第33話 余興

「来たよ! 沢山来た! いっぱい来たっ!!」


 ロッテがはしゃいだように叫びながら城中をパタパタと駆けまわって知らせた。出迎えの使用人達が皆きりりと表情を引き締めると、街道を連なる沢山の馬車を丁寧に出迎えた。

 今日はアルカが引き受けた例の外交パーティの開催日だった。


「……遅くね?」


 広間に設置した玉座で肩を竦めたアルカは、いつもの藍色の詰襟の服よりも豪華な刺繍の施された衣服に身を包み、左胸にはムアンドゥルガの王章を象った留め金を付けてマントを羽織っていた。灰色の髪は後ろで綺麗に束ねられており、耳には王章を象った銀色のピアスが揺れている。


「少し遅れて来るのがマナーらしいけれど、ここは魔国だってのにね。あくまでも自分達が正しいと主張してるのかな。なかなかに無礼じゃないか」


 ファメールがふっと笑いながら皮肉を言った。

 ファメールの服装はいつもの白い軍師のコートを羽織り、中には白地に金と銀の糸で刺繍が施された詰襟を着込んでいた。そして相変わらず耳には竜の翼を象った大きなピアスが揺れ、指には大きめの指輪がいくつか嵌められている。

 束ねられた髪には動くとシャラシャラと心地よい音色を響かせる金属製の髪飾りが付けられていた。

 ファメールの身に着ける宝飾品はどれも魔道具だった。外交パーティー用に着飾っているのではなく、警戒していることの現れだ。


「……リオは大丈夫かな」


 椅子に掛けながらアルカはポツリと言った。ファメールが片眉を吊り上げてアルカを見ると「何がさ?」と聞いた。


「いや、何でもない」


煮え切らない様にそう言ったアルカに、ファメールはため息をついた。


「大丈夫さ。あの時の事は夢だと思っているからね」

「それ、どこからどこまで?」

「えーと、確認した感じだと僕に『元の世界になんか帰らない』って言ったところ辺りまで覚えてる、かな」


 アルカはドキリとして呼吸を乱し、咳き込んだ。

 あの時、里桜はファメールに体を赦そうと決心し、『だから嫌かもしれないけど私と……』と言ってファメールの前に来た。


「なんだよそれ! 都合良すぎねーか!?」

「知らないよ! 僕のせいじゃない。リオには記憶消去の術が何故かうまく効かないんだからね。変な疑りは止してくれよ。消すならもっと前から消すさ! 試したけれど駄目だったんだ!」

「怒るなよ。あの後放出しきった魔力を回復するのに思ったより時間がかかっちまったからさ。暫くリオに会ってないから心配になっただけだって。気にすんな」

「よく言うよ」


ムッとして唇をへの字に曲げると、ファメールは金色の瞳でジロリとアルカを睨みつけた。


「避けてるのは自分じゃないか」

「そりゃあ……アダムの事が知られてると思ってたし、そしたらオレを怖がるだろうなーって……」


もし、里桜が怯えた目で自分を見たのなら……。そう思っただけでアルカは怖気づくのだ。


「ホント、最悪な人格を作ってくれたよね」

「……ゴメン」


豪華な衣装を身に纏っていながらシュンと身を縮めたアルカに、ファメールはクスリと小さく笑った。


「エルティナはアダムがだろうけれど、リオについては、アダムは殺そうとした。何故だかわかるかい?」

だなんて言い方すんなよ!」

「ああ、じゃあハッキリと『彼女の純血を奪った』と言えば良かった?」

「いや、ちょっとそれもどうかと思うぜカナリ……」

「それで? どうしてさ? アダムはリオを殺さなければならない理由があるのかい? 単純にその方が手っ取り早いからってだけ?」


ファメールに責められてアルカはため息をついて頭を掻いた。


「なんでかなぁ。よくわかんね。オレはアダムになってるときの記憶はねーし」


アダムが言っていた言葉を思い出し、ファメールは小さくため息をついた。


『カインの野郎がこの世界を捨てようとしてるからさ』


。そう思ったんだこのバカ野郎はよぉ!!』


 ——アルカ、キミはもう僕達を必要としていない。そういう事なのかい?

 ファメールは悲し気に唇を噛みしめた。アダムが里桜を殺そうとしたのは、もしかしたら、そうすることで、里桜は元の世界に帰れるからなのかもしれないという仮説が浮かんだ。尤も、試すことなどできなしないが……。それならば、そんな仮説の事はアルカやレアンには言わないでおいた方が良いだろう、とファメールは判断した。


「お前さ、あの行動はリオを守る為だったんだよな? その……処女を奪おうとしたのは……」


アルカの問いにファメールは片眉を吊り上げた。


「当然だろう? 他に何か理由があるとでも? 分かり切ったことさ、アダムはキミを死なせない様に必死じゃないか」


 コンコンと扉が叩かれて返事をすると、「広間の扉を開放します」と、扉の外から声を掛けられた。


「へーい」


気の無い返事を返しやれやれとため息をつくと、アルカはすぐ横に立っているファメールを見つめた。


「お前は大丈夫なのか? 今回は腕まで……」

「どうってことないさ。もうくっついたし。まぁ、痕は残るけれどそんなのはいつものことさ」


心配そうに眉を寄せ、「いつもごめんな」と言うとアルカはファメールの手を取ってぎゅっと握りしめた。


「もし痛かったら言えよ? いつでも魔力を分けるからな!?」


バコン!!! と、ファメールはアルカの顔面を殴りつけると瞳を三角にし、鳥肌を立てて叫んだ。


「僕に気安く触るな! 変態っ!!」

「ってぇ!! ヒトが心配してるってのに!」

「僕の心配なんか結構! 鳥肌が立つから止めてくれよ! あー気持ち悪い! 僕を変な目で見るな!」

「見てねぇよっ!!」

「一兆回死ねっ!!!!」


 魔国の王がそんなやり取りを繰り広げているとは露知らず、招待客達が広間へとぞろぞろと足を踏み入れた。

 扉の側に控えている案内役が声を張り上げて招待客の名を読み上げて、アルカはその名に瞳を丸くした。


「アシェントリア女王。エルティナ・ヴァレイヌ・アシェントリア女王」

「……え? 名代みょうだいを立てるんじゃ……?」


 拍手と共に迎えられながら、エルティナは身に纏った純白のドレスの裾を持ち、静々と広間へと入って来た。

 ファメールがボソリとアルカに「間抜け顔しない」と戒めて、アルカはハッとして唇を結んだ。

 エルティナはアルカの正面に延びる赤い絨毯の上へと赴くと、階段の下でアルカを正面にして優雅に片膝を折り曲げて頭を垂れた。


「此度は、お招き預かり光栄にございます。アシェントリア女王、エルティナ・ヴァレイヌ・アシェントリアにございます」

「ご来駕の栄に賜り感謝致します。アシェントリア女王」


 ファメールが言葉を発し、アルカは尤もらしく頷いた。エルティナが立ち上がり、階段の下のアルカに近い位置に立つその横顔を、アルカは呆然として見つめた。

 エルティナにならいぞくぞくと招待客が訪れてはアルカに頭を垂れて挨拶を交わすが、アルカはエルティナが気になって仕方なくチラチラと視線を向ける。


「チラチラ見ない!」


 ファメールは小声で言ったつもりだったがエルティナに聞こえた様だ。エルティナが僅かに口元を綻ばせて微笑んで、慌てた様に唇を結んだ。

 エルティナの後、アシェントリアからの招待客に続きスラーの外交顧問の者が姿を現してアルカの前で片膝をつき、挨拶をした。甲冑を身に纏い、深々と被った免でその表情はうかがい知れない。肩から下げられた淡い緑のマントにスラーの国章が刻印されている。

 その姿に訝しく思いアルカはチラリとファメールに視線を送ったが、ファメールは口を閉ざした。

 本来であれば外交の場に顔を隠した状態で現れることは有りえない無礼だというのに、なぜ誰も咎めないのか。他の招待客達も僅かにどよめきだしたので、ファメールはニコリと微笑んだ。


「スラーの甲冑技術はなんと素晴らしい。美しく気品があり、豪華なドレスよりも目を惹きますね。まさしくこの外交パーティーに相応しいと言えるでしょう」


 ファメールの言葉にアルカも頷き、「中身が美女なら尚更文句無しだな。ギャップ萌えってやつ? あとでチラ見せ宜しく」と砕けた調子で言ったので笑いが起きた。


 魔国だということもあり、広間には招待客の護衛達も一緒に入り、壁際にずらりと立ち並んで警戒していた。

 エルティナの参加といい、スラーの外交顧問の無礼といい、ファメールとしては想定内であった為眉一つ動かさなかったが、アルカの開催の挨拶の番になった時は、ファメールは後ろで控えながらも実は最もハラハラしていた。

 だが、アルカは珍しく真面目に堂々と口上を述べて、きりりと引き締まった表情のまま終えた為、ファメールは心の底からホッとした。まるで我が子の晴れ姿を見守る親の様な心境である。

 口上の内容はといえば、掻い摘むところ『魔国故に普段の勝手とは違いはあるとは思うが、最大限のもてなしを用意したつもりだから楽しんでくれ』といったものだ。

 ピンと張り詰めた空気の中、拍手で承認されたならばこっちのものだと、ファメールは心の中でほくそ笑んだ。


 ファメールの号令と共に広間内にムアンドゥルガの着飾った魔族達が入場した。当然、もしも身分制度が魔国にも存在したのなら、王の兄弟であるレアンがその中で最も身分が高いと言えるだろうから最初に入場した。

 いつもの騎士の鎧では無く群青色の軍服のコートと詰襟を着込み、藍色がかった髪がよく映えて、その恵まれた体格から招待客の視線を一気に集めた。「あれが噂に聞くムアンドゥルガの騎士団団長か」と恐れと憧れが入り交じる言葉は称賛にも近く、その圧倒されるような存在感に注目せざるを得ない。

 そしてエスコートする女性の姿を見たとき、皆ほぅっと感嘆の声を漏らした。


 余りにも美しいものを見ると、人はただただ感動して見入る。


 唇に引かれた真っ赤な紅は白い肌と艶やかなブラウンの髪に映え、身に纏う藍色のドレスはレアンの髪の色の様に深い色だった。

 そこから延びた白く細い肩は美しい曲線を描き、レアンの手に停まる小鳥の様に里桜の手は添えられていた。


息を呑む美しさとはこのことだろう。ほうっとため息すら漏れ聞こえる中、里桜はその場の皆の思い等知るよしもなく、脳内はファメールや亡き母の教えでいっぱいだった。


『良く聞くんだ、リオ。入場の時は堂々と、ね』


『いーい? 里桜。入場の時は絶対にうつむかないこと。緊張したのなら、少し微笑みなさい』


真っ赤に塗られた唇を僅かに緩ませると、美しさに愛らしさが上乗せされ、それを見たものは幸せすら感じた。


  チラリとレアンに視線を向けた時に動くブルージルコンの瞳は宝石の如く輝いて、それに穏やかな笑みで返すレアンと、身長差はあれどお似合いの二人だった。


「気にくわねぇ……」


ボソリとアルカが言い、ファメールが小さく笑った。


「どうしてさ?」

「え……? わ、わかんね」


誤魔化す様にそう言ってアルカは舌打ちした。


「レアンは他国でも名が通っている。その彼がパートナーなら、誰もリオに手を出そうだなんて思わないだろうね。僕やアルカはここにいなくちゃならないし、レアンが適任なんだよ」


 ——そうかもしんねーけど。妬けるモンは妬けるんだよっ。目の前でそんな風にされんのが嫌だったからわざと留守にしてたんだっつーの!

 と、思いながらアルカは下唇からフーっと息を吐いた。前髪がその風でふわりと揺れる。

 まるでこの玉座が牢獄の様にすら感じた。目の前に居る愛しい女性が決して自分の手には届かないところに居るのだから。


「ほら、リオばかり見ていないで集中してくれよ」


 ファメールに指摘され、アルカは耳まで真っ赤になって無言でファメールを一瞬睨みつけた後、ため息交じりに背筋を整えた。

 招待客が皆無難な淡い色の衣服を身に纏っているのとは対照的に、ムアンドゥルガの魔族達が身に纏う衣装は男女共にどれも濃い色で、会場内が一気に引き締まる。そういった色彩の計算も、ファメールによるものだった。


 全員の入場が終わった頃、いつの間にか純白のローブを衣服の上から身に纏い、ローブについているフードを目深に被ったファメールが壇上の上で膝をつき、眩く輝く一丁の剣を掲げる様に持ち、頭を垂れた。


「ムアンドゥルガより、外交国への贈り物にございます」


 そう述べた後、ファメールはすぅっと立ち上がり、手に持っていた剣を素早く振った。

 刀身に着けられたいくつもの小さな鉄の輪が美しい音色を響かせる。まるでダンスのステップを踏むかのように軽やかに舞うその姿は華麗で、招待客の心を虜にした。

 目深に被ったフードから時折見え隠れする金色の瞳でエルティナを見据え、細い剣先をツッと僅かに向けた。


 護衛が一瞬警戒したが、すぐにその剣先を振り音を奏でる舞へと戻る。


 その音色に聞き惚れていると、ファメールの隣に淡い緑のローブを羽織った一人が現れて剣を振るった。


 レアンだ。


 二人が剣を交えると心地の良い音が広間に響いた。

 レアンはスッと剣先を僅かにスラーの外交顧問へと向けた。そしてファメールと再び剣を合わせると、今度は別の音を発した。


 それは、ムアンドゥルガの外交のである鉄を披露する為の余興だった。

 鍛冶の技術で剣を交える箇所により発する音色が変化する。


 招待客達はそこで気づいた。ファメールの羽織るローブは、アシェントリアの国色である白であること。そして、レアンの淡い緑のローブはスラーの国色であることに。

 アルカが玉座から立ち上がるとその剣交に加わり、奏でる音は演奏の様に刻まれた。アシェントリアとスラー、そしてムアンドゥルガが曲を奏でる様に和平を望むという意味合いが込められているのだ。


「流石レアン。ほとんど練習無しで卒なくこなしてくれるじゃないか」

「無駄口を叩いている余裕はあるじゃないですか。兄上」

「二人ともやるじゃねーか。オレ遅れそう」


 剣を交えながら囁く様に話す三人の声はほんの微かで、通常であれば互いに聞き取る事もできないだろう。息のピッタリと合った三人だからこそ可能な芸当だった。


 里桜はその剣交から奏でられる音に耳を傾けながら、こんなにも美しい剣交があるのかと目を奪われ、見入った。

 ——アルカも、ファメールさんも、レアンもなんて素敵んだろう。

 と、惚れ惚れする程の美しさに見とれた。時折刃が放つ光にヒヤリとしながらも、目が離せなかった。


 一際甲高い音を放ち三本の剣が空中を舞い、クルクルと回転すると、美しい音色を発して同時に設置しておいた台座へと突き刺さった。


 三人が深々とお辞儀をすると、会場内がわっと拍手で沸いた。称賛の嵐を浴びながら三人は手を叩き合い、それぞれの場所へと戻っていった。


 レアンも里桜の隣へと戻って来たので、里桜は拍手で出迎えた。


「レアン、すっごく素敵だった!」

「ありがとうございます」

「いつの間に練習してたの?」

「ダンスの練習でほとんどできませんでしたが、普段から剣の稽古は怠りませんから。あれは……私達が昔よくやっていた遊びなのです」


 招待客達は満足げに「やはり価値のある鉄だな」「技術も高い」「硬く打てるからこその音色よ」と、鉄の講評を口々に述べたので、ファメールの作戦は見事に成功したと言えるだろう。


 そんな時にアルカが砕けた言い方で「商売成功! じゃあ、後は適当に楽しんで」と言ったので、会場内は笑いが起きて最初の緊迫した空気はどこへやら、和やかムードとなった。


「まったく、アルカときたら一日真面目に生きる事ができないのでしょうか」


 呆れかえるレアンに「お陰で和んだから良かったかも」と里桜が笑い、レアンを見上げた。

 ブルージルコンの瞳に見つめられて少し照れて視線を逸らせた後、耳まで赤くしながらレアンは言葉を発した。


「リオ、似合っています。あまりに美しく心臓が止まるかと思いました。今日、貴方と踊ることが出来るなど、私は果報者ですね」


里桜は瞳をまん丸くして、「レアンでも歯の浮くセリフ言うんだ」と、笑った。


「兄上が私にリオと踊るように命じた理由が分かりました」

「え? 何?」


小首を傾げた里桜にレアンは優しく微笑んだ。


「今日は一日、私はリオの専属騎士です」


マリンブルーの瞳を細めるレアンにドキリとして、里桜は顔を真っ赤にした。


 ——なんだろう、いつもよりも一層騎士様モードなレアンって、なんだか畏まっちゃって緊張しちゃうなぁ……

 と、チロリと見つめると、レアンが微笑み返すので里桜は増々顔を赤らめた。


「顔が赤いですが、熱があるのでは?」

「え!? ち、違うよ!?」


 里桜は慌ててパタパタと両手を振って否定した。

 ——なんだか変。別の事を考えよう。そ、そうだ。お腹空いたなあ……考えてみたら、コルセットが苦しいから朝ごはん食べて無いんだった。


 ぐぅ~……


 ——しまった! よりによって今!?

 と、自分のお腹の音にサアッと青ざめた里桜に、レアンは「ダンスが一曲終わったら、休憩して軽食を摂りましょう」と提案した。


 ——ああもう……! 自分のお腹を数発殴って気絶させたい……! どうしてお腹の音一つコントロールできないの!? かっこわるっ!

 と、里桜は項垂れた。

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