第十六話
社の人たちがやって来たのは、午後をすこし回った頃だった。ぼくは昼見世に向けて湯をいただいたばかりで、薄い浴衣一枚でぺたぺたと廊下を歩いていた。
「辰星」
階段の手前で、いつになく硬い声で女将が、ぼくを呼びとめた。振り返ると、上がり
「そなたが戦闘機の片割れか」
外見の物々しさに反して、物腰は柔らかく、口調は丁寧だった。
「お迎えに上がりました。柊様が、お呼びです」
「どうして、今、ぼくを?」
「それは、我々には、知らされておりません。ただ、丁重に、お迎えにあがるよう、と」
まさか。
「行って! 今すぐ、ぼくを瑠璃のところへ連れていって!」
予感がした。部隊の列に飛び込む。ぼくに話しかけたひとりの衣を掴み、ぼくは叫んだ。開け放たれた扉の向こう、朱塗りの橋の先に、黒い漆塗りの
*
その部屋は、社の研究棟の最奥にあった。壁も床も天井も、つややかな黒い石でできていた。どんなに灯りをともしても、明るくなることはない気がした。なにもかもが、ひんやりと、冷たかった。
黒い木組みの寝台、清潔な白い布団の上に、瑠璃は横たえられていた。顔の右半分は包帯で隠されて、残った左の目も血のこびりついた瞼で閉ざされている。着せられた白い浴衣の
「……瑠璃……?」
ぺたぺたと、石の床を歩く。草履をはく余裕なんてなかった。ぼくは裸足だった。
傍らに、白衣を着た柊の姿があった、気がした。目の端を、掠めただけ。ぼくの瞳はただ、瑠璃だけを捉えていた。
頬に触れた。あたたかかった。そっと顔を寄せる。かすかな呼吸を、たしかめる。瑠璃は、生きていた。かろうじて、まだ。
「彼を、助けたいか?」
穏やかに、淡々と、柊の声が、ぼくの背中を撫でた。ぼくは振り向く。崩れそうな脚を支えて。力なくほどけた瑠璃の右手を、握って。
「君が望まなければ、あと半刻ほどで彼は死ぬだろう。だが、君が望むなら、もしかしたら彼を生かせるかもしれない」
「ぼくが望むなら……?」
「欠けた彼の体に、君の体を
柊の笑みが深くなる。なぜ、笑うの?
「今まで成功例は無かった。他人同士の体を繋げても、互いに拒絶し合って、
「難しい話はいらない」
穏やかに流れる柊の言葉を遮る。ぼくの答えなんか、とっくに決まっている。
「ただ、君の体は羽人の体じゃない。君の体をつぎはいだ彼は、もう二度と飛べなくなるかもしれない」
「そんなこと」
ぼくは
瑠璃の手を、ぎゅっと握った。そっと、屈んで、瑠璃の額にぼくは自分のそれを重ねる。
瑠璃、ぼくの体をあげる。もう飛ばなくて良いんだよ。花屋にだって、何にだって、なれるよ。
顔を上げて柊を見据えた。刃の切っ先を、つきつけるように。
「ぼくの答えは変わらない。瑠璃を助けて。ぼくの体、全部使って、瑠璃を助けて」
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