第19話 騎士団

「よし、じゃあ気を取り直して城を案内するよ。レアンの居る騎士団にも紹介したいし、リオの部屋に案内しないとな」


アルカが立ち上がり里桜に手を差し伸べた。

 ――そっか、私、レアンの邸宅には、もう帰れないんだった。と、差し出されたアルカの手を取り里桜も立ち上がった。

 ムアンドゥルガの城はとにかく広かった。室内は白い大理石と群青色の絨毯に統一されており、どの廊下も長いのでうっかりするとすぐに迷子になりそうだ。

 王城に仕える使用人達はイリーの言う通り全て男性で、アルカと里桜の二人とすれ違う度に恭しく頭を垂れるので里桜は恐縮した。

 長い廊下を歩いて行くと威勢のいい声が聞こえて来たので、レアンの居る騎士団が近いのだろうと里桜にも分かった。


「騎士団の連中、ビビるだろうな~」


 アルカが悪戯っぽく笑うと里桜の手を引き、稽古場の裏手らしき通路を歩いた。里桜はアルカの案内されるがままについて行き外へと続く扉から出ると、指揮を執るレアンの真後ろ。数百名の騎士達が一斉に剣を振るい、稽古に勤しむ稽古場の最前列へと姿を現してしまったことに気づき、思わずアルカの後ろに隠れた。

 里桜とアルカの姿に気づいた数名の騎士が妙な動きをしたので、レアンは声を張り上げて諫めたが、アルカがポンとレアンの肩を叩いたのでレアンは驚き、咄嗟にアルカの手を振り払って身構えた。


「……アルカ? それに、リオ」

「よ! 仕事っぷり見学しに来た」

「裏手に回らないでくださいよ!」


レアンは咳払いをし、サッと手を上げて稽古を止める合図をした後に里桜の前にしゃがんだ。


「剣が沢山ありますが大丈夫ですか?」


 レアンの優しい微笑みに里桜はホッとして頷くと、レアンはつい優しく里桜の頭を撫でた。騎士団の者達がその様子をざわつきながら見て「ああ、あれが団長の恋人か」と納得顔で見つめた。


「女性が大の苦手の団長が頭撫でてるんだから間違い無い。かわいい子だなぁ」

「でも、どうしてアルカイン陛下が連れて来たんだ?」

「さあ? ひょっとして、ここのところレアン様の元気が無かったのは、恋人をアルカイン陛下に奪われたのでは?」

「ああ、あの人のしそうなことだ」

「レアン様、おかわいそうに」

「男の敵ですなアルカイン陛下は」

「全くですな!」


里桜は何となく気まずくなってアルカから離れ、レアンの側へと寄り添った。


「ちょ……なんでオレが悪者になるんだよ!?」

「そりゃあ、いつものアルカイン陛下の行動パターンをみていれば……なあ?」

「うん」

「えー!?」

「アルカ、少しは自重しないとですね」

「うーん。無理。オレから女の子を奪ったらもう生きてく気力が無くなっちまうだろ!?」

「陛下、せめて王室に女性を連れ込むのは辞めていただきたい」

「う……べ……別にいいだろ!? 誰にも迷惑かけてねーし!?」

「城にハーレムが無いのが不思議な位ですよねー」

「ああ、それ、いいなぁ!」

「ファメール様が大反対されれるでしょうね」


 全く、里桜の前で何を言い出すのかとレアンはため息をついた後、ゴホンと咳払いをし、騒めく騎士団達を静まらせた。


「皆、紹介します。彼女はリオ。暫くこの城で生活しますから、皆でアルカから守ってやってください」

「え? レアン様や、アルカ様の恋人ではないのですか?」

「ち……違います! リオに失礼でしょう!」

「ちょ、レアン、オレから守るってどういうことだよ!」

「当然でしょう! 女性にとってこの国で一番危険なのはアルカです! アルカはいつも通り留守にしてくれればいいんですよ」

「えー!? オレ、自分家に帰ったらダメなの!?」

「ダメです」

「うっは……オレ、無理やりとかはしない主義なんだけど。ちゃんとリオが同意してから……」


ガン!!


「ってぇ――――!!」

「恥を知りなさい!!」

「そんなぁ! リオが良いって言ったら良いだろー!? 折角同じ屋根の下に住むってのに指一本触れちゃいけねーわけ!? んな殺生なっ!」

「黙りなさい! リオに指一本触れたら許しませんからねっ!」

「えー!?」


 アルカの発言を訊いて里桜はカッと顔を赤らめた。両頬を手で包み込み必死に恥ずかしさを抑えようとする彼女を、騎士団の者達は唖然として見つめた。


「なんか……かわいい……」

「ああ」

「皆でアルカイン陛下からお守りしよう!」

「だな!」

「リオ様! いつでもここに遊びに来てくださいね!」

「毎日来てくださいっ!」


皆口々に里桜を守ると誓ってくれ、里桜は恐縮して頭を下げた。


「あ……ありがとうございます。皆さん、宜しくお願いします」


 その姿がまた皆のハートを射止めて、アルカはブーイングされながらも里桜を連れその場を後にした。


「なんだよなー! オレ、悪者扱いばっか!」


 クスクスと笑う里桜を見て、良かった、さっきまで怖がってたから、少しはリラックスできた様だなと、アルカは安心して微笑んだ。


「魔族って言っても皆いいやつらだろ? 騎士団の連中は中でもさっぱりした奴らばかりだから、リオも気兼ねなく遊びに行くといいぜ」

「でもどうしてあんなにも私に優しくしてくれるのかな」

「まあ、リオはかわいいしなぁ。珍しいタイプだし」

「珍しい??」

「人間の女性は男に媚びて生きてるからなぁ。仕事だって男の仕事はできねーだろ? 貞淑な妻なんてかなり上位の貴族階級くらいなもんだ。アシェントリアは女王国家だけど、それでも女王以外の女性に対する扱いってのはなかなかに酷いモンだぜ? 十二歳になったらすぐ嫁に出されるって聞くし」


 里桜はゾッとした。もしもアシェントリアで自分が女性であることが発覚していれば、どんな目にあっていたか分からない。


「魔族と人間は女性の扱いが違うんだね」

「そう。それ。魔族は一応男女平等って程じゃねぇけど、変な差別は無いなぁ。それにさ、魔族の女って皆強いんだよ。リオの様な守ってあげたくなるタイプって少ないぜ?」

「え? 私、気が強い方だと思うけれど」

「腕っぷしもってこと」

「結構力持ちだよ?」

「いやいや……イリーなんてその辺の石も簡単に握りつぶして砂に変えるぜ?」


 それは無理だ……と、里桜は苦笑いをした。そうだとするなら、水汲みの手伝いは最早邪魔をしていた様にしか感じなかったことだろう。

 とろくさい自分相手にも親切だった邸宅の皆に今更ながらに感謝した。


「力仕事のお手伝いは足手まといにしかならないのかー。困ったなぁ。なんとか役に立つ仕事を見つけないと」

「役に立つ仕事?」

「だって、働かざるもの食うべからずだもん。私も何かお手伝いしないと。何かあるかなぁ。お掃除くらいしか思いつかないんだけれど。あ、洗濯とかいいかもね。後は……お花は私がお世話すると枯れるからダメだし、お菓子作りとか、洋裁、ダンス、英語、ピアノ……役に立たないなぁ、私」


 一生懸命考える里桜の姿が余りにも健気で、アルカはついぎゅっと抱き寄せた。アルカの香木のような甘い香りが里桜を包み、鍛え抜かれた筋肉質な腕や胸板の感触が里桜に伝わる。


「あ、アルカ? どうしたの?」

「あー、ごめん。かわいっくってつい」


ガン!!!!


「ってぇ!!!!!!!」

「早速何をしてるんです! この破廉恥はれんち男め!!」


レアンが瞳を三角にして怒り狂うと、里桜の手を取って庇う様にアルカから引き離した。


「レアン、お前騎士団の稽古中じゃ……?」

「皆がアルカにリオを任せては不安だから、ちゃんと見張った方が良いと言うので来てみたらこれですか」

「さーすが、優秀な騎士団の皆様方……」


がっかりした様に肩を竦めると、アルカは里桜に「ゴメン!」と、片目を閉じた。


「ムードもへったくれも無かった。今度はちゃんと雰囲気バッチリにしてから口説くからさぁ!」

「だからそういうことを止めてくださいって言ってるんです!」

「何で? 好きな子ぎゅっとしたって別にいーじゃん。なんでダメなんだ?」

「アルカの場合は不特定多数過ぎるからです! リオの気持ちも考えてください!」

「えー!? リオ、嫌だった?」


 ずいっと顔を近づけて里桜の両肩を掴むアルカに、里桜は恥ずかしくなって顔をそむけた。

 ――もう、アルカったらどうしてそう軽々しいのかな!? 私は男性慣れしていないのにっ!

 と、唇を尖らせて俯く里桜の素振りにドキリとして、アルカには堪らずにパッと手を放し、少し気持ちを落ち着かせようと咳払いをした。


「リオ、一度邸宅に戻りましょう。荷物もあるでしょうし」


 里桜はレアンに引っ付く様に身を寄せると「私、どうしてもお城に住まなきゃダメかな?」と不安そうにレアンを見上げた。

 里桜の柔らかい胸がレアンの腕に触れる。里桜は全く無意識だったが、レアンは顔を真っ赤にして硬直した。


「あれ? レアン?」


 硬直し、動かなくなったレアンの腕を引っ張る里桜を、アルカは苦笑いをして見つめた。

 こりゃあ、レアンがギブアップして当然だな、彼女、無意識が過ぎるぜ。とため息をついて助け船を出そうと声をかけた。


「あー、リオ、ちょっと……」

「アルカイン国王陛下!」


衛兵らしき者が廊下を駆けてくると、アルカの前で跪き書状を掲げた。


「ファメール様が至急執務室に来るようにと」

「えー!? オレ、今日はリオとのデートの日なのに仕事させる気!?」


 ガックリと肩を落とすと、アルカは里桜に片手を立てて「ゴメン! 埋め合わせは絶対するから!」と謝り、慌てて廊下を駆けて行った。


 里桜に宛がわれた部屋はそれはそれは豪華な造りで、室内の家具はどれも装飾の施された高級品であり、天蓋付のベッドに化粧棚、柔らかいカーペットに、レースのカーテン。ガラス戸を開けると広いテラスへと出る事が出来、ムアンドゥルガ城の中庭が一望できた。


「はぁ……なんか、すっごく疲れたぁ……」


里桜は倒れ込むようにベッドへと寝そべると、天蓋を見つめた。


 異世界に召喚され、聖王国アシェントリアの女王エルティナから、魔国ムアンドゥルガの王を討伐するように言われた。そうしなければ里桜は元の世界に帰る事ができないのだと。しかし、王はアルカだった。アルカを殺すなんてこと、できるはずもない。

 日本に帰る事は絶望的だ。たった一つの希望といえば、ファメールの知恵だが……


『キミは本当に、そんな世界に帰りたいのかい?』


ファメールの言った言葉を思い出す。


 帰りたくなんか無いけれど、きっとこのままここにいても後ろめたさを背負って生きる事になりそうだ。18年間生きて来た全てを捨て、忘れる事等できないのだから。


「捨てたい程に嫌な思い出ばかりだから、尚更そう思っちゃうのかな」


溜息をつき、里桜は瞳を閉じた。

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