第28話 思惑

「外交パーティー!?」


 執務室でファメールの仕事を手伝いながら、里桜は素っ頓狂な声を上げた。その里桜の横でファメールは片眉を吊り上げて金色の瞳をアルカへと刺す様に向ける。

 アルカは居心地悪そうに執務室の椅子に腰かけて、申し訳無さそうに片目を閉じた。


「長い事城を空けて帰って来たかと思えば、突拍子もない事を言いだすのを止してよね」


 何事も無かったかのようにファメールはアルカから視線を外すと、机の上の書類へと視線を戻したので、アルカは慌てて声を上げた。


「や、ええと! 聞いてくれって! その、ラウディの奴がさー、あ、リオ、ラウディってアシェントリアの外交顧問なんだけどな? その、他国もムアンドゥルガの品に興味を持ったとかで、絶対パーティーを開いて広めた方が良いって言うんだよ」


 困った様にうなじを掻くアルカに、里桜は

 ——なるほどね、やっぱりアシェントリアに行ってたんだ、アルカは

 と、冷ややかな視線を送った。

 ファメールはアルカの話にも動じることなく、サラサラと羽ペンを動かしながら「ラウディから聞いてるよ。他国というのはスラーの事だろう?」と、答えた。


「あー。うん。さっすがファメールさんたら鋭いなぁ」

「バカにしないでよね。ひと月以上も留守にしておいて突然戻ったかと思ったらこれだ。まさか引き受けたなんて言わないよね?」


 ファメールは書類に書き込みながらそう続け、紙を捲った。

 何も言わずに苦笑いを返すアルカの反応に手を止めると、金色の瞳を三角にして睨みつけた。


「バカじゃないの!? 何勝手に受けてんの!? 死ね! 今すぐここで死ね!!」

「いやいや! だから、仕方ねーだろ? 断り切れねーじゃん! 招かれておきながら招きもしねーって、そんなのは外交としてはマナー違反だなんだって言われちまったらさー!」

「アルカに外交を任せた覚えは無いよ! あ――もう!! 余計な事してくれちゃって!!」


 怒り狂うファメールにびくびくしながらも、里桜には何故ファメールがそれほどに怒るのかが全く分からなかった。

 机に置いてある書類を数枚取って押印しながら「パーティーだなんて、楽しそうじゃない」と、アルカに助け船を出すべく軽い気持ちで言った。


 キッと睨みつけるファメールの視線に思わずびくりと手を止める。


「とんでもない。ここは魔国だよ!? 人間が物見遊山で来てもらったら困るんだよ。『ああなんだ。魔族って結構温厚なんだ』なんて思われたく無いし、だからと言って『やっぱり魔族は恐ろしい』と思われても困る。良い感じに距離を置いていたってのにさぁ!」


 ファメールの発言に里桜は成程と頷いた。


「そっか。外交って難しいのね」

「それに魔族は人間とは違って貴族だとかいうおかしな階級制度が無いからね。城の者含めて人間の文化を全部叩き込まないとダメだなんて、めんどくさいったらありゃしない。爵位だとかなんだとか……あーもう……そんなの分かるのは僕くらいだろ? そうなると結局僕一人がまた忙しい思いをするんだ。アルカのバカは多少理解してたって、人に教えもしないで遊び惚けるに決まってるんだからさぁ!」


クシャっと両手で灰色の髪の頭を抱え、ファメールはうだうだと愚痴た。


「大体!」


と、ファメールはいきり立ってドンと机を叩いたので、その上に乗っていたティーセットがカチャン! と、悲鳴を上げた。


「外交だ、なんて名目上の言い訳に決まっているじゃないか。分かってる!?」


 ファメールに勇まれてアルカはつっと視線を逸らし、頬を掻いて少し考えた後、「……名目上って?」と、苦笑い交じりに言葉を放った。

 その様子は、明らかにファメールの言わんとしていることを察している様だった。


「リオをムアンドゥルガに送って随分経つのに音沙汰が無いから、様子見に来たいのが本音に決まってるじゃないか」


ファメールの言葉を聞き、「……え? 私?」と、里桜は思わず自分を指さした。


「ラウディからの申し入れは裏で指示している人間が居るんだよ。僕が今まで無難に断って来たっていうのに、全部台無しにしてくれちゃって! そんな中でスラーの相手なんかしていたら、隙の一つや二つが出るに決まってる!」


 そういえば、アシェントリアから来た書状にファメールが舌打ちしながら何やら書き込んで、里桜に見せない様にポイと書類を運ぶ係に手渡していたなと、里桜は思い出した。

 あの書類はそういった申し出のものだったのか。


 アルカは

 ——さすがファメール、鋭い……

 と、思いながらも頑張ってフォローの言葉を入れた。


「い……いいんじゃねーの? 元気な顔でも見せてやれば……」

「バッカじゃないの!? 一万回死ねっ!!!!!」


ファメールがサッと片手をアルカに翳した。ボン!! と、音を発してアルカの頭に炎が灯る。


「あっち!! あち!!」


 慌ててパタパタと自らの頭を両手で叩いて炎を消すと、「ハゲたらどーすんだよ!」とアルカはぷんすかと怒った。


「一生ハゲ暮らせバカアルカ!! リオは男として、しかもキミを殺す勇者として送り込まれたって事を忘れたの!?」


 ——そうだった……

 と、里桜は我ながらすっかり忘れていた事に苦笑いを浮かべた。ムアンドゥルガの王城に来て、ファメールの手伝いをしながらなかなかに生活が充実していて、忙しく毎日を送っているので腑抜けた気分だ。

 何を『パーティーなんて、楽しそうじゃない』等と言えたものだろうか。


「一体どうするつもりなのさ!? リオの存在そのものを知らないというのか、それとも殺したというのか、帰したというのか!」

「あー……それは、だなぁ。エルティナちゃんにさぁ、リオの事を問いただしたりもしたし、女の子だったって話しちまったし、知らないだなんて言い逃れしようにも……」


「やっぱり会ってたんだ」


 ファメールのツッコミに「う……」と怯んだアルカに、金色の瞳で冷ややかに睨みつけて「一億回死ね……」と言ってファメールは両手で頭を抱えると、机に突っ伏した。

 ファメールをこれほどまでに取り乱す原因を作ってしまった様な気がして、里桜は申し訳なくなって困った様に俯いた。

 執務室の扉がノックされてアルカが返事をすると、そっと扉が開かれてレアンが顔を出した。

 室内に居る里桜、アルカの姿に少し驚いてマリンブルーの瞳を見開いたが、すぐに気を取り直して丁寧に頭を下げた。


「お呼びですか、兄上」

「へ? 呼んでねーよ?」

「アルカでは無く、兄上です!」


 その様子にふと里桜は違和感を覚えた。そういえば、アルカ、ファメール、レアンは3人とも義兄弟なはずなのに、レアンはアルカを兄と呼ばない。

 アルカは少し傷ついた様な表情を浮かべたが、レアンは気にも留めずにファメールを見て、机に突っ伏したままの兄の姿に小首を傾げた。


「どうかなさいましたか?」

「どうもこうもないよ……全く」


むくりと顔を上げ、ファメールは机の上に両手を組みその上に顎を乗せた。


「アルカのバカが外交パーティーを開くだなんて言い出したからね、騎士団には警備を、キミにはパーティーに参加して貰うよ。色々叩き込む予定だから覚悟しておいてね」


ファメールの言葉を聞きレアンが戸惑いの声を上げる前に、アルカが「おい!」と、叫んだ。


「ファメール! オレが外交パーティを引き受けたって知ってたんじゃねーか! 予めレアンを呼び出しておくだなんてとぼけやがって!」

「煩いよ。キミは百億回死ね。キミが引き受けた旨が書き込まれた開催依頼通知が届いているんだ。気づかないはずが無いだろう? バカにするのもいい加減にしてよね、全く」


しれっとファメールは応えると、ツンと鼻先を上げた。


 里桜は苦笑いを浮かべた。要するに、ファメールはアルカが外交パーティを引き受けた事を知っていて、アルカの告白にわざと怒り狂って見せていたというわけだ。やはりこの人何を考えてるのかさっぱり分からないと、退く思いでファメールにチラリと視線を向けると、ファメールは里桜に向かって優しく微笑んだ。

 その微笑みをアルカとレアンが意外そうに見つめる。


「リオ、キミの為に仕立屋を城に呼ぼう。思う存分着飾って美しい姿を皆にお披露目してやるといい」

「……え?」

「そうだね、ドレスの色は濃い藍色がいいだろう。きっとキミに似合うだろうね」


二人のやりとりを唖然として見て、アルカとレアンは顔を見合わせた。


「ドレスに合わせて宝飾品も用意させないとね。まあ、キミの美しさに宝石なんか霞んでしまうだろうけれど」


 里桜は嫌に甘い言葉を吐くファメールに戸惑った。一体ファメールはどうしたのだろうか。アルカが外交に口を挟んだ事がよっぽど気に入らず、怒りの余りおかしくなってしまったのではないかと心配になった。

 また熱でも出てしまったのかと心配してファメールの側に来ると、さっと手を額に当てた。


「なに?」

「熱は無いみたい。どうしちゃったの? ファメールさん」

「なにがさ?」

「なんか変だよ?」

「どこもおかしくなんかないさ。アルカのバカの留守中に、キミのおかげで随分と助かったからね。ささやかながらそのお礼ができればと思っただけさ」


里桜の手を取りその指先にキスをするファメールに、レアンが思わず立ち上がった。


「兄上!」

「何?」


 ジロリと金色の瞳で睨みつけられて、レアンは口をパクパクとさせた後、咳払いをした。

 余り里桜になれなれしくしないで頂きたい! と、言いたい言葉を飲み込んで、そもそも里桜は自分の所有物でも何でもないのだと、レアンはドヨンと落ち込んだ。


「レアン? ど、どうしたの?」


 心配そうに小首を傾げた里桜に、「いえ。何でも……」と、答えて、ガックリと沈んでいるレアンの姿を見て(アルカへの当てつけのつもりだったけれど、レアンに申し訳無かったかな……)と、ファメールは苦笑いを浮かべた。


「なあ、ファメール。ドレスを用意させるってことは、踊るんだよな?」


アルカの言葉にファメールは面倒そうにため息をついた。


「勿論、人間の文化に合わせるつもりは無いけれどね。魔族流の外交パーティで歓迎してやるつもりさ」

「やった! リオ、オレと踊ろうぜ!?」

「ダメ」


ピシャリとファメールは言い放ち、勝ち誇った様にアルカを見た。


「えー!? なんで?」

「アルカは駄目」

「なんだよー。ちょっとくらいいいじゃねーか。ファメールの次でいいからさー」

「僕は踊らないよ」

「へ? じゃあ誰と……」

「リオはレアンと踊るのさ」

「……はい?」


レアンはまさか自分の名が出るとは思いもせず、間抜けな声を上げて瞳を見開いた。


「私は、ダンスなどできません!」

「分かってるさ。だから教え込むって言っているだろう? 講師はヴィベルが適任かな」

「しかし!」

「リオ、キミは踊れるよね?」


 確かに小さい頃から父親の会食等にも参加する機会が多く、手ほどきは受けていたし、習い事にも含まれていた。しかし……。


「この世界のと一緒かどうかわかんないよ」


 不安気に言う里桜にファメールは優しく微笑んだ。再びその微笑みをアルカとレアンは意外そうに見つめ、二人は顔を見合わせた。

 二人の間で『なあ、ファメールの奴があんなふうに笑うなんて、初めて見たぜ』『私もです。あれほどに優しい笑みができるとは』と、暗に目で会話が交わされた。


「平気さ。経験があるなら教えるのもさほど苦労は無いからね」

「わかった。頑張ってみる」

「あの、兄上」


レアンがおずおずと声を発した。


「私はリオの相手には不向きかと。アルカが駄目なのであれば、やはり兄上がリオと踊るのが良いと思うのですが」

「却下」


サクッと言い放ち、ファメールは人の悪い笑みをレアンに向けた。


「人間達の見世物になるなん、僕はまっぴらご免さ」


困った様にレアンが里桜に視線を向けたので、里桜はニッコリと微笑んだ。


「大丈夫だよレアン。一緒に頑張ろう。私、踊るの好きだよ。きっと楽しいと思う」

「はあ、なんとも恐縮ですね」

「ファメール、オレは!? オレ、何したらいいんだよ」


まるで駄々をこねる子供の様にぶーたれるアルカに、ファメールは大きなため息をついた。


「キミはこの国の国王だろう? キミ、結婚していないじゃないか。パートナー無しでどうやって踊るつもりなの? バカなの?」

「オウサマだって踊りたいっ! エルティナちゃんの戴冠式では、エルティナちゃんが踊ってたじゃねーか! 彼女だって未婚だろ!?」

「……ああ」


 ファメールはツンと眉を片方吊り上げてアルカを見つめた。その視線にアルカはうっと退き、タラリとこめかみから汗を垂らした。


「聖王国の戴冠式で? 戴冠したばかりの新女王と魔族の王が踊るだなんてバカげた醜態を晒したんだっけ」

「や、だって! 誘われたら断れねーじゃん!?」


 ニコリと微笑むファメールの笑顔がアルカには恐ろしく感じ、思わず視線を外すと、「じゃあ、キミも適当に会場内の女性を誘って踊ればいいじゃないか」と、サラリと流す様に言われた。


「う……あ……」


 アルカはあたふたと声を発したが言葉にならず、シュンとしょぼくれた。

 ——ファメールの奴、オレが誰と踊りたいのか分かってるくせに意地悪め……

 と、思いながらも文句も言えずに恨めしそうにファメールを見た。


 その視線にファメールは僅かに唇の端を持ち上げて人の悪い笑みを浮かべたので、アルカは増々恨めしく思った。

 ——さっきからのこいつの態度、ぜってーオレに対する当てつけだ。感じわりぃ……


「リオ、それとレアン。二人は広間へ先に行って準備をしていてよ。僕はこの書類を片付けた後に向かうから」

「うん」

「わかりました」


 里桜とレアンが返事をして執務室から出て行くと、二人に対しても恨めしそうに見送っていたアルカに、ファメールはふっと笑った。


「アルカ」

「……なんだよ」

「リオに何かした?」

「え!?」


瞳を見開いて唇をすぼめたアルカに、ファメールはうんざりした様にため息をついた。


「リオの態度が洞窟に行った日から少しおかしいんだ。キミが留守なことを気にしているはずなのに、キミの話題を妙に避けていた。アルカと何かあったのかと聞いても別に何もといって誤魔化すし」

「あー……あれかなぁー」


 アルカは頭を掻きながら椅子に仰け反って座ると「リオにちゅーしたら頭突きされて逃げられた……」と、悲し気に言って唇を尖らせた。


「は? 洞窟から帰ったあの日かい? あのタイミングで? リオはキミとエルティナが恋仲だと思ってるのに、バカじゃないの? そりゃあ嫌われて当然だね。何考えてるのさ?」

「言うなよ! だって、なんつーか! ああっっ!!」


頭を抱えたアルカに、ファメールはやれやれとため息をついた。


「僕とリオをくっつけようとバカなことしてるくせに行動がかみ合っていないよ。さっきの僕の言葉程度にいちいち動揺しちゃって、バカじゃないの?」

「お前だって! レアンと踊る事を勧めたりしてるじゃねーか!」

「僕は忙しいんだ。パーティーで踊ってる暇なんか無いに決まってるだろう? それに正直そういった場は好きじゃない。更に言えば相手はスラーだもの。僕はできるだけ関わりたくない」


 羽ペンのペン先を布で拭き、インクの汚れを落とすファメールを見つめながら、アルカは『やっぱりこいつの考えてる事ってわっかんねーな』と、心の中で思った。


「腑に落ちねーなぁ。あの時なんだって洞窟になんか連れてきたんだ?」

「念押しさ。アルカを殺せばどんな事になるのか分かってほしかったからね」

「でも、どうせそんなんでお前は安心しねーんだろ?」

「まあね」


 ニッコリとファメールが笑い、アルカはため息をついた。


 ファメールが里桜を想う気持ちが強まれば、里桜に対する不信感も薄まるだろうと思ったが、なかなかに手ごわい。そもそもファメールが他人に興味を抱くという事自体が稀なのだ。里桜に対しては特別な感情を抱いている風に見えたが、実のところどうなのかはアルカにはさっぱり分からなかった。


「ちぇ、素直じゃねぇよな。ホント」

「誰もがキミのように単純じゃないのさ」

「だったら、オレにもリオと仲直りのチャンスくらいくれたっていいじゃねーか」

「そんなにリオと踊りたかったのかい? 外交パーティの目的をすり替えないでよね。言っておくけれど、これは舞踏会じゃなくあくまでも外交パーティさ。アルカは最も重要な余興の準備だよ。この外交パーティをちゃんと『外交として』成功させる為のね」

「余興がかー?」

「そうさ。昔三人でよく遊んだじゃないか。剣の出来を確かめる為にね」

「あー、あれ? あれがなんか役立つのかよー」


と、ふてくされた様に言った後、アルカはファメールの言わんとしていることを察し瞳を上げた。


「そうか。余興。なるほどな!」

「レアンはセンスがあるし、普段から稽古をしているからね。余興の練習もほとんど必要が無いだろう。だからこそ、ダンスの時間に割けるはずさ」

「はいはい。無駄なく時間を大切に、な?」

「そういうこと」


 ニッと愛嬌のある笑みを浮かべ、「仕立屋と鍛冶屋を呼んでくる!」と、アルカは執務室を出て行った。


 執務室に独り残り、羽ペンにインクを付けてファメールは書類を書き進めた。クッと肩を震わせて笑うと片手で顔を覆い、笑いを抑えた。


「滑稽だね……全く」

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