第36話 宣戦布告

 腕の中の里桜の温もりを味わいながら、ファメールは瞳を閉じた。


 ——このまま時間が止まってくれたらいい。


 常に現実的な思考のファメールがそんな事を考えて、そんな自分に驚きながらも願わずにはいられなかった。

 首筋にキスをし、頬を紅潮させながら呼吸して上下する彼女の白い胸を見つめる。とくんとくんと音を発して鼓動する里桜を感じ、瞳を閉じた。

 何故だか今はヴァンパイアのレアンが羨ましく思う。彼女の白い首筋に噛みついて、甘いであろう鮮血を味わいたいという衝動に駆られる。それも魔族たるさがなのだろうか。


 広間で奏でられる音楽が微かに聞こえる。ファメールは一気に現実に戻されたような気分でうんざりとしてため息をついた。


「……やれやれ。返したくないけれど、最後の曲はちゃんとパートナーと踊らないとね。リオ、広間に戻ろうか」


放心状態の里桜をファメールは軽々と両手で抱き上げると、螺旋階段をゆっくりと降りた。


 広間の扉の前でレアンが心配そうに里桜の帰りを待つ姿が見えたので、ファメールは「レアン!」と、声を掛けた。ロビーに置かれたソファに里桜を座らせてメイドを呼び、里桜の化粧を整えるようにと指示を出す。


「リオ、大丈夫ですか?」

「……うん」


頬を紅潮させたままの里桜を心配そうにレアンが覗き込み、ファメールはくすりと小さく笑った。


「化粧直しが終わったら最後を堂々と踊るんだよ。分かったね?」

「兄上、何かあったのですか?」


レアンの問いにファメールが肩を竦めた。


「僕がリオの口紅を全部舐めつくしただけさ。悪いね」

「……は?」


 にこりと笑うと、ファメールは嫌に軽い足取りで広間の中へと一人入っていったので、レアンはその背を呆然と見送りながら、ファメールの言った言葉を脳内で反芻した。

 ——リオの口紅を全部舐めつくす……? と考えて、レアンはカッと顔を赤らめた。里桜の唇の柔らかさを思い出し、思わず片手で顔を覆った。


 メイドに化粧直しをしてもらい、里桜は不安そうにレアンを見上げた。


「レアン……」

「はい」

「ごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃって」

「リオが謝る事ではありません」


 レアンは優しく微笑むと、里桜の前で片膝をついた。指の背で優しく里桜の頬に触れ、マリンブルーの瞳を細めた。


「ですが後悔しています。私は、今日はリオの専属騎士なのですから。一時も離れずにいるべきだったと。不甲斐ない自分に苛立ちを覚えます」

「そんな、レアンは何も……」

「いえ。私はリオが大事なのです。何よりも。この身よりも、ずっと」


マリンブルーの瞳を真っ直ぐと里桜に向けてレアンはそう言うと、手を差し出し頭を垂れた。


「最後の曲です。私と踊って頂けますか。リオ」

「勿論」


 レアンの手を取り立ち上がると、二人はそのまま広間へと入場した。


 扉の側でシャンパンを口にしながらファメールが微笑み、二人に会釈をした。いつものレアンならば愛想良く微笑み返すところだろう。しかし、ピタリとファメールの前で足を止めた。


「兄上」

「……なにさ?」

「リオを惑わすのを止めていただきたい」

「どうして?」

「リオは……渡しません」


 そう言い残し、歩を進めた。広間で奏でられる音楽にかき消されて里桜には二人の会話が聞こえなかった。

 ファメールはふっと笑い、立ち去るレアンと里桜にグラスを掲げると、シャンパンを飲み干した。


「僕も渡さないさ。レアン」


 広間で踊りながら、里桜はチラリとレアンを見上げた。目が合うと優しく微笑み返すものの、どこか雰囲気がいつもと違う。やっぱり怒ってるのかなと、不安になって里桜は俯いた。


「リオ。俯いてはダメですよ」

「あ。はい」


慌てて顔を上げた里桜にレアンは頷き微笑んだ。


「ごめんね」

「え?」

「やっぱり怒ってるよね」


レアンは頷くと「ええ。兄上に」と、里桜を見つめた。


「リオを怖がらせる者は誰であろうと許しません」


そういえば、と、里桜は小首を傾げた。


「怖くなかった。どうしてかな?」

「え?」

「前みたいに強引じゃなかったからかも」


 里桜の発言に、レアンはキョトンとした。考えてもみれば次のアダムの覚醒までまだ時間がある。今焦って里桜をどうこうする必要は無いはずだ。だとすれば、ファメールは本気で里桜を想っているのだろうかと、レアンは複雑な心境になった。


「リオが嫌な思いをしていないのであれば良いのですが……」


 と、里桜を見たレアンの瞳に赤い跡が浮かぶ里桜の胸元が飛び込んで、慌てて目を逸らしたものの守り切れなかった事の不甲斐なさを噛み締めた。


「リオ、それは? どこで怪我を?」

「怪我なんてしてないよ?」

「ですが、その……胸元に……」

「あっ! こ、これはっ!」


 顔を真っ赤にして里桜は泣きそうな顔をレアンに向けた。その表情の意味が分からずレアンは小首を傾げ、もしや『そんなところを見るなんてエッチ!』と、里桜は怒ったのだろうかと慌てて首を左右に振った。


「あ、あの! 私との身長差がですね? つい、見下ろすと丁度! その! すみません!」


慌てふためくレアンを見上げて、里桜は困った様に笑った。


「レアン、変な風になんか思ってないよ。違うの、コレは怪我なんかじゃなくて……」


 再び顔を真っ赤にすると、「……キスマークだよ」と、里桜は言った。レアンは絶句し、ファメールの仕業かと眉をひくつかせた。

 あれこれ聞いては里桜に嫌われるかもしれないと口を閉ざすレアンを見上げて、里桜は苦笑いを浮かべた。


「キスマークってつける時ちょっと痛いんだね。知らなかった」

「痛むなら薬を塗りますか?」

「薬!?」


 レアンの言葉に里桜はプッと噴き出して笑うと、「大丈夫」と言いながら尚も笑い、ツボに入ったらしく抑えが効かなくなった彼女は、顔を隠そうとレアンの胸に顔を埋める様にしながら踊った。

 里桜の笑う振動を体に受けながら、ぎゅっと抱きしめたい気持ちを抑えたが、里桜の背に添えられた手につい力が入った。


「そうだね。苦い薬でも塗っておけばいいのかも。ファメールさん対策に」

「兄上がすみません。そういうことは止める様に伝えておきますので」

「言う事訊かないでしょ、あのヒト」

「ええ、まあ……」

「覚悟してるからいいの。どうせ恋愛とかわかんないし、誰かを好きになれるかどうかだって私にはわかんないんだもん。それならいっそ、ファメールさんにって思ってるよ。その方がいいんだよきっと。あんなに素敵な人なんだもん、寧ろ光栄だって思わないとバチが当たっちゃうよね」

「リオ」


 最後のダンスの曲が終わりそうな時、レアンは里桜を抱き上げた。


「レアン!?」


 音楽がフィナーレを迎え、踊っていた招待客達がパートナーにお辞儀をしている中、レアンは抱き上げた里桜を優しく抱きしめていた。

 招待客達は仲の良き二人だと拍手を送り、会場内に特に違和感が起こる事は無かったが、アルカとファメールは二人を見て「気に食わない」と、心の中で思っていた。


「リオ。前にも言ったはずです。そのような覚悟は不要ですと。もっと自分を大事にしてください。でないと怒りますよ」

「……ごめんなさい」


 そっと里桜を床に降ろしてレアンは優しく微笑んだ。自分を大事に思って考えてくれるレアンを、里桜も大事にしたいと思った。きゅっとレアンの手を握り、「ありがとう。レアン」とお礼を言う里桜を見て、レアンは突然我に返った。


 ——なんということを自分はしでかしてしまったのか……!


 顔を真っ赤にし、慌てて謝罪するレアンにキョトンとしていると、アルカが壇上に上がり、パーティーの終わりを告げた。外交の成功に感謝の言葉を発し、会場内に大きな拍手が沸き起こった。

 国外からの招待客達はムアンドゥルガの王城に客室が用意されており、長旅で疲れた体を労う為に、パーティーは早めに切り上げる事とし、皆各々の部屋で休もうとゾロゾロと会場を後にした。


「リオ、お疲れさん」

「二人とも良く頑張ったじゃないか」


ニッと笑いながらアルカが声を掛けて、ファメールも金色の瞳を細めてニッコリと微笑んだ。


「最後はむかついたけど」


と、アルカとファメールが同時に言葉を発し、レアンはうっ……と口を閉ざした。里桜は小首を傾げると、「どうしてむかついたの?」と、キョトンとした調子で二人に聞いた。

 そもそも里桜はレアンに対して一切の警戒心が無いのだ。特に会場内で悪目立ちしたわけでもなく、全く問題に思ってもいなかった。


 アルカはそんな里桜を見て、フト不安に思った。

 ——里桜って、ひょっとしてレアンから求婚されたらあっさり受け入れるんじゃねーか? 

 と考えて、じっとレアンを見つめた。


「……何です?」


 アルカに見つめられて不快そうに眉を寄せたレアンに、「いや、別に」と、視線を外すと、誤魔化すように咳払いをした。これは絶対にレアンに知られたくないと思ったからだ。

 里桜はレアンの手を引くと「疲れちゃったから、部屋に戻るね」と言ったので、レアンは「送って行きます」と、騎士らしく胸に手を当てて会釈をした。

 そんな二人をアルカは頭を掻きながら見送ると、ファメールがうんざりした様に言葉を放った。


「間抜け顔」

「な!? うっせぇ!」


 カッと顔を赤らめて喚くアルカに、ツンと鼻先を立ててファメールは「レアンに余計な事を言ったらダメだからね」と、先ほどアルカが考えた事を読まれた様に口留めされた。

 そして「僕はまだ仕事が残っているから」と、星見の塔に戻って行ったので、取り残された気分でため息をつくと、アルカはワインの瓶を持ち、一人中庭へと向かった。


 噴水に腰かけてパーティーの余韻に浸りながら星々を見上げた。


『アルカはエルティナさんが好きなんでしょ?』


 パーティー会場で里桜の言った言葉を思い出し、アルカは俯いて額を片手で覆った。灰色の髪がくしゃりと乱れる。唇を噛み、「言い訳になっちまうのかな」と、一人愚痴て、クッとワインの瓶に口をつけて飲んだ。


 里桜が居るはずの部屋を見上げ、灰色の瞳を細める。


 窓から漏れる明かりに、今すぐに里桜の部屋の扉を叩き室内に押し入り弁明したい気分になり、ぎゅっと瞳を閉じて再び俯いた。

 俯くと襟元が苦しいと感じ、詰襟のフックと胸元のボタンを外して片膝を立て、だらりと腕を投げ出した。噴水の中に手を落とし、白い手袋に染み込む冷たい水の感触を味わう。スッと手を動かして水面に弧を描き、揺らめく水面をぼうっと見つめた。


「アルカ」


掛けられた声に顔を上げると、長い金髪に純白のドレスを身に纏ったエルティナの姿が瞳に移った。


「女王様がこんなところに護衛もつけずにどうしたんだ?」

「部屋からアルカの姿が見えましたので」

「長旅で疲れただろ? ゆっくり休めばいいのに」


少し困った様に微笑むと「隣、良いですか?」と、エルティナは伺った。


「ああ。いいけど。オレ、エルティナちゃんの護衛にバレたらぶっころされねーかな」

「死なないでしょう? アルカは」

「まあ、そっか」


くすくすと笑いながらアルカの隣に腰かけると、エルティナはドレスの裾を綺麗に直した。


「時間が欲しいと言っていましたね。リオとの時間を」

「ああ。リオに会ってどうだった? 何か分かった?」


首を左右に振るエルティナに、「そっか」と言いながらアルカはワインの瓶に口をつけようとして、「あ、なんか飲む?」と、エルティナに聞いた。

 エルティナは頷くと、アルカの持つワインの瓶を両手で受け取りコクコクと飲んだ。


「おい……ちょっと? エルティナちゃん、酒、飲めるんだっけ?」

「いいえ!」

「そのわりにはいい飲みっぷり……」

「アルカ!」


 エルティナが蒼い瞳でキッとアルカを睨みつけた。思わず「はい!」と、返事をすると、彼女はそのサファイアの様な瞳からポロポロと涙を零した。


「さっそく酔ってるじゃねーか!」

「酔ってませんわ!」

「いや、酔ってると思うけど……」


苦笑いを浮かべながらエルティナからワインの瓶を取り上げて、少し離れたところに置いた。


「部屋に帰った方がいいぜ。水、持って来るからさ。ちょっと待ってて」


立ち上がろうとするアルカの手を、エルティナがぐっと引っ張った。


「アルカったら酷いわ! 私はアダムではなく、アルカをお慕いしていると何度も申し上げているのに、全く聞く耳を持ってくださらないのですもの!」


これは相当酔ってるなと、アルカはため息をついた。


「いや、だってさ。エルティナちゃんはアダムと……」


今更何を言い出すんだと、困った様にエルティナを見つめると、彼女は首を左右に振った。


「違いますアルカ! アダムと一夜を共にしたのは、アルカをお慕いしていたからですわ! 貴方を、に戻す為には私の破瓜が必要だったからです!」

「え……!?」


瞳をひん剥いてアルカはエルティナを見た。

 ——酔って言っているのか? けど、酔ってたってこんな嘘なんか言うか!?


「や、ちょっと、だってオレは……」

「戴冠式でアルカを一目見たときに恋に落ちたというのに。アルカもそれに気づいたはずです。どうして知らないふりをするのですか?」


 ————二年前。エルティナの戴冠式を終えた後、アルカはエルティナの部屋のテラスへと降り立った。灰色の翼を背に生やすその姿を見つめ、エルティナは僅かに沸いた恐怖心を抑えながら窓を開けた。


「聖王国の女王陛下に助けを求めに来ました」


そう言って、窓を開けたエルティナの前で跪くアルカに、エルティナは戸惑いながら聞いた。


「助けとはどういったことですか?」

「魔族の王であるオレを殺して頂きたいのです」


 アルカは剣を鞘ごとエルティナへと掲げる様に手渡した。嫌に軽いその剣をエルティナは不思議に思い、刃の無いイミテーションではと、僅かに剣を抜こうとした。


「……っ!」


薄い刃にエルティナの親指が僅かに傷つき、真っ赤な鮮血がポタリと零れた。


「あっ。大丈夫?」


心配したアルカがエルティナの手を取った。


「そんなに深くなさそうだな」


アルカは鮮血の滴る彼女のその指をペロリと舐めた。

 その瞬間、ドクン!! と、アルカの中で何かが鼓動した。思わず胸を抑えて蹲る。


「アルカイン様?」


顔を上げた時アルカの瞳は真紅に染まっており、背に生えていた灰色の翼は漆黒に染まっていた。まるで天使から悪魔へと変貌したようだと、エルティナは恐怖を覚えた。


「お前が聖王国の女王か」


 その問いにエルティナは戸惑いつつ頷いた。アルカはニヤリと笑い舌なめずりをすると、鋭く伸びた爪先をエルティナの首筋へと向けた。

 僅かに触れた切っ先がチクリと痛み、彼女の白い首筋からツッと鮮血が零れた。アルカはその血をさも美味そうに舐めて、そのままエルティナの体に覆いかぶさり押し倒した。


「俺はアダム。宜しくな」

「離してください!」

「何故? お前も俺を求めているはずだぜ? エヴァ。に惚れたんだろう?」


くっと笑い、アダムは真紅に染まった瞳でエルティナを見た。


「さて、問おう。お前はこの世界の崩壊を望むか、否か」

「何を言うのです! 崩壊を望む者等居るはずがないでしょう!」

「だろうな。お前が死ねば、アシェントリアが滅んじまうんだからなぁ。この世界は、俺達の世界だ」


エルティナの肩をアダムは大きな手で掴んだ。


「今一度問おう。生か、死か」

「死など望みません!」

「決まりだな」


ニヤリとアルカが笑い、エルティナはゾクリと背筋が凍り付いた。


「何が目的ですか!」


悲鳴の様に発したエルティナの言葉に、アルカはさらりと「破瓜はか」と答えた。


「……え?」

「聖剣は処女だけが扱える代物だ。ムアンドゥルガを滅ぼさせてたまるか。滅びを望まねぇなら、大人しく俺に従え」


黒々と伸びるアルカの爪がエルティナの肩に強く食い込む。白い肌にじんわりと血が滲み、痛みに眉を寄せた。


「止めて!」

「惚れちまってんだろぉ? カインに。聖王国の女王様が、魔族の王によぉ」

「……っ!」


瞳を見開いてアルカを見つめると、真紅の瞳をアルカは悲し気に細めた。


「本来お前は俺に惚れる予定だったってのによぉ。俺から何もかも奪いやがる。カインの野郎は……!」


孤独……。エルティナにはそう感じた。孤独に怯え、もだえ苦しんでいるようだと、目の前で悲し気に言葉を発する男を見つめた。

 それでも、エルティナは気丈に睨みつけた。


「……アルカイン様を返してください!」


その言葉にクッと笑うと、強く掴んだエルティナの肩を更に強く力を入れたので、エルティナは堪らず悲鳴を上げた。


「破瓜が済まなければカインは戻ってこねぇぜ? いいのか?」

「そんな!」

「処女の鮮血は魔族の覚醒を意味する。このまま世界を崩壊させることも俺にはできる。どちらを選ぶ?」

「!!!!」


エルティナはキッと睨みつけ、「アルカイン様を盾にするというのですか!」と言ったが、彼は寂しげにエルティナを見下ろした。


「……俺を、カインだと思えば幸せだろう? ……なぁに、顔は変わらねぇ」



 ————噴水の水がキラキラと月明かりで輝いている。

 エルティナはきゅっと拳を握り締め、震えていた。


「あの日、オレが処女のエルティナちゃんの鮮血を口にしたせいで、アダムが目を覚ました。アダムが目を覚ましてる間の記憶はオレには無い」

「ええ。アルカと再会して分かりました」

「エルティナちゃんはいつもアダムを待っていたんじゃないのか? リオを送ったのも、オレを殺してアダムを開放する為なんじゃないのか?」

「違います!」


エルティナはアルカの手を取り、両手で抱く様に包み込んだ。


「私がお慕いしているのは、アルカイン、貴方です。戴冠式で煌めく様な優しい微笑みを私に向けてくださった貴方なのです」

「じゃあ……なんでリオを送ったんだ!?」

「リオを送ったのは……アルカが、苦しみから解放されることを望んでいたから! アルカが最初に私の元へと訪れた時の望みを、私は叶えてあげることができないからです! 私が望むのは、貴方の望みを叶える事です!」


 ポロポロと零す宝石の様な涙を惜しげなく頬を伝わせて、エルティナはアルカの胸に縋りついた。


「私も貴方を失いたくなどありません。ですが、アルカはもう十分苦しみました。これ以上耐える必要はありません。どうか、から解放されてください。私の望みはそれだけなのです! 貴方を、愛しているから!」


アルカはエルティナの背を優しく撫ぜて、唇を噛んだ。

 灰色の瞳をぎゅっと閉じ痛む心に耐えようとした。


「……オレが死んでもアダムが死んでも、この世界の崩壊は免れないんだぜ? エルティナちゃんは消える運命なんだ。それでもいいのか?」


頷くエルティナを感じながら、アルカはため息をついた。


「それでも、アルカは『』のでしょう? どうかお願いです。私とリオとの融合の前に、どうか……」


エルティナをぎゅっと抱きしめて、アルカは「ごめん」と、小さく言葉を吐いた。

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