第三話
夜が
見世の門の手前まで見送りに出て、ぼくはひらりと右手を振る。このふたりがぼくを指名したのは三度目だ。このままぼくの顧客になるだろう。
橋の向こう、大通りの人影は
彼らが通りの角を曲がりきったことを確認して、ぼくは
「湯殿はまだ開いている?」
「開いているよ。浴衣も道具も一式用意しておいたから、このまま行きな」
「ありがとう」
ぼくは小さく微笑みかけた。良いって良いって、と女将は肉厚の大きな掌をひらひらと振り、
「これくらい、お安い御用だよ。あんたは、この見世いちばんの稼ぎ頭なんだから」
そう、何の含みもなくあっけらかんと言ってのける女将に、ぼくは言葉の代わりに苦笑を返した。女将の言葉に裏はない。まして、悪意もない。けれど、だからこそ、他意のない人間の言葉は真っ直ぐで、余計な
なんにしても、女将が気を利かせてくれたおかげで、ぼくは、客を送り出したその足で、奥の湯殿へと向かうことができた。正直、今のぼくには、一度自室に戻るための階段を休まずに上がれる自信がなかったから、女将の
帯に衣、着ていたものすべて洗い
開け放たれた湯殿の窓。炎の消えた
誰もいない湯殿で、熱い湯を頭から
「……う……ぇ……っ」
なぜだろう。仕事のさなかは平気なのに。いくらだってこなせているのに。何度肌を重ねられても、何度体を拓かれても、おとなの相手をするのは、何度やっても慣れない。
(なんで)
止まない
(なんで、これくらい、なんてこと、ないはずなのに)
できない、なんて、ない。ぼくにとって、「できない」は甘えと同義だ。ぼくが、ぼくに、ゆるさない。だって、他に誰かがこれをしてくれるというのか? できない、なんていうのは、他に選択肢がある連中だけだ。やらないで済まされる道を選べるひとたちだけだ。
(瑠璃)
唇を噛む。空を駆ける、瑠璃のことを考える。
(ぼくより、瑠璃のほうが、もっと、ずっと、痛くて、怖いはずなのに)
ごめん、瑠璃、ごめん。
もっと、ちゃんと、できるように、なるから。これくらい、なんでもないから。
どうか、また、一緒に眠って。
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