第七話

 絹雲が流れていく。細い筆をすっと遊ばせたように繊細な、真白の雲が、どこまでも澄んだ空の青を引き立てている。

 今日命じられたのは、浮力石を調達する任務。戦闘機である鴎と組んだのは、くぐいという、鴎よりいくつか年上の輸送機だった。途中、二度、かみさまの襲撃に遭ったものの、怪我らしい怪我もなく、鴎は鵠とともに雲の中へと帰ることができた。

「最近、浮力石を調達する任務の頻度が高くなってるな」

 ゆるやかに高度を下げながら、傍らの鵠が思いついたように呟いた。

「あなたも、そう思いますか」

 鵠につづいて、鴎も上手く下降気流に乗る。このまま斜めに降りていけば、方舟の甲板に着くだろう。

 羽人の任務は、雲の様子を確認したり、他の方舟の動向を偵察したりと多岐にわたるのだが、最近は、その中でも浮力石の採取を命じられる割合がことに多くなっている。それはつまり、浮力石を大量に消費しなければならない事情が、方舟に起きているということ。

「方舟の原動機が弱ってきているのかもしれないですね」

「おいおい、そんな怖いこと、さらっと言うな、お前は」

 振り返って大げさに顔をしかめてみせた鵠は、そこでふっと表情を和らげて鴎をみつめた。

「今日、お前と組めてよかったよ、鴎」

 薄雲の中を進みながら、鵠が心底ほっとしたように息をつく。

「今日の、この任務が、おれの最後の飛行だったからさ。最後の最後でくたばったら洒落しゃれにならないだろ。お前、戦闘機の中でいちばん強い奴だからさ、すっげえ心強かったんだよ」

「いちばん強い、は買い被りだと思いますけど」

 苦笑を浮かべながら、鴎は「期待を裏切らずに済んでよかったです」と当たり障りのない謙遜を返した。

 羽人は、空を飛ぶ力をもって生まれた者のことだ。けれど、その力は永遠ではない。多くは、おとなになるにつれて弱まり、おとなになれば飛べなくなる。飛ぶ力が一定の水準以下になれば引退だった。

「なんだか、終わってみるとあっという間だったなあ。おれの、この〝鵠〟っていう名前も、今日で返上かと思ったらなんだか名残なごり惜しいな」

 浮力石の入った箱を肩に掛け直しながら、鵠は右手の人差し指で鼻の下を擦った。

「でも、これでやっと実家が継げるわ」

「実家?」

「ああ。おれの家、造り酒屋なんだ」

 にぃ、と人好きのする笑顔を浮かべて、鵠はつづけた。

「跡取りだからって、親父は最初、おれの徴兵に猛反対してたんだよ。まあ、社に逆らえるわけなかったんだけど。でも、せめてもの抵抗にって、社の恵賜けいしは断固として突き返してやったんだって。うちでは、ちょっとした武勇伝なんだ」

 よどみなく早口で、鵠はそうまくし立てた。

 羽人が産まれると、物心つく頃に、社の人間が家へとやって来る。そして、羽人として生まれた子供を連れていく。その際、そこそこの大金が親に支払われるので、親の中には自分の家に羽人が産まれたことを喜ぶ親もいる。羽人が産まれれば良いのにと願う親も、物心つく前に自ら進んで社に子供を差し出す親も。

「やっと、帰れるんですね」

「ああ」

 鵠は無邪気に笑って頷いた。

「おとなになったら、是非、うちの酒を呑みに来てくれよな」

 美味いからさ、と鵠は下降する速度を上げる。厚い雲の下、方舟の甲板がうっすらと姿を現してきた。

 鵠につづいて降りながら、鴎はちいさく笑みを返した。前を行く鵠の背中から、そっと視線を外して。

「そうですね、もし、生き延びられたら」

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