第十七話

「よぉ、柊」

 資料室を歩いていたら、後ろから同僚に肩を叩かれた。隣の研究室で副主任を務める男だった。歳は私よりも一回り上だが、立場上は私の部下にあたる。

「例の双子の実験、成功したんだって?」

 口調は弾んでいた。研究室の内でも未だ極秘だというのに、どこから聞きつけてきたのだか。

「まだ成功と決まったわけじゃない」

 背中越しに、私は言葉を返す。彼は特に気にした様子もなく、棚に並んだ資料の背表紙に指をすべらせた。

「だが実験に耐えられただけでも前代未聞の大手柄じゃないか」

 今までの実験では全員死んだだろうと、棚から目当ての資料を抜き出しながら、彼は軽い口調で続けた。何でもない日常の話のように。

「しかし解せないな。何故、わざわざ損傷の激しい〝瑠璃〟の体の方を基盤にしたんだ? 〝玻璃〟の体を基盤にしておけば、〝普通の人間に羽人の体の一部を移植して羽人の力は発現するのか〟っていう実験も併せてできたっていうのに」

「もちろん、それは私も考えたよ」

 だけどね、

「甘いと思うだろうけど、そこまでの人でなしになるのは、まだもうすこし、歳をとってからでも遅くはないと思ってね」

「珍しいな、検体に情でも湧いたのか?」

「まさか」

 私は肩をすくめてみせた。最大限、軽い口調を心がけて。

「ただ、今日は七夕だ。こどもの願いのひとつくらい、叶えてやるのがおとなだろう?」

 それに……と私は一度、科白を切った。沈黙が、私の言葉の続きを促す。一呼吸、微笑をのせて、私は言った。

「七夕の日に、ひとつくらい奇跡を信じてみても、ばちは当たらないだろう」

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