第十一話

やまいのことを知ってなお、わたしを抱いたのは、貴方様が初めてです」

 橡の腕の中、桔梗がくすりと微かに笑う。

「ずっと、わたしと睡蓮とお医者様、三人の秘密でしたから」

 橡の胸に重ねた桔梗の頬は、大理石のように白く、ひんやりと冷たかった。普通の客ならば、この小さな体を温めてやりたいと思う心をくすぐられるのみだっただろうか。けれど橡は、この体の冷たさが、しんしんと降りつもる雪のように蝕む病のあかしであることを知っている。

「うつる病ではないし、黙っていれば、今まで誰にも気づかれることはありませんでした。いえ、気づかれてはいけなかった。たとえうつる病ではなくても、病持ちだと知られたら、わたしの、花としての値段が、つかなくなってしまう。わたしの体に、需要がなくなれば、わたしは、ここにいられなくなります」

「……ひとりのこされる妹君いもうとぎみのことを、案じているのですね」

 瞳を伏せた桔梗に、そっと、ささやくように、橡は呟いた。

「あなたが、自分の体を、俺の宴に……新しい門出かどで相応ふさわしくないと言ったのは……」

「未来を宿す器も持たない、まもなく死にゆくだけの花だから。……だから、縁起が悪いと、申し上げたのです」

 ふわり、と桔梗は微笑んだ。橡は俯き、桔梗を抱き寄せた。

 医学書の末尾近くに記されている、体温の下がりつづける病。人から人へ感染するものではないが、父親か母親、どちらかがこの病を患っていると、四半分ほどの確率で、その子供に受け継がれることがわかっている。珍しい病で、治療法はまだない。「覚悟なら、ずっとしてきました。今更こわくはありません」

「……俺の前では、無理に強がらないでください」

 切なく乞うような橡の声音に、桔梗の肩が小さく跳ねる。

「……強がっていないと、憎しみや悔しさが溢れて……どうかなりそうなの……」

 桔梗の声が、震えた。俯いて、橡のまなざしから桔梗は顔を影に隠す。

「捨てるなら、血の呪縛ごと捨ててくれればよかったのに」

 布団の端をぎゅっと握って、桔梗は肩を震わせた。朝まだき、夜闇に薄く青が滲みはじめるまで、あとすこし。

 虚勢を取り落とした花は、ひとりのちいさなこどもだった。

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