第十三話
翌日の夜、ぼくは悪夢をみた。
夢の中で、ぼくは、
ひらりと、視界の端を白い光が掠めた。なに? 圧し掛かるおとなの体の下で、ぼくは唯一自由に動く瞳で、光の
(……うそ……)
瑠璃が、ぼくを見ていた。薄暗くて面持ちは
(なんで……外に灯りを……ぼくの提燈を……ちゃんと、
いやだ。
唇がわななく。咽喉が震える。いやだ。見ないで。なんで。どうして。
「やめて! お願いやめて! 見ないで……っ!」
叫んだ自分の声で目が覚めた。まだ夜明け前で、部屋は薄闇の中に沈んでいた。灯火の消えた白い提燈が、微風にゆらゆらと揺れている。客はいない。瑠璃もいない。ただ、露台の上に、閉じかかった夕顔の花が、ひっそりと咲いているだけ。
「……瑠璃……」
零れ落ちた自分の声に、
(声が、うまく出ない……?)
*
「声変わりかもしれないねえ」
夜が明けるのを待って、女将のところへ行った。この見世では、ぼくたちは毎朝、女将にその日の体調を報告することになっている。ただの夏風邪か何かだと思っていたぼくは、聞き慣れない単語に瞬きをした。
「声変わりって?」
「こどもから、おとなの声に、変わることさ」
「おとなの……?」
すっと、視界が暗くなった。おとな。おとな。女将の言葉が、耳の内側でわんわんと反響する。おとなの声になる。おとなに、なってしまう……。
「……ぼくは、売りに出されるんだね」
ずしんと重い石を、胸に落とされた心地だった。瑠璃の顔が頭を過ぎる。瑠璃。瑠璃。
「え?」
女将がきょとんと瞬きをした。数秒、間があって、ぼくの言葉を理解したらしい女将は、ふっと微笑んで、ぼくの頭に手をのせた。
「声変わりくらいで、お払い箱にしたりしないさ。そりゃあ、声が落ちつくまで、当分、歌の仕事は控えることになるだろうけど、それ以外の仕事はしっかりこなしてもらうし、まだまだ辰星にはこの見世で働いてもらうから、心配無用さ」
「ほんとう……?」
胸の奥に、ほんのすこし安堵が広がる。けれど、終わりの日までの残り時間を刻む砂時計の砂が落ちはじめたことに変わりはない。
(なんて言えばいい)
部屋へと戻る廊下を歩きながら、ぼくは目を伏せて俯いた。
(瑠璃に、なんて言えばいい)
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