第四話
湯殿には、わたしたち以外にも、仕事を終えた花たちが夜の汚れを落としに来ていた。おつかれさま、と互いに会釈を交わして、わたしは睡蓮と一緒に、洗い場のいちばん端に
「髪、流すよー」
睡蓮の小さな頭に、わたしは桶で
行商人が睡蓮を連れてこの楼に売り込みにきたとき、楼主は最初、声を出せないことを理由に睡蓮の買い取りを断った。
どうしてわたしを? と、睡蓮がいつか、そのときのことを、わたしに尋ねたことがある。当然の疑問だと思う。わたしたちに血の繋がりはなく、あまつさえ、あのときが初対面だったのだから。さあ、どうしてだろうねと、わたしは微笑んで瞳を伏せた。睡蓮がとてもかわいい顔をしていたからよ、と答えてはぐらかしたけれど、ほんとうは、多分、睡蓮が、わたしと、とてもよく似ていたから。
人と人は支え合って生きているのだと、おとなたちは言う。それはつまり、お互いに与え合う関係でなければならないということだ。貰ったら貰った分だけ、相手に返さなければならない。貢献しなければならない。一方的に享受するばかりなのは、ただの寄生だ。なにもせずにのうのうとのさばる者に、生きる資格などない。こどもだろうと、おとなだろうと、それは同じ。生きるに値する能力が
そんな世界において、《
だから、花でなければという嘆きを、わたしはいだかない。花になれていなければ、わたしはとうの昔に、飢えて凍えて死んでいたのだから。花であることを否定することは、今まで生きてきたわたし自身を、否定することと同じだから。
おとなたちは、わたしを愛でる。綺麗だ、と言って、美しい、と笑って、わたしに欲を注ぎ込む。注がれたその欲が、わたしを生かす。おとなに愛でられるという能力、それが、わたしの生きる能力だ。生きていても良いという証拠だ。
わたしには、この体という需要がある。
『どうかしたの? 姉様』
睡蓮が、ふっと顔を上げて、わたしをみつめる。なんでもない、ちょっと考え事をしていただけよ、と、わたしは微笑む。
「髪、きれいに伸びたね」
そろそろ腰に届くだろう長い睡蓮の黒髪を、わたしは丁寧に
『姉様みたいになれるかな』
湯けむりに曇った鏡に、睡蓮がちいさなひとさし指で科白を
「もちろんよ」
睡蓮はわたしの妹だもの。わたしが育てるんだもの。そう続く傲慢を、わたしは喉の奥で
「ひと眠りしたら、箏のお稽古をしようね」
こくりと勢いよく頷く小さな頭。素直で可愛い、かわいい、わたしの妹。
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