第二十三話

「今年も《大赦の儀》が近づいてまいりましたね」

 こよみの上ではですが……と、ちらちらと粉雪の舞う寒空を眺めながら、橘が白い息を吐いて言った。毎年、冬の終わりの日にり行う、《社》の祭祀さいしのひとつ。《かみさま》に先人の犯した罪の赦しをい、《方舟》の安寧を祈る儀式。社の本殿の手前に設けられた祭壇で、当代の帝が舞を奉納する。

「舞か……舞なら、わらわより《花籠》の娘たちのほうが、よほど美しく舞うのであろうが」

「榊様」

「……言ってみただけだ。そうにらむな」

 そなたは《籠》を好まぬのであったな、と榊は橘を見上げ、薄く苦笑を浮かべた。醜いおとなの欲の巣窟だと、いつか橘は吐き棄てていた。

「だが、いつまでも《かみさま》にこうべれる我々ではないぞ。なあ、橘」

「いかにも」

 顔を見合わせて、不敵に笑い合う。

「《羽人》として生まれた年端もいかぬこどもを、《戦闘機》に育て上げ、空に放つ……今まで我々が持ち得た抵抗の手段は、かみさまと互角にたたかえる羽人だけだった。今、この時代に、わらわが帝になったのは、何かの運命かもしれぬな」

「抵抗など、生温いと?」

 橘の問いかけに、榊は笑みを深めた。

殲滅せんめつする」

 きっぱりと、榊は言い放った。

「かみさまの影に怯え、一生、陽の光を浴びることなく雲の下に隠れて暮らす、そんな日々は、わらわの代で終わらせてやりたい。これから生まれてくる弟に、方舟の全てのこどもたちに、まだわらわも見たことのない、陽の光の美しさを、あたたかさを、見せてやりたい、味わわせてやりたい」

 それが、わらわの夢だ。

「実現させるのは、あの男のわざですか」

 柊という名ではなくあの男という呼び方を選んだ橘に、榊は一瞬、違和感を覚えたものの、特に気に留めずに頷いた。

「ああ。もうすぐ完成する。《大赦の儀》が宣戦布告になるかもしれぬぞ」

 うたうように榊は言った。空は未だ鬱々うつうつくらく、春が訪れるきざしもない。けれど、いつか、燦々さんさんと降り注ぐ春の陽を、この方舟に、もたらしてみせる。柊が、それを、叶えてくれる。

 最後に白い息をひとつつき、榊は、ひらいていた格子窓を、そっと閉じた。窓外の下方、焼け落ちた花籠の楼閣が、目の端を掠めるように映り込む。赦せ、と呟いて、榊は硝子を指先で撫でた。一部は更地となり、再建が、既に始まっていた。

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