第47話 変化

“——日本時間二十日六時、フランス、パリ天文学研究センターより新たな惑星発見の報告があり……”


 テレビからニュースが流れる中、トントンと、小気味の良い音を立て、スッと包丁の腹で刻んだネギを皿へと移した。


「やば。こんな時間!」


パタパタと廊下を駆けて、部屋のドアの外で里桜は叫んだ。


「叔父さん!! 朝ごはん出来ちゃうよ!」

「ああ、今行きます。ちょっと待って、この本が……」

「遅刻しちゃうったら!」


 もう、しょうがないなあ、と愚痴りながらキッチンに戻ると、まな板と包丁を洗って片づけた。食卓に朝食を並べていると、スーツ姿の叔父が鞄を持って現れて、「ああ、美味しそうですね」と、微笑んだ。


「頂きます」


二人で手を合わせて言った後、朝食を摂った。


「フランス、パリの天文台で新惑星発見ですか。『リオ』という名を付けたようですよ」


 里桜は「ふーん」と言いながら味噌汁を飲み、チラリとテレビに視線を向けた。会見で話す天文学者らしいフランス人男性が、嫌に億劫そうに説明をしている。

 輝くような白金にも見える美しい金髪。一見女性かと見間違う程に綺麗な顔立ち。時折苛立った様にため息をつく態度といい、ファメールにそっくりだなと、里桜は笑った。


「今日、お父さんへの差し入れ行くの?」

「はい。無実が立証され次第出所とはいえ、まだ時間がかかりそうですからね。何か伝える事はありますか?」

「んー。『待ってる』って伝えておいて」

「わかりました」


 叔父は頷いて応えると、パクパクと食事をする里桜を不思議そうに見つめた。


「……ところで、不思議な夢を見たんです」

「夢?」

「ええ」


里桜は食べ進めながらチラリと時計を見た。


「大変妙な夢でして……笑わないでくれます?」

「うん。笑わないよ」


そう言いながら、里桜がクスクスと笑うので、叔父は困った様に口を噤んだ。


「あ、ごめん。笑わない。はい! いいよ。話して?」


ブルージルコンの瞳で見つめられ、叔父は僅かにドキリとしながらも咳払いをした。


「えーとですね、その夢の中で、私はヴィベルという名……」


ピンポーン


「あ!」


 里桜は立ちあがるとインターホンを取り「ごめん、有希ちゃん! 少しだけ待って!」と、申し訳無さそうに言った。

 残った食事をかっこむと「帰ってから洗う!」と、食器をキッチンに置き、鞄を取って「ごめん、今度ゆっくり聞くから、行ってきまーす!」と、忙しなく玄関から出て行った。


 ポツンと食卓に取り残されて苦笑いを浮かべながら、叔父は食事を進めた。

 テレビに視線を向けると、ファメールによく似た天文学者が少し苛立った様に説明を終えた後、何やら言葉を続けた。


“ただいま”


 それを聞き、瞳を見開いたまま叔父は動きを止めた。カタリと音を立て、テレビの前へと両ひざをつくと、食い入る様にその天文学者を見つめた。


“——次のニュースです……”


 パッと画面が切り替わり、アナウンサーが話し出した後も、叔父はそこから身動きが取れないままだった。画面を見つめていながらも、先ほどのフランス人天文学者の映像を脳内で映し出していた。


「ただいま……」


繰り返してそう言った後、フッと笑い瞳を擦った。


「それは……里桜の寝言ではないですか。ファメール様。覚えていてくれたんですね」



「おはよう! 里桜。大学決めたー?」

「おはよう、有希ちゃん。決めたよ! IT系の大学っ!」

「叔父さんの仕事手伝うの? 里桜の叔父さんめちゃめちゃイケメンだよね! 羨ましい~!!」

「有希ちゃんは?」

「まだ決めてなーい。そだ。ねー、今日のニュースみたー? フランスの天文台のヒト、かっこよかったよねー!」

「う? うん……」

「あたし、ファンになっちゃいそー! 里桜、フランス語教えてっ!」

「有希ちゃん、ミーハー……」


二人は笑い合いながらこ突き合い、「帰ったら一緒に受験勉強しようね!」と、約束し合った。

 ひらひらと白い花びらが二人の背後を舞った。

 

 ————甘い、香木の様な香りを放ちながら……

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