第3話 優しくなるには

 洞窟の出口へと向かう為、里桜を先導しながら(なんだろう調子が狂うな……)と、アルカは思った。人間はオレ達魔族をもっと毛嫌いするはずだ。里桜は毛嫌いどころか傷の心配までしてくれる。なんとも風変りな人間だ。


 チラリと後ろを振り返ると、里桜が覚束おぼつかない足取りで一生懸命について来る姿が見えた。アルカは足を止め里桜が追いつくのを待った後、里桜の歩く速度に合わせてゆっくりと歩いた。


「ごめんね。洞窟の中をこうやって歩くの初めてで。足手まといになっちゃって」


 どうして私ったらこうもトロくさいのだろう。きっとアルカは呆れているに違いない……と、心配し、申し訳無さそうに言う里桜に、アルカはフッと笑った。


「足手まといとか気にすんなよ。別に何も急いでなんか無ぇしな。ゆっくり行こうぜ?」

「ありがとう」

「ほら、そこ、滑るから気を付けな?」


注意を促すアルカの足手まといに少しでもならないように、と、里桜は一生懸命にアルカの後をついていった。


 暫く進んだ辺りで、里桜はハッとした。


 そういば、アルカはお隣の魔国とやらに帰るのだろうが、里桜はアシェントリアに帰ると思っているのだろうか。だとしたら、今向かっている先はどちらなのだろう。


「アルカ、私……」


 さて、魔国に用事がある、だなんて言ったら怪しまれるだろう、と考えて、「帰る家が無いの……」と、言葉を続けた。確かにその通りではある。例え日本に今すぐ戻れたのだとしても、里桜には帰る家が無いのだから。


「あー、だろうな。人間がこんなところにたった一人で来るんだ。よっぽどの理由があるんだろ? それくらい、感づいたさ」


魔王退治は確かによっぽどな理由だ。頷く里桜の頭を優しくなでると、アルカはニッと微笑んだ。


「安心しろって。リオの面倒見てくれる宛てがあるからさ」

「……宛て?」


宛てとは……? 魔族の考える事だ。まさか、人身売買……?


「あの、えーと、アルカ。ちょっと待ってね? 心の準備が……」

「そいつ、すっげー生真面目な奴だけど、いいやつだからさ。広い家住んでるくせに一人者だし、気負う事ねーぜ? お抱えの使用人達も気のいい奴らばっかだしな!」


想像とは違う答えに、里桜は戸惑いつつも口を開いた。


「そ、そうなの? え? 独身なの?」

「ああ。女性が大の苦手なんだよ。だっせーだろ? それなりにモテるんだけどなぁ。まあ、リオは男だし、問題ねぇだろ」


……男性だと思われてて良かった!……のか? 本当にマトモな人なのだろうか。

 心配そうにアルカの背を見つめたが、アルカはお構いなしに会話を続けた。


「ムアンドゥルガの騎士団団長だし、腕っぷしもかなりのものだ。才能があれば騎士団に入団させてくれるかもしれねーぜ?」

「それは遠慮します」


即答した里桜にアルカは苦笑いを浮かべた。


「遠慮しても、多分稽古つけてくる気がすっけどナ。あいつ、クソ真面目な上に強引だからなぁ。あ、でも、いいヤツなんだぜ?」

「その、剣は苦手で……」

「そんな立派な剣をぶら提げてんのに?」

「これは、頂きものなの!」


 ……刃物は、苦手だ。と、里桜は唇を噛んだ。アルカは里桜の前を歩き先導していたので、その様子に気づかずに「まあ、慣れるさ。あいつ、教えんの上手いし」と言った。


 不安に陥りながらも、里桜には選択肢なんてものは存在しない。今はアルカに頼る道しか無いのだ。と、唇を噛んだ。


 幸運だったと思おう。あのまま洞窟の泉で溺れ死んでいたのかもしれないのだから。今はとにかくアルカの言う事を聞き、落ち着いたらちゃんとじっくり考えるしかない。

 そう自分に言い聞かせ、里桜は大きなため息をついた。


 先導して進むアルカの背は頼もしく、身なりからそれなりに位が高いのだろうと予測できた。その上見た目にも綺麗なのだから、彼は非の打ちどころがない様に里桜には思えた。自分の今の状況と対比し、情けなく感じる。


 アルカに比べ私はどうだろう。ただただ彼の世話になり、頼るしかないこの状況だ。なんとみっともなく情けないのだろうか。


 そんな彼が紹介するような『騎士団の団長』とやらは、里桜を気に入るはずもないのでは、と、里桜は益々不安になった。


「……ねえ、アルカ。私ね、虫が嫌いだし、運動神経も大したことないと思う……。それに結構人見知りなの。大丈夫かな。その、騎士団長さんに嫌われないかな?」

「あいつは、人を嫌うようなタイプじゃねーさ」

「でも……」


 学校でも嫌われ、虐められている私が受け入れて貰えるのだろうか。と、考えて、そんなはずはないだろう、と、里桜は嫌に世の中を知った風にため息をついた。


「私、あまり人に好かれるタイプじゃないと思うの。その、虐められてたし」


「んー……」と、少し考えながら、アルカは里桜の言葉に丁寧に、ゆっくりと考えて言葉を返した。


「少なくとも、あいつは人を虐める様な奴じゃねーよ。ただ、リオ自身にもしも問題があるんだと自覚してるなら、そこは直さないとな」


私に悪いところなんか……と、考えて、里桜は眉を寄せた。

 無いとは言い切れない。傷つくのが怖くて、最初から殻に閉じこもり周りを拒絶していた。転校先で声をかけてきたクラスメイトを最初に無視したのは私じゃなかったかな?


「周りを変えたかったら、自分が変わるしかない。勿論、どうしようもねーことだってあるけどサ。でも、自分が考え方だったりを変えると、案外楽になれるもんだぜ。それ一つで、周りだって変わって見えたりもするし……いや、変わるんだよ。タブンな」


 里桜は、『周りを変えたかったら、自分が変わるしかない』と、頭の中で反芻はんすうした。

 その言葉は何か納得させられる言い方もあり、アルカ自身の体験からくる教訓だったりするのだろうか、と、里桜は反発するでもなくすんなりと受け入れる事ができた。


……自分が変わる。そうだ、確かに卑屈になっていた自覚はある。


 自分の事を棚に上げて、『あんたたちなんか』って、思っていた。今この世界には両親の事や、里桜自身を知る人間は存在しない。変われるチャンスなのかもしれない。


 閉ざしていた心のままでは周囲に受け入れて貰えるわけもなければ、今は人に頼って生きるしか方法が無いのだ。それならば、自分が変わらなければならない。受け入れて貰える努力をしなければならない。


 けれど、そんなこと。自分にできるだろうか。


「あの、ね。アルカ」

「ん?」


里桜はアルカに聞きたいのか、それとも自問自答をしたいのか、よくわからなくなりながらも言葉を発した。


「変われる……かな? 私……」


変えられるだろうか。


自分を。


アルカは振り返り、ニカッと愛嬌のある笑みを里桜に向けた。


「そんなん、自分次第だろ? だって、リオの人生なんだからサ。どーせなら、面白おかしく生きなきゃ損じゃねーか」


私の、人生……?


 私の……かな? 本当に?? 誰かに翻弄されて流されてばかりのではなく、私の??


 洞窟を抜けると、真っ白な白馬が待っていて、アルカが身軽にそれに跨ると、里桜に手を差し伸べた。


「さあ、ホラ。行くぜ?」


 馬に乗るのは初めてだ! と、ドキドキと緊張しながらアルカの手を取り、里桜は馬に跨った。


「……あ」


 つい、右足で馬具に足を掛けて跨ってしまった為、アルカと向い合せ状態に座ってしまい、里桜は慌てて馬から降りた。


 アルカが馬の上から大笑いし、顔を真っ赤にしている里桜に再び手を差し伸べた。


「悪い悪い。アシェントリアではそんな風に馬に乗るのかと思ったぜ」

「そ、そんな事!」

「ホラ、もう一回」


 今度は無事にアルカの前へと背を向けて座る事ができた。ホッとする里桜を、アルカが両腕で包み込む様に手綱を取り、馬の腹を軽く蹴った。


 里桜が思っていたよりも馬が揺れるので、振り落とされないか心配になったが、アルカの力強い両腕がを支えてくれた。


 甘い、香木の様な香りが里桜の鼻をくすぐる。アルカの体温が背に伝わり、緊張と恥ずかしさで顔が火照って仕方なかった。


 十八年生きてきて彼氏いない歴も十八年。自分は一生恋愛もしなければ結婚もしないと思っていたのに、突然異世界に飛ばされてきて、まさかこんなシチュエーションに陥るとは想像するわけもなく、ただただ赤いであろう顔をアルカに悟られない様にと里桜は俯いていた。


 魔国は里桜の想像していた様子とはうって違い、緑溢れる国だった。なんとなく、『魔国』というと、ゴツゴツした岩肌の、緑一つ無い殺伐とした光景が浮かんでいたのだがそんな場所は少しも見当たらない。


 沢山の木々や草花の生い茂る森を抜けると、広大な草原が広がっており、その先には立派な城壁に囲まれた巨大な街が見えた。街を境に遠くは白く、蜃気楼の様に揺らめいていて先が見えなかった。


「あれが王都だ。王都の先には砂漠が広がってるんだぜ。不可思議だろ?」


 何もかもが不思議続きの里桜にとって、今更どこをツッコミいれたらいいのか分からない。チラリとアルカを見上げると、彼は愛嬌のある笑顔を向けて里桜の頭を優しくなでた。香木の様な甘い香りが里桜の鼻をくすぐる。


「アルカ、この香りは?」

「ん? ああ、えーと、魔術で使う香の匂いだ。あーごめん、嫌か?」

「全然! 良い匂いだなと思って」

「そっか。良かった」


 アルカは優しい。里桜を気遣ってくれる紳士的な態度といい、とても演技とは思えない。魔族と言っても、想像するような怖いものではないということだろうか。では何故、アシェントリア女王は魔族の王の退治を依頼してきたのだろうか。


 ひょっとして、あの王都に行くと、魑魅魍魎ちみもうりょうの様なおぞましい魔物達がうようよといるのでは? と、里桜は今更ながらに不安になった。


「アルカ、魔族の事私何も知らないの。皆アルカみたいな感じなの?」


不安そうにアルカを見上げると、アルカは何故か顔を赤らめた。

 ……え? どうしてそんな反応するんだろう。何か変な事言ったかな? と、里桜は瞬きをした。


「あー、オレみたいってのはどういう?」

「えーと、人型?」

「ひとがた!?」

「その、魔族ってよく知らなくて!」

「ああ、そういうことか」

「……どういうことだと思ったの?」


 アルカは「いや、別に!」と、慌てて誤魔化しながら、オレみたいにナンパな奴ばっかりって思われたのかと思ったぜ。と、考えながら咳払いをした。


 正直アルカは里桜を抱きながら馬を走らせている中、触れる里桜の体の柔らかさが嫌に女性的で、ドキドキとしていたのだ。


 そんな自分がもしやそっちの気があるのではと心配になって、時折ふわりと香る里桜のシャンプーの香りにさえ、なんとはなしに「あ、良い匂いだな」と思う自分すらどうかしているのではと葛藤していた程だった。


「えーと、そうだな。人型のもいるし、そうじゃないのも居るかなぁ。個性豊かな感じ?」

「私、虫が苦手なのだけれど、大丈夫かな」

「王都には虫タイプは住んで無いなぁ。あいつらは巣で生活してるし、自分達の家族や仲間以外には友好的じゃないしな。あ、獣人や爬虫類系は王都にも居るぜ? でもまあ、言葉が通じるから意思疎通は普通にできるし、って思えば気にならねーんじゃねーか? ネコ科の獣人なら、マタタビ酒が好きだし、爬虫類系は寒がりだ……とかさ」


仮想大会とでも思えばいいか。と、里桜は考えた。


「狂暴なのとかは?」

「人間だって狂暴なのも居るだろ? 一緒さ」


……確かに。


「大丈夫、なんかあったらオレが守ってやっからさ。それに、ガキ相手に乱暴するような奴はあの街にはいねぇよ。王都は結構治安が良いんだぜ?」

「……ガキ?」


 アルカは里桜の頭を優しくなでると、「さ、速度上げるから、舌噛まねぇようにな」と、手綱を握った。


 アルカは一体、自分をいくつだと思っているのだろう、と、里桜はなんとも複雑な思いで鞍に掴まった。アルカは一見24~5歳程に見えるが、ここは異世界だし、魔族であるアルカは最早寿命がどれほどなのかすら分からない。


「ねえ、アルカっていくつなの?」

「んあ?」

「歳、いくつなの?」

「………さあ?」


まさか自分でも歳が分からないとは斜め過ぎる答えだ、と、里桜はうーんと唸りながら、馬に揺られた。

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