明日は鉱山の視察がある。メインはスラーへの案内だし、アシェントリアとは既に取引があるしで、エルティナちゃんは興味無いだろ? その間、デートでもしようぜ?」


くすくすと笑うと、「謹んでお受けいたしますわ」とエルティナが答えた。


「アダムの代役で悪いけどな」


その言葉に、エルティナはため息をついてアルカから視線を外した。


「……リオ、綺麗ですね。皆が惹かれるのも当然ですね」

「ああ。それになんていうか、彼女は真っ直ぐなんだ。優しいし、それにしっかりしてて信念を持ってるっていうかさ。魅力的な女性だぜ」

「妬けますよ。アルカ」

「それは困る」


エルティナの握った手を、アルカは素早く口元に寄せてチュっと口づけをした。


「今オレの目の前に居るのはエルティナちゃんだからな」


 口づけしたエルティナの手をトンと自分の胸に触れさせて「アダムはエヴァにぞっこんさ」と、微笑んだ。


「……私は……」


 エルティナが言いかけた時、音楽が一曲終わったので二人は優雅にお辞儀をした。

 今だと言わんばかりにエルティナを踊りに誘う為の男性たちが集まり、アルカは会釈をしてさっとその場を後にした。

 すると、目の前に同じような人だかりがあり、その中心で里桜が慌てた様にレアンの腕に縋りついて、どう対処して良いのか困り果てている姿が目に留まった。

 助け船を出してやるかとアルカはその中へと足を踏み入れた。


「はいはいちょっとごめんよ。リオ、レアン。少し話があるんだ。いいか?」


 流石にこの国の国王が発した言葉は絶対だ。男性たちは残念そうに肩を竦め、アルカは「申し訳ない」と詫びを入れて二人を開放させた。


「ああ、怖かった」


 里桜がレアンの腕にしがみついたままそう言うので、レアンは彼女を宥めようと思わず頭を撫でそうになり、慌てて手を引っ込めた。綺麗に結い上げた彼女の髪を崩すわけにもいかないし、なによりパーティーの場でそれは失礼だろうと思った。


「大丈夫ですか? すみません、どう庇って良いのか分からず」

「そうだよね。無碍にもできないし。ヒールが慣れなくてちょっと疲れちゃったの」


アルカは笑うと、「いいんだよ、無碍にしたって」とレアンの背を叩いた。


「オレだったら、『だめっ! この子はオレんだからっ!!』ってむぎゅ~~ってむちゅ~~~~ってしてみせびらか……」


ゲシッ! と控えめにアルカに肘鉄を食らわせると、レアンは咳払いをした。


「アルカの言う事はあてになりません」


たははと笑いながら頭を掻くアルカに、リオは唇を尖らせて小さく呟く様に言った。


「エルティナさんにそうすればいいじゃない」


その言葉がアルカにとってはかなり意外に聞こえ、「なんで?」と、軽く返した言葉に里桜は苛立った。


「なんでって、アルカはエルティナさんが好きなんでしょ?」

「えっ!? いや、それは!」


 声が大きかった事に気づいてハッとして口を噤むと、アルカは頭を掻いて「えー!?」と、ガッカリした様に視線を横に逸らした。

 ——まいったナ。エルティナちゃんの想い人は『アダム』だぜ、なんて言えねーし……


 里桜の方もアルカのその反応が意外だった。アルカの事だから、『そう、オレ達好き合ってんの! お似合いだろ? 美男美女カップル!』なんて、自慢でもしてくると思った程なので面食らった気分だった。


 久々にまともにアルカの顔を見た気がするなと、里桜はアルカの灰色の瞳や灰色の髪を見つめた。その視線に気づき、アルカがニッと笑って「何? 着飾ったオレ、イケテる?」と茶化すので、里桜は呆れながらも頷いた。


「うん。とっても素敵だよ。アルカ」


素直に言った里桜の言葉にアルカはつい顔を真っ赤にして照れた。

 いつものアルカであれば、『だろ? じゃあこのあとちょっとデートでも』なんて言っているところだが、迂闊にも照れてしまい、里桜から視線を外して「あー、サンキュ」と、小さく言った。


「お招きにあずかり感謝致します。アルカイン王!」


 グラスを掲げて挨拶を交わしてきた男性を見て、里桜は唖然として瞳を見開いた。


 瞳を細めた時に寄る目じりの皺、優しそうな口元。少々強引そうではあるものの紳士的な態度も兼ね備えた男性。彼は……


「よぉ、ラウディ。どうだ? 久々のムアンドゥルガは」

「相変わらず良い国ですな。このパーティーも素晴らしい」


ラウディと呼ばれた男性はレアンにもグラスを掲げた。


「レアン殿も、お元気そうで何より。ファメール殿はまたしてもパーティに参加されないのか」

「兄上は生憎業務が立て込んでおりまして」

「相変わらずの様ですな」


 里桜をラウディが見つめたので、「彼女は……」と、レアンが紹介しようとすると、ラウディが心得ていると頷いた。


「レアン殿もなかなかに隅におけませぬなぁ。なんと可憐な婚約者殿か」

「……は?」


 ラウディは里桜の手を取り指先にキスをすると、「貴方のパートナー殿に私の妻が命を救われました。彼は恩人です」と、片目を閉じて陽気に微笑んだ。


「おい、ラウディ、違うって! 彼女はだなぁ!」


 アルカが割って入って来ようとしたとき、広間に奏でられる曲調が変わった。アルカは「やべ!」と小さく言い、「ごめん、席外す!」と、そそくさと去って行った。

 ラウディも「おっと、俺もこうしてはいられぬ」と、レアンと里桜にお辞儀をして、「また後ほど」とそそくさとその場を後にした。


「どうしたのかな、二人ともあんなに慌てて」

「次の曲を踊るパートナーを探しに行ったのでしょう。それより……すみません、誤解されてしまいましたね」

「そうだね。ごめんねレアン。嫌だよね」


 里桜はレアンに申し訳なく思って謝ると、「とんでもない!」と、レアンは首を左右に振った。


「誤解されて嬉しかったので……」


 そう言いながら顔を真っ赤にして「あ、いえ。今のは!」と、弁明しようとしたレアンに里桜は微笑んだ。


「ありがとう、レアンはやっぱり優しいね」


 優しさではなく本気でそう思ったのですがと思いながら、ラウディの背を追う里桜の視線に小首を傾げた。


「どうかしましたか?」

「……うん。えーとね、お父さんにすごくそっくりだったの。だからちょっとびっくりしちゃって」


 ヴィベルといい、先ほどのラウディといい、あれほどにも知り合いに瓜二つな者に出会うのはなかなか稀有な事だと里桜は思った。話し方やちょっとしたしぐさに至るところまで似ているのだから。

 レアンは里桜がまた考えすぎて倒れるのではと心配になり、声を掛けた。


「リオ、あちらに少し食事が用意されていますから向かいましょう」

「あ。ほんと。美味しそう!」


 そう言った瞬間、里桜のお腹が「ぐぅ~」と鳴ったので、レアンは「相変わらず、元気なお腹ですね」と微笑み、里桜も恥ずかしくて笑った。


 奏でられる音楽に耳を傾けながら、里桜は用意してあったサンドイッチをパクリと頬張った。


 アルカがエルティナとは別の女性と踊っている姿が見える。褐色の肌をしたその女性は着飾ったイリーで、美しい脚を存分に見せつける色っぽいデザインのドレスに身を包んでおり、里桜は思わず見とれてしまった。


「イリー素敵……。アルカったらいつの間に。きっと目をつけていたんだね。素早い」

「アルカは国王で主催者ですからね。全曲踊るのでしょう。パートナー探しも大変です」

「誘って欲しい人達ばかりで苦労しなそうだけれど。あ、レアン。これ美味しいよ!」


 立食形式であった為、里桜はレアンに対して何気なくフォークで差し出した。若干抵抗を感じ、レアンは照れながら里桜の差し出した料理を口にし、やけに自然と『アーン』の行為を行ったわけだが、レアンは顔を真っ赤にし、最早照れと嬉しさで料理の味など分からなかった。

 恐らくその行為を目にした人々は当然の如く、やはり二人は夫婦か恋人同士だと思った事だろう。ラウディが勘違いしたのも無理は無い。


「ねえ、レアン。ずっと気になってる事があるんだけど……」

「はい」

「あのね、私、ファメールさんの部屋でどうして眠っちゃってたんだっけ? あんまり覚えて無いの」


 ファメールは里桜に記憶操作の術が効きづらいと言っていたなと思い出し、できることなら今はアダムの話題は里桜には伝えたくないとレアンは考えた。


 ——アルカの中に、あんな危険な人格が存在するなどと……


「私、あの時確か、その……ファメールさんと……えーと……」


 里桜は顔を真っ赤にすると、もごもごと口ごもった。里桜を見つめながらレアンは小首を傾げ、里桜はどうして顔を真っ赤にしているのだろうと不思議に思った。


「私、しちゃってないよね?」

「……え?」


 何をです? と聞こうとして、レアンはピタリと口を噤んだ。里桜の言わんとしている事にやっと気づき、レアンまで顔を茹でタコの様に真っ赤にした。

 つまり、里桜は記憶は無いが、ひょっとしてファメールに処女を捧げたのではと心配しているのだ。それも当然だろう。あの後里桜はファメールの部屋のベッドで一人目を覚ましたのだから。

 里桜はその後ファメールにもなんとなく聞きづらいながらも様子を伺ったが、ファメールは飄々とした調子でどちらともつかない様にはぐらかし、里桜の反応を楽しんでいる風だった。


「いえ……ありません。ですからご安心ください。兄上はあの日、研究室に寝泊まりしましたし」


 実を言えば負傷したアルカとファメールを人目から避ける為に地下にある研究室に運び、手当を施したのはレアンだったのだ。

 里桜に眠りの魔術が効いている隙に、使用人にファメールの部屋の血痕を急ぎ掃除させ、レアンもその日は邸宅に帰らずに一晩中二人の介抱をしていたのだから間違いない。


 レアンの言葉に里桜は心から安堵し、ホッと胸を撫でおろした。確かに痛みや違和感が残っているわけでも無いし衣服も着たままだったので、違うだろうとは思うものの確信は無かった。


「でも、ここに残りたかったら早い方がいいんだよね。皆心配だもんね」

「焦る必要はありません。リオはリオのものなのですから。想う相手でなければだめですよ。もっと自分を大切にしなければ」

「ありがとう。やっぱりレアンは優しいね」


 レアンの優しさが嬉しくて里桜は微笑んだ。その微笑みが美しく、そして可愛らしかったので、レアンもつられて微笑んだ。


 ————一方、イリーと踊るアルカは……。


「アルカ様」


 イリーと躍りながらチラチラとリオとレアンの様子を伺うアルカに耐えかねて、イリーは声を発した。アルカはハッとしてイリーを見て、ヤバイ……と、ゴクリと息を呑んだ。


「ご……ごめん」


 ショボンと眉を寄せて唇を尖らせるアルカに、イリーは困った様にため息をついた。


「リオが気になるのは当然ですわ」

「悪かったよ。イリアナちゃんと踊ってる時に失礼だよな」


イリーはキョトンとした後、プッと噴き出した。


「まさか。口説かれるよりはずっとマシよ。私が言いたいのはそうじゃないわ」


やれやれと僅かに肩を竦めた後、イリーは睨みつけるようにアルカを見つめた。


「男らしくしなさいな! 何をもたもたしてるんです!?」

「え……?」

「アルカ様がもたもたしているとつまらないでしょう!? レアン様の騎士道精神を刺激するには、アルカ様が少し位強引に行っていただかないと! 奥手なレアン様にはそれくらいの刺激が無いとダメなんですからっ!」

「イリアナちゃん、何言ってンだか……」

「ご覚悟なさいませっ!」


 唖然とするアルカにイリーは頬を紅潮させてまくし立てた。


「リオがお好きなのでしょう!? ええ!? どうなのです!?」


 余りの迫力にアルカはコクコクと頷いた。すると、イリーはニッコリと微笑んだが、その笑みは殺気に満ち溢れていた。


「……でも、リオはレアン様のものですからね? 本気で手を出したら許しませんわ」


こ……怖い。でも、イリアナちゃんは何が言いたいんだろ? と、アルカはたじたじとしながら踊った。


「アルカ様は当て馬なのですから」

「へ!?」

「レアン様の為にご尽力くださいませ」

「えー!?」


しょんぼりとして、アルカは再びリオの様子に視線を向けた。

 遠くに居るはずだというのに、彼女の瞬きをする様子まで間近に感じられる程に目を奪われる。笑った時にそっと唇の側に指先を当てる仕草や、話を聞きながら相槌を打つ首の動き、レアンを見上げる視線。そのどれもが可憐で、全てを独占してしまいたい衝動に駆られる。

 ——オレって、こんなにも嫉妬深かったっけ……?


 僅かに唇を噛んで里桜から視線を外すと、目の前に居るイリーを見つめた。イリーはふわりと微笑みを浮かべてアルカを見つめ返し、「リオは皆から愛されるのです」と小さく囁いた。


「……あのファメール様でさえ」


 イリーの言う事にアルカは頷いた。ファメール本人は認めないかもしれないが、確実に里桜を好いている。


「リオは国の宝と言えましょう。決してアシェントリアに帰してはなりません」

「解ってる。そんなことはさせねぇさ。絶対に」

「それを聞いて安心しました。このまま連れ戻されるのではと危惧しておりましたから」


 里桜もまた、それを望んではいない。できることならばこのままずっとムアンドゥルガに留まって欲しいと、アルカとイリーは強く願った。

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