第五話
なめらかな黒い石の壁を、床を、天井を、吊り
「きいたよ、医師の見習い試験に、合格したのだね」
文献を借りに資料室を訪れたところ、帰りに
「……また痩せたんじゃないか」
何日寝ていないんだよまったく、そう嘆息した
柊の研究室は、いつも涼やかな薬草の匂いがする。壁一面に作り付けられた木の棚に、隙間なく並べられた幾千の硝子瓶。教科書で見たことのあるものから、名前も知らない薬草や標本まで、びっしりと収められている。よく整えられた、きれいな研究室だ。まるでその裏にある実験室の悲惨さを、覆い隠しているかのように。もっとも、他人から「柊の実験室は常人の立ち入るところじゃない」という噂を伝え聞いただけで、橡自身は柊の実験室を覗いたことは一度もなかったし、そこでどんな実験が行われているのかも全く知らなかった。いくら柊の弟分だといっても、《社》の研究機関にとって、研究者でない橡は、ただの部外者の一人でしかない。
「今日、先生と挨拶回りをしてくる」
「そう。面倒くさいおとなが多いだろうけど、頑張って」
短い会話はそこで途切れた。じゃあ、と
「合格祝いだ。受け取りなさい」
差し出されたのは、小さな根付だった。小指の先ほどの大きさの青い石を、
「浮力石じゃないか」
「そうだよ。でも、この大きさなら、普通の硝子と変わりない」
お守りだよ、と柊は言った。お守り? と聞き返した橡に、柊は薄く笑った。
「そう。お守り。身につけていなさい」
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