第21話 カインの刻印
「よせ!!」
「バカを言うな! 生かしておけるものか!!」
レイピアをスラリと構えるファメールにアルカが慌てて声を掛けるも、聞く耳を持とうとしない。
里桜は驚いて後ずさり、尻もちをついて転んだ。その里桜に切りかかろうとするファメールの前にアルカは立ちはだかり、ファメールのレイピアを持つ手を振り払った。
「止めろって!!」
「黙れアルカ!! そこをどけよ!」
「落ち着けって! ファメール、頼むから!!」
アルカはため息をつき、怯える里桜に手を差し伸べた。
「ごめんな。驚かせちまって」
再びレイピアを構えるファメールにアルカはジロリと睨みを利かせると、悲しそうに肩を竦めた。
「よく見てくれよ。リオを。な? ファメール……」
「落ち着けとか、よく見ろだとか、人を小ばかにするのもいい加減にしてくれよアルカ。僕にはその娘を殺す権利がある!」
「お前の為なんだ。頼むから! よく見てくれったら。な?」
「僕の為だって!? 僕は、キミの為に……」
里桜を凝視して、ファメールは言葉を止めた。ファメールの目には里桜を守る様に薄っすらと紅蓮に輝く刻印が見えたのだ。
「なんてことだ……カインの刻印だって……?」
アルカは頷くと、里桜に手を差し伸べて立たせた。
「オレも最初知らなかったんだ。リオが女の子だって。だから……」
「やってくれるじゃないか。アルカ」
ファメールはふっと自嘲気味に笑ってレイピアを鞘へと納めると、立てかけておいた杖を手にした。
「よりによって……何故? 気が知れないね!」
「あの……何が何だか……」
戸惑う里桜にファメールはフンとバカにしたように鼻を鳴らし、衣服の乱れを整えた。
「キミさ、レアンから何も説明を受けていないの? 魔族の階級の話とか、眷属の話とかさ」
「少しだけ」
「やれやれ。どこから話したものか。ちょっと、アルカ。長くなりそうだからお茶でも淹れてよね!」
「えー!? オレが淹れるの!?」
「バカじゃないの!? キミが淹れたまっずーいお茶なんか飲めるわけ無いだろう!? 誰か呼んで淹れて貰えって言ってるんだよ!」
「ひっで! 美味いかもしれねーじゃん!」
「ない! お腹だって壊しかねないねっ!」
「えー!?」
アルカは唇を尖らせると渋々王室を出て行った。里桜は、先ほどまで自分を殺そうと剣を振るっていた人と二人きりにさせられるとはと恐怖でたじろいだが、ファメールが気にも留めない素振りで王室の奥にあるテーブルへと向かう様促したので、仕方なく従う事にした。
「ちぇ、余計な体力を消耗しちゃったよ」
ファメールは使用人の淹れたお茶を一口飲むと、愚痴をこぼした。アルカは椅子には座らずに部屋の壁に背を付けて寂しげに笑った。
――またあの表情だ。凄く悲しくて寂しそう……。一体どうしてなんだろう。
と、里桜はアルカを心配に思った。
「えーと、リオ、単刀直入に言うと僕はキミに死んで欲しい」
「……単刀直入過ぎ」
大きなため息を付いてフォローするアルカに目もくれず、ファメールは里桜を見つめた。
「でもね、僕にはキミを殺すことができない。キミはすでにアルカの眷属なんだ」
「え!? 私、アルカに噛みつかれていないよ!?」
「レアンはヴァンパイアだけれど、アルカはそうじゃない。眷属にするのに吸血行為は必要無いのさ」
なんだか難しい話になったなぁ、と、里桜は心配になってチラリとアルカを見たが、アルカは困った様に頷いて見せた。『今はファメールの言う事を黙って聞いておこう』と言いたいのだろう。
「アルカ、僕はキミに聞きたい。リオを眷属にしたのはどういう経緯があったのさ?」
「経緯ってーか、まあ、怪我してたから、治療しようと思って魔力を分けただけだよ。
「軽はずみ過ぎ。少しは自重してくれったら。これだけはっきり見えるってことは確かに印を与えてひと月は経ってる頃か。カインの刻印は現れるのに時間がかかるからね。効力自体は即効性があるけれど。まったく、迂闊だったなぁ。レアンの邸宅で最初に会った時に気づいていれば……」
大きくため息をついて項垂れたファメールに対し、アルカは何故か勝ち誇った様にニッと笑った。が、ファメールが顔を上げた途端、誤魔化す様にぷいっと顔をそむけた。
「あの、全然話についていけない。アルカから魔力を貰って治療を受けたら何だっていうの?」
里桜の言葉にファメールがうんざりした様に肩を竦めた。
「あのねぇ、キミは魔族の王、アルカイン・ダレル・ムアンドゥルガの眷属になったのさ。魔族は階級で支配権がある。キミは魔王の階級になってるって事。レアンどころか僕ですらキミに手出しできないってわけ。もしも殺意を持って危害を加えようだなんてしようものなら、僕の眷属もろとも滅ぼされちゃうのさ。それだけに、アルカの持つカインの刻印は強力だってこと」
――は? 魔王退治にきて、魔王になっちゃったってこと!? そんなバカな!!
「ちょっと待って、それって……でも、アルカは誰にでもキスくらいするんじゃないの!?」
「するさ。でも、アルカが眷属にできる相手は限られている。それが、人間の処女で、更に言うとファーストキスが条件ってワケ。キミがドンピシャ過ぎたんだよ。えーと、いくつなんだっけ? 歳」
「……18」
里桜の答えにアルカも驚いて里桜を見つめた。
「15歳位かと思ったよ。まあ、大差無いっていえば無いけれど。でもまあ、よくその年までキスの一つもしないで居たね。キミ、相当モテないの?」
なかなかに失礼な男だ。と、里桜はじとっとファメールを見た。
「あ、でも、リオは結構おっぱいでかいぜ?」
「それと歳は関係無いでしょ!?」
フォローのつもりで言ったのかアルカの言葉に顔を真っ赤にした里桜に、アルカはニヤニヤと笑った。ぷいっと里桜はアルカから視線をそむけると、ファメールを見つめた。
「でも、その……カインの刻印? と、私がファメールさんに殺されるのとは何か関係があるの? やっぱり納得いかないんだけれど」
「ああ、そっちは別の理由。でもまあ、もう殺せないって分かったから、その方法は諦めるよ」
「その方法は? なんだ、気になる言いぐさじゃねーか」
ニッコリとファメールは微笑むと、アルカの問いには答えずに席を立った。
「さてと、僕は忙しいから執務に戻るよ。それと、研究も一層がんばらなくっちゃ。リオを元居た世界に戻す為のね。色々と聞きたい事もあるし、昨日約束したとおり、あとで星見の塔に来てよ」
よくわからないけれど、ファメールは里桜を殺したいけれど殺す事ができない。その代わり里桜を元居た世界に戻せば、実質この世界から居なくなるわけだから解決ということなのだろう、と里桜は理解した。
「わかった。なんでもお手伝いします。殺されるよりはマシだし」
「いい心がけだ。そうそう、さっきの使用人達の記憶は消しておくから、わかったね?」
「うわ、相変わらず記憶操作とか、エグいなぁ」
「バカみたい。リオを守る為だよ。カインの刻印があるとはいえ、嫌がらせ行為はできるんだからね」
心外だ、という様にファメールは頬を膨らませると、先ほどまでの妖艶な雰囲気からガラリと変わり子供の様に唇を尖らせた。
「大体、アルカが全て悪いんだろう!? 何もかも軽率過ぎるんだよ! それでいてやれリオを気遣えだ優しくしろだ、都合がいいにも程があるね! 少しは考えて行動しろったら! 自分が一体どんな立場なのか全然理解してないんだから困るよ!」
「わ、わかった。ごめん。全部オレが悪い!」
「あーもう!!」と、ぷんすかとファメールは怒った後、落ち着こうと大きくため息をついた。
「全く、色々考える事が増えてやんなっちゃうなぁ!」
里桜は忙しいファメールに更に迷惑をかけているのだろうと考えて、「ごめんなさい」とシュンと頭を下げた。
「私、ちゃんと協力します。煩わせちゃってごめんなさい」
素直な里桜の態度にファメールはツンと片眉を吊り上げて見つめると、僅かに微笑んだ。
「そういう素直な態度は嫌いじゃないよ。まあ、あとでゆっくり話そうか」
優雅に立ち去るファメールを見送ると、アルカはホッとしたように大きなため息をつき、申し訳無さそうに里桜を見た。
「ごめんな、驚かせちまって」
「大丈夫。怖かったけど」
「ホントごめん。でも、あいつは本当はすっげー良いヤツなんだ。嫌わないでやってくれよ」
「大丈夫。ちょっと怖いだけ」
去り際に、ファメールがアルカを振り返った時の悲しそうな目を里桜は見ていた。アルカを心から心配し、アルカの為に悲しんでいるような、そんな目に里桜には感じたのだ。
「ねえ、アルカ。あの剣は何なの? 私、どうして殺されそうになったのかな?」
「……うん」
アルカは俯いた後、里桜を見つめた。それは何か懇願するような眼差しで、里桜は小首を傾げた。
「あれは聖剣さ。世界中で唯一オレを殺す事のできる剣」
「え……?」
昨日の出来事が里桜の脳裏に浮かんだ。深く胸に貫通させた剣を、アルカが引き抜くその姿を。『……な?死ねねーんだよ。オレは。そういう体質なんだ』と、寂しげに言ったあの表情。
「待って、アルカ。やっぱりそれと私がファメールさんに殺されそうになるのと繋がらないよ。だって、その剣があれば誰だってアルカを殺せるって事なんでしょ?」
「うん……。でも、あの剣を抜くことができるのは、エヴァ……アシェントリア女王で、更に言うと処女である必要がある。そのはずだったんだけど……リオはいとも簡単に抜いて見せた。リオって、エルティナちゃんの親戚とかじゃねぇよな?」
ファメールの言った『キミの為』というのは、そういう事だったのかと里桜は思った。ファメールは里桜がアルカを殺す事ができるから、アルカを守る為に里桜の存在を抹消しようとしたのだ。
里桜は震える両肩を抑えた。確かに、魔王を退治して日本に帰ろうと思っていた。けれど……
「私、絶対そんなことしないよ! アルカを殺すだなんて、そんなひどい事なんかできないもの!」
アルカが魔王なのだと分かった時点で、それは無理な事だと里桜は分かった。例え、アルカが容易く死ねる体であったのだとしても、優しい彼を殺す事は勿論、そもそも人を殺す事など里桜にはできるはずがないのだ。
「ファメールさんが私を帰す為に研究してくれてるんだし。私、刃物とか苦手なの。もう二度と触らないから、安心して」
「……うん」
アルカは寂しそうに笑うと里桜の頭を撫でた。
「どうしてだろう。私、どうしてそんな剣を抜けるのかな。嫌だよ」
里桜の両手が震えた。そんなこと、できない方が良いに決まってるのに。と、恐怖すら感じた。エルティナが召喚し、里桜を勇者だと言ったのはこのせいなのだろうか。
「わかってるって。大丈夫、気にすんなよ。な?」
ニッと愛嬌のある笑みを見せた後、アルカは里桜の肩をポンと叩いた。
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