第38話 翻弄
「僕らの事、勝手に話すのは止めてくれないかな」
ファメールの声に驚いて顔を上げると、ファメールとレアンの二人がテラスへと続く窓の側に立っており、ムッとした顔でこちらを見ていた。
「リオに触れないでください。汚れます」
苛立ったようにレアンがそう言い放ち、「えー!?」と、アルカが苦笑いを浮かべた。
「ファメールさん、それにレアンも……一体どうして」
「すみません、部屋をノックしたのですが応答が無かったので。兄上と相談して開けさせて頂きました。パーティーで殆ど食事を摂れていなかったようなので、倒れたのではと心配しまして」
「リオに勝手に話してくれちゃって。キミ、考えあっての事なんだろうね?」
「いや……まあ、考えっつーか……うーん」
しどろもどろに言うアルカの側にレアンが来ると、里桜の手を取ってアルカから離したので、アルカは名残惜しそうに里桜を見つめた。
「帰る必要などありません。逃げる事が悪いことだとも思わないと言ったでしょう?」
「そうさ。それに、僕達だって消されちゃ敵わない」
「アルカ、自分の運命は自分で決めます。貴方の一存で決めないで頂きたい」
「苦しんでるのは分かってるさ。でも、そんな風に僕達を巻き込んだなら、ちゃんと責任とって苦しみ続けなよね」
レアンとファメールに責め立てられて、アルカは悲し気に俯いた。
里桜は瞳を擦り、キッとアルカを睨みつけた。
「酷いよ、アルカ……帰る為にはアルカを殺さなきゃいけないんでしょう? そんなの無理だよ。お母さんが死んじゃった時の夢、いつも見るのに。私にアルカを殺した夢も見させたいの? 私、刃物が触れないのに。怖いのに!」
「……っ! ……ごめん……」
「アルカを殺すくらいなら、知らないオジサンに処女を捧げた方がよっぽどマシだよ!」
里桜の発言にシン……とした後、アルカ、ファメール、レアンはぎょっとして、大慌てて「それは駄目!!」と、ツッコミを入れた。
「ちょっと! 自分が言ってる事、キミは分かっているのかい!?」
「そうですよ、絶対にいけません!」
「知らないオッサンとかマヂありえねーって! だったらオレと……じゃなくて! 絶対ダメっ!!」
「どうして!? そしたらアルカから殺してなんて言われなくて済むようになるし、帰らなくて良くなるし、皆だって心配無くなるじゃない!」
「いや、すっげー心配だから止めてくれ、まぢで!」
「そうさ。絶対に許さないからね!」
「リオ、自分を大事にしてくださいと言ったではありませんか!」
大慌ての三人を前に、「じゃあどうしたらいいのっ!!」と、里桜はその場に座り、しくしくと泣き出してしまった。
さて、誰が里桜を慰めるのに適しているかと互いに探り合いが始まった。
アルカ……は、里桜を怯えさせたばかりだし、ファメールは先ほど里桜に濃厚なキスをして気を動転させたばかりだ。各々自分の非を認め、必然的に最も安全であろうレアンに二人の視線が向けられて、レアンは里桜を宥めようと里桜の前にしゃがんだ。
そのレアンに、里桜がまるで求めていたかのように抱き付いたので、アルカとファメールはあからさまに面白くない顔をした。
「リオ、混乱させてしまってすみません」
低く優しい声でレアンはそう言うと、里桜の背を優しく撫でた。
「レアン。私、アルカなんか嫌いっ!」
ガーン!! と、ショックを受けて口をパクパクとさせるアルカを、ファメールはクスリと小さく笑いながら横目で見た。
「私、現実世界から逃げてなんかいない。必死に立ち向かおうとしてたもの! それを強引に召喚させられたんだもんっ!」
「……ごめん」
アルカの言葉に里桜は振り向いて頬を膨らませた。
「自分が逃げたからって、私もそうだなんて決めつけないでよ。私は、戻りたくもない現実世界に戻ろうとしてたもの。でも、アルカを殺したくないから諦めたんじゃない。それを、どうして今更戻ろうだなんて言うの? よくわかんないよ!」
言葉を失うアルカに里桜は更に言った。
「戻らないって決心するのだって簡単な事じゃなかったんだよ!? アルカだけの世界じゃないでしょう!? 嫌い。アルカのバカっ!!」
シュンと俯くアルカに、ファメールがため息交じりに掌を出し「ストップ」と、里桜を制した。
「わかったよ、リオ。ちゃんと説明するから。これじゃあアルカが余りにも針の
四人は星見の塔の研究室へと場所を変えた。今日は外交パーティが開催された為、いつもより城内に人が多い。塔の螺旋階段へと続く扉の鍵を閉めておけば、誰かに聞かれる心配も無く会話に集中できると考えたからだ。
ファメールは「特別だよ」と言いながらとっておきの茶葉を出し、自らお茶の用意をし始めた。
里桜はレアンの側が落ち着くのか、アルカから離れるようにレアンに身を寄せていた。怯えた様に体を震わせるその振動を感じながら、レアンは時折里桜の背を優しく撫でた。
「あれ? リオったら妬けるなぁ。レアンが好きなの? 僕とキスした間柄なのに」
お茶の用意をしながらわざと茶化して言うファメールの言葉に、里桜はカッと顔を赤らめて、「いきなりされただけでしょ!?」と、言い返した。
「キスならオレとだってしたぜ? なー? リオ。ファーストキスごちそうさま」
「アルカ!! あれは治療の為でしょ!? あれだっていきなりだったもん! 二人ともキス魔だよ! 嫌いっ!」
なんでこんな会話になるの!? と、動揺する里桜の隣に居るレアンにアルカとファメールが視線を向けた。そういえばレアンはどうなのだろうと気になったのだ。
二人の視線の意味が全く分からずに小首を傾げるレアンに、まあ、レアンは女性に手を出せないだろうから当然里桜とも何も無いのだろう、だからこそ里桜もレアンには警戒しないのだとホッとした時、里桜が気づいて「あっ」と小さく声を発した。
「レアン、あの……あれは……。ごめんね。突然キスしちゃって。嫌だったよね」
「はぁ!?」
アルカとファメールが同時に声を発してレアンを睨みつけ、レアンは顔を真っ赤にして首を左右に振った。
「え!? ……いや、えーと……。全然、嫌では……」
動揺するレアンに、アルカとファメールは口々に不満をぶつけた。
「なんだよそれ!? リオからしてもらうとか、ずっりーなお前!!」
「なかなかに屈辱的じゃないか」
「よし、リオ。オレにもしてくれよ! な、今すぐ!」
「しないよ! バカッ!」
「ちょっと触れるだけでいいからっ! な!? リオからしてもらいたいじゃんかっ!」
「なっ……!」
顔を真っ赤にする里桜に迫るアルカの額を、レアンはベシッ! と殴りつけた。
「止めなさい! リオが怯えます!」
「ちぇー! お前はいいよなー。リオからして貰って。な? どんなのしたんだ? めちゃくちゃ濃厚なやつとか?」
「黙りなさい!」
「ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃねーかケチー!」
「ち、違うの! えと、アルカがレアンに酷い事言ったから!」
「へ? オレ?」
レアンから殴られた額を撫でながらアルカが小首を傾げた。
「アルカがレアンに、『キスする時に牙が邪魔になる』なんて言うから! だからそんな事ないよって!」
「それを証明する為にか!?」
アルカはレアンの口に手を掛けると、ムニッと両手で押し上げて牙を覗き込んだので、レアンに再び殴られた。
「何をするんですっ!!」
「牙あるってだけでリオにキスして貰えるだなんて役得め!」
「黙りなさい!」
ファメールはその様子にフンと鼻で笑い、「まあ、別にキスくらいいいけれどね」と、わざとらしく勝ち誇った様な言い方をしたので、アルカとレアンは『ファメールはキス以上の事をしたのか?』と、考えた。
「ちょっと! ファメールさん、誤解されるような言い方しないで!」
慌ててツッコミを入れた後、この妙な話題を早く変えようと、里桜は「そんな話をするために来たわけじゃないじゃない!」と、話題を振った。
「えー!? ちょっと意味深じゃんかー。めちゃくちゃ気になる!」
「何にも無いったら!」
もう嫌っ! と、里桜は恥ずかしさでレアンの肩に自分の顔を埋めた。
これ以上揶揄っては流石に可哀想だと、ファメールはふっと笑うと、お茶を一口飲んだ後、小さくため息を吐いた。
「リオ、キミにちゃんとお礼を言っていなかったね。僕が熱を出した時、キミは看病してくれただろう?」
塔から二人で落ちた後、ファメールが高熱で二日間目を覚まさなかった時の事を言っているのか、と里桜はチラリとファメールを見つめた。金色の優しい眼差しで見つめ返されて、里桜は戸惑う様に瞬きをした。
「あの時はごめんね。私、ベッドの脇で眠っちゃって。よだれ垂らしてなかった?」
「寝言は言ってたよ。」
「うそ!? 何て!?」
ファメールは思い出して、クスクスと笑った。里桜はよっぽど恥ずかしい事を言ったのだろうと察して顔を真っ赤にし、聞いた方がいいのか止めた方がいいのかと迷った。
「『ただいま』と言っていたよ。あと、『お腹空いた』って」
ファメールの答えにレアンが肩を揺らして笑った。
「リオらしいですね」
「あはは……恥ずかしい。私食い意地張ってるのかな?」
「いいなぁファメール。リオの寝言オレも聞きたいっ! よし、今日一緒に寝よう? な?」
「嫌」
サクっと答えた里桜に、アルカは「えー!?」と、残念そうにして、レアンはこのバカ男をどうしたものかと頭を悩ませた。
「アルカとファメールさんは危険過ぎるから絶対に嫌っ!」
「聞き捨てならないね。僕とアルカを一緒にしないでくれないか?」
「待て待て、レアンとならいいのか!?」
「レアンは変なことしないもん!」
——それは、男としてどうなんだ? と、アルカとファメールは落ち込むレアンを労わる目で見つめた。
「さて、と。リオも落ち着いた様だし頃合いかな。バカ話はそのくらいにして、本題に入ろうか」
ニコリとファメールが微笑んだ。泣きじゃくっていた里桜を落ち着くのを待っていたのだ。
「アルカ、準備はいいかい?」
そう言ってアルカの肩に触れた。アルカは「いいぜ」と、瞳を閉じ、ファメールはアルカの肩に触れたまま杖を握りしめて詠唱をした。
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